虚飾(2)
一通り手紙を書き終えたシュパーブ。全ての手紙に封をすると、スラヴィアが眠気眼で降りてきた。
「起きたか」
「シュパーブ、いたんだ」
「お留守番だ。アトラが外の様子を見に行ったからな」
「ふうん、そうなんだ。いつ出たの?」
「……あ」
慌てて壁掛け時計を見る。正午をとうに過ぎており、パレードにも活気が戻っていた。直ぐに立ち上がると、バーの扉を開ける。
「スラヴィア、ここに鍵かけてくれ」
「シュパーブもおでかけ?」
「済まない。アトラが戻ってきてないんだ!」
有無を言わさず、スラヴィアに内側から鍵を掛けさせる。それを確認したシュパーブは、パレードの歓声を頼りに走り出した。街のあちこちには、パレードの余韻に浸った市民がたむろしていたが、口々にアザレアのことを褒め称えていた。小さい麻袋いっぱいに金貨を詰めながら、ほくほく顔で歩いている者もいる。
「あの『パレード』とやらで何が起こっていたんだ……?」
小走りで人の波をかき分け、アトラを探す。しかし、目ぼしいところをあたっても、彼女が見つかることはなかった。
絶望が頭を過る。しかし、それでもシュパーブは立ち止まらない。路地裏に入り込むと、昼間でも薄暗い。目を凝らしながら歩く。すると、ゴミ箱の裏から物音がした。子猫のようにうずくまっている女性は、まさにアトラだった。
「アトラ! 大丈夫か!」
「申し訳ございません。私、私……」
「早くバーに帰ろう。何があったのか話してくれ!」
肩を担いで、アトラを連れて行く。彼女のズボンのポケットには、新貨幣が詰まっている。なぜ、あれほど新貨幣を忌み嫌っていたアトラが……? 考えを巡らせながら、バーまで運ぶ。二回ノックをして、スラヴィアを待つ。
「シュパーブ! おかえりなさい……」
出入口に招き入れた途端、スラヴィアの顔が歪む。それを察したシュパーブは、新貨幣を外へ投げ捨てようとポケットに手を突っ込む。しかし、アトラがそれを止めた。
「なりません!」
「どうして! お前は散々、この貨幣を嫌っていたのに」
「確かめたいことがあって……」
「確かめたいことだと? お前の身体より大事なのか?」
「はい! これが、アザレアを倒す鍵なんです!」
「……分かった。テーブルに出せ」
鼻をつまむスラヴィアを尻目に、今にも倒れそうなアトラはポケットから新貨幣を取り出す。一部は椅子や床に零れ落ちてしまうが、シュパーブが入念に拾い上げる。どんな形であれ、貨幣は大事にしなければならない。彼女の信念が、揺らごうとしていた。
「私は、何を……」
「どうされましたか?」
「さっき、あの貨幣を、捨てようと……」
「スラヴィアの為でしょう? 仕方ないですよ」
「私は、商人失格だな。金は私の命なのに」
「とんでもない! あれはお金ですらない。ただのゴミですよ」
そう言ったアトラは、皿の上に何枚かの金貨を載せる。そして、スラヴィアを泊める為に渡された旧貨幣の金貨を、シュパーブに手渡した。
「シュパーブさん、これ、お返しします」
「何を言っているんだ。これは立派な宿泊費だ」
「やっぱり、受け取れません。これは私には重すぎます」
「いや、今は持っていて欲しい。これがお前の命になるかもしれないんだ」
金貨を持ち上げ、改めてアトラに手渡す。ずっしりとした重みが、指先を通じて全身に伝わる。
「あれ……?」
「シュパーブさんも、気づきましたか」
「もう一度、新しい貨幣をくれ」
数枚の新貨幣を掌に乗せるシュパーブ。新貨幣とじっくり比較するように、目を閉じる。
「軽い……。貨幣なのに、軽い!」
「そうなんです! あれだけポケットに詰め込んでも、シュパーブさんが下さった金貨より全然軽いんです!」
「そうか、そうだったのか。金銀銅で作られていないのか。でも、一体何でできている?」
「それが分からないんです。だから、どれだけ説得しても、今のままだと信じて貰えないかもしれません」
スラヴィアを二階に避難させながら、シュパーブに向き合うアトラ。心配そうに見つめるが、シュパーブの目は完全に商人のそれになっていた。




