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虚飾(1)

 パレードが始まると、裏路地にあるバーにまで歓声が響き渡った。アトラはカウンターを乾拭きしながら、シュパーブの様子を窺っている。いつも以上に念入りになっているそれに、シュパーブは苦笑した。


「そう焦るな。お前の夫は有能だ」

「でも、もしユメさんが転移者だってバレたりしたら……」

「お前の魔法が、一度として破られたことなどあるか? 転移者に見つからなければ良いんだ。その辺はモンテロが上手くやってくれるさ」


 手紙を一つ、また一つと書いていく。宛先や出荷して欲しい物資の内容などは変えていたが、文面自体は全く同じだった。


『これからビュートが混乱に陥るかもしれない。そのため、相場より価格を抑えた状態で、物資を提供して欲しい。ヴァーソ・ヴィクトリスより、良き報せを待つ。』

「悪い、ヴァーソ。ちょっと借りるぞ。これでおあいこだ」


 万年筆の手が止まらない。なんとかして、パレードとやらが終わるまでに全ての手紙を出さなければ……。筆圧で紙に穴が空きそうになるが、アトラが淹れてくれたお茶を啜って落ち着く。この手紙を完成させることが、ビュートにとって最優先事項だった。

 シュパーブが手紙を書き、アトラが手際良く糊で封をする。いつの間にか、彼女も作業に加わっていたのだった。十数枚の手紙をしたためると、民衆の熱狂が突如として止まる。


「何かあったのか?」

「私、ちょっと外を見てきます。スラヴィアが起きたら、これ食べさせてください」


 簡単な野菜炒めを皿に盛り、小テーブルの上に置く。そして、シュパーブを残して外へ出て行った。ドアの呼び鈴が虚しくカウンターに響く。封をした手紙をまとめ、また手紙を書く。シュパーブは悶々とした表情で、手が真っ黒になっても手を止めなかった。


「頼む、皆無事でいてくれよ……」


 乾拭きしたテーブルに、汗が一滴落ちた。


 牢獄は静寂に包まれていた。カミック、カロックは冷たい空気の中、特別房への目配せを欠かさない。現時点では何の動きもないが、時折、誰かが動く音だけは聞こえる。その度に、双子の目線は夢から外れていった。

 女性がようやく身体を起こす。薄暗くてよく見えないが、夥しいほどの傷がついている。夢は視線を外したくなったが、じりじりと距離を詰めていく。「あの……」と声を掛けるが、女性は虐待された子犬のようにびくりと身体を震わせ、頭を抱えて防御の姿勢になった。


「お願い致します、殺さないで下さい……」

「殺しませんよ。私、スリで捕まっただけなので。メー、と申します」

「メー……?」

「変な名前だと思ったでしょ。良いんですよ、言われるの、慣れてますから」


 モンテロの即興で思いついた名前を反芻し、笑いを堪える。それでも、女性の怯えの目は色濃かった。囚人服と呼ぶには貧相過ぎる布切れから覗く拷問の跡を、夢はまじまじと見つめていた。


「あの……」

「まだ、何か?」

「お名前を、教えていただけますでしょうか」

「……そうですね。メーさんが名乗って下さったんですもの。私はモッカと申します」


 俯いたままで、名乗るモッカ。ダークブルーのボブカットに隠れた目は、双子の足元に向いていた。逃げ場がないことを、まざまざと突きつけられていた。


「モッカ、と言ったな」

「ひっ……」


 カミックが目を向けずに喋り出すと、モッカの肩が跳ねた。一瞬だけ一瞥すると、再び監視に戻る。


「本来なら、囚人同士の私語は許さねぇ。今すぐにでもぶちのめしてやる」

「すみません! 命だけは……」

「だが、『独り言』としてなら、許してやらんこともない」

「え……?」

「お前、あいつらに何された。一人でブツブツ喋ってて良いぞ」


 モッカの目が、恐怖から戸惑いに変わった。拷問された時とはあまりにも違っていた。歯を食いしばって葛藤していたが、目尻に皺ができるほど固く目を閉じると、ゆっくりと語り始めた。


「確か、昨日の夜、買い物をしていた時でした。近くの露店で、凄く可愛らしいお花を見つけたんです。買おうと思ったけど、金貨二十枚って言われて諦めたなぁ……」

「二十……」

「ガッカリして、帰ろうとしたんだよねー……。そうそう、そこからタイロン家の紋章を付けた男の人に色々言われたんだ。私は転移者じゃないって必死に言い張ったけど、気付いてくれなかったんだっけ……」


 カミックは無言で首を縦に振りながら、前だけを見つめている。何もしてこないと悟ったモッカは、一拍置いて再びぼそぼそと呟き始めた。


「夜通し、ずっと、鞭で打たれた。『魔法を見せろ』とか、『転移者みたいな力があるんだろう?』とか。ほんと最悪……」


 涙が溢れた。膝に顔を埋め、ワンワンと泣く。夢がモッカの頭を撫でても、彼女は拒否することなく受け入れた。

 微かに、正午の鐘の音が聞こえた。モンテロが上がってくる。


「昼飯の時間だ。フロー様に動きは?」

「いえ、特に何も。ただ、ちょっと前に、ユメ……、じゃなかった。メーの房に一人、女性の囚人が入ってきました」

「名前は?」

「モッカ、と名乗っていました。昨日、転移者と間違われて捕まった女です」


 モンテロの表情が強張る。直ぐに房を確認すると、泣き疲れてぐったりとしているモッカを見つけた。身体の腫れはまだ引いておらず、身の置き所がないようにもぞもぞと動いている。


「お前たち、起床!」

「は、はい!」


 夢がモッカの手を引いて、モンテロと顔を合わせる。小さく悲鳴をあげたモッカだったが、憲兵の顔を見ると、血の気が引いたように背筋が伸びた。瞬きも忘れ、見つめている。


「午後から刑務作業だ。俺についてこい」

「はい!」


 夢の大きな返事に、モッカの精一杯の声がかき消される。フンと鼻を鳴らすカロックが、二人に手錠をかけて階段へと引率していった。すると、誰もいないことを確認したモンテロが、階段の道中で口を開いた。


「今回お前たちにやって貰うことは、ごみ処理だ。アザレア『お嬢様』が考案なさった公共事業に、お前たちも参加させて貰えるのだ。有難いと思え」


 それを聞いて、夢は全てを察した。双子にも、俄かに緊張が走る。一行はモンテロが手配した馬車に乗ると、急いで幌を閉める。


「え……? 一体何なんですか? いきなり刑務作業なんて」

「モッカ、と言ったね? 君にも協力して欲しい」

「きょ、協力? 何も状況を理解していないんですけど……」

「無理もないか。君はタイロン家の連中に無理やり連行されたんだろう? 快く思っていない。そうだろう?」

「……良い気分はしないです。それで何をやらせるつもりなんですか」


 御者台にカロックが座った後、カミックが車内に入ってくる。そして、モッカに耳打ちをした。


「俺たちの計画を、黙っているだけで良いんだ。ここで話したことは全部独り言。そうだな?」

「は、はい……」

「よし、いい子だ。じゃあ出発しよう」


 とんでもないことに巻き込まれてしまった。モッカは諦めて、力なく馬車に座った。

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