細工(1)
アトラは重たい身体をおして、量り売りの為の秤を持ってきた。右側に旧貨幣、左側に新貨幣を載せると、右側に大きく傾いた。シュパーブが左側に一枚ずつ、慎重に載せていく。五枚載せても、秤はピクリとも動かなかった。
「まだ動かないぞ。どうなってるんだ」
「分かりません……。ちょっとスラヴィアを避難させますね。ほら、おいで」
「うー、くさい! くさいのー!」
喚くスラヴィアを二階に連れて行く間に、シュパーブは秤に金貨を載せ続ける、十枚、十五枚と積むが僅かに動くだけだった。次第に、恐怖が苛立ちを覆っていく。「おいおい……」と、思わず心の声が漏れる。
アトラが心配そうに見つめる中、三十枚を載せたところで秤が水平になった。夥しいほどの金貨が、カウンターに積まれている。
「アトラ。試しに『解毒』できるか?」
「やったんですけど、私には無理でした。なんか、強固な術が掛かっているみたいで……」
頭を振って、カウンターに突っ伏す。新貨幣の匂いを直に浴びて、彼女の体力は限界だった。シュパーブは改めて麻袋の中に、大量の新貨幣を入れる。戸棚にそれを入れると、自身の上着をアトラにかけた。
「済まなかった、危険なめに遭わせてしまって」
「そんなこと言わないで下さい。夫に比べれば、これくらい……」
申し訳なさそうにシュパーブに目を向けるアトラだったが、程なくして眠ってしまった。夕刻に迫る時計の針の音が、シュパーブの耳を突き刺した。
夢とモッカを乗せた馬車が、タイロン家の地下へと進んでいく。段々と光が失われていく様子を、囚人の二人は不安そうに見回す。モンテロは猛禽類のような眼差しを崩さない。
「これから、刑務作業ですか?」
「ああ。ゴミ処理らしい。馬車の残骸、生ゴミ、なんでもありだ」
「そうですか……。カミックさんとカロックさんも、いるんですよね?」
「善処する。いつまでもつけておくわけにはいかないからな」
「……あの、お二方。私も頑張りますから、どうか少し容赦をしてください」
モッカの切実な呟きが、車内に染みた。
馬車が停まる。全員で降りると、夢は顔をしかめた。充満する匂いに、囚人の怒号と悲鳴。『仕事場』は、一歩踏み出すだけで異様な雰囲気だと分かった。モンテロが皆を先導すると、説明を始める。
「今からここで、使えそうな木屑や生ゴミを選別して欲しいとのお達しだ。俺は囚人を見ている。ミック、ロック。お前たちはこの二人を見ていろ。女如きに負けるお前たちではないだろう」
「分かりました! 何か不審な真似してたら、直ぐに伝えます」
「良い返事だ、ミック。頼んだぞ」
モンテロが夢たちを一瞥し、監視に戻っていく。ほどなくしてゴミを載せた黒い馬車が到着すると、囚人たちの前で乱雑にゴミがぶちまけられる。砂埃や悪臭で思わずむせ込む夢とモッカ。その様子を、カロックが見逃さなかった。
「お前たち、何やってる! そんな顔しないで作業に取り掛かれ!」
「……わかりました」
夢がカロックの棒演技に吹き出しそうになるが、ゴミ山に向き合う。モッカが麻袋を持ち、夢が使えそうなものを選別する。いまいち何をするか掴みかねる夢だったが、『監視』の目を確認しながら黙々と入れていく。せり上がる嘔気を抑え込みながら、生ゴミを手掴みで袋に入れていく。囚人の一部は耐えかねて発狂するのもおり、辺りは地獄絵図の様相を呈していた。
「おら! 黙ってやれ! 今度何か喋ったらただじゃおかないからな!」
「そこ! 手が止まってる! もっとしっかりやれ!」
カミックも見様見真似で、囚人を指導する。他の囚人と同様に、夢とモッカにも目を配るが、彼も異臭や監視で頭が参りそうになっていた。溜め息が零れるのを、夢は聞き逃さなかった。
二時間が経った。囚人に休憩する暇はなく、今度はリヤカーのような車体に先ほど仕分けたゴミを載せ、看守に先導されるがままに運ばなければならなかった。夢とモッカは二人掛かりで台車を押しており、後ろからは下卑た笑い声が耳をつく。
「女のケツを追うなんて何年振りだろうな」
「キュッとして最高だぜ」
モッカの背筋が凍ったのと対照的に、夢は歯を食いしばった。台車を押す力が、一層強くなる。モッカも慌てて夢に合わせるが、彼女の腕はもう限界だった。手を掴んでいるだけで、手応えが殆ど感じられない。
「はぁ、はぁ……」
「手動かせ!」
モッカの背中に鞭が入り、地下に打つ音が響く。悲鳴すらあげられず、倒れてしまった。夢は慌ててモッカを起こして、台車を掴ませた。それでも脚に力が入らず、直ぐに崩れ落ちてしまう。
「おい、囚人。お前も連帯責任だ」
「……」
目をぎゅっと瞑り、覚悟を決めた夢。看守が鞭を振り上げ、首元に落とそうとする。
しかし、鞭打ちの音は、聞こえなかった。
「おい、どういうことだ。鞭が弾かれる!」
「そんなバカな! 俺に貸せ!」
もう一人の看守が鞭を打とうとしても、結果は同じだった。夢は何が何だか分からないような表情で、モッカと自身の囚人服を交互に見やる。前方にいた双子は、直ぐにモンテロに報告した。
「あの囚人、なんか変なんです!」
「ミック、どうした」
「看守が鞭でぶとうとしても、弾いて、傷一つつかないんです!」
「……アトラめ、やりやがったな」
「え?」
急にモンテロが双子を引き寄せ、耳打ちする。
「ここに来る前、アトラはユメにあの囚人服を着せただろう? お前は『細工』って言っただろ。多分、あれも『細工』だ」
「……怖いっすね、奥さん」
「こんだけ鞭打ってもダメなら諦めましょうよ、先輩」
カロックが窘めると、看守が唾を吐いて持ち場に戻る。その唾も、見えない何かに弾かれるように夢には当たらず、地面に虚しく落ちる。
「ほら立て。後ろが詰まってる」
「申し訳、ございません……」
モンテロの腕を頼りに、モッカが立ち上がる。そして、力を振り絞って台車を押していった。彼女の目には涙が溜まっていたが、台車の取っ手が折れそうになるほど力を込める。嗚咽を押し殺して、夢の歩調に合わせながら奥へと進んでいった。
次第に大きな音が聞こえてくる。ゴミを投げ入れる音や看守の怒号が入り混じる、そんな音だった。モンテロが一旦立ち止まると、看守を一人呼びつけた。
「申し訳ない。俺、ここ入ったことないんだ。先導してくれ」
「分かりました。見て腰抜かしたらダメですよ~?」
この先の光景を思い出し、口元に笑みが零れる看守。瞳の奥が濁っているのが、薄暗い通路でも分かった。生唾を飲み込む双子の後ろには、疲労困憊で倒れそうな女子二名。看守が扉を開けると、怒号がより鮮明に聞こえるようになってきた。
「もっと魔法出せよ! これじゃあ精巧な金貨ができないだろうが!」
「なんだぁ? アクロス家の魔力ってのはこんなもんか? 俺がやる気を出させてやるよ」
モンテロは言葉を失い、膝から崩れ落ちた。慌ててフォローに入るカミックが、肩を担ぐ。
「先輩、しっかりしてください!」
「……嘘だ、こんなことが」
「気持ちは分かりますけど、今は堪えてください」
耳打ちをするカミックに、モンテロは辛うじて自分の力で立ち上がる。彼が横を向くと、カミックとカロックは青い顔をして立ち尽くしていた。モッカに至っては泣き崩れている。
「あぁ、外務大臣がなんでこんなところに!」
「外務大臣?」
「メー、今は喋るな。お前たちは、ここに、ゴミをぶちまけるだけで良いんだ……」
モンテロの言葉が詰まる。下唇から血が出るほど強く噛んでおり、震える膝をおして歩き続けていた。「早くやれ!」と、地下室中に響くほどの怒声をあげ、感情を爆発させた。




