投獄(2)
アザレアは従者に頼ることなく、魔法でメイクをしていた。鏡を見ながら、化粧のノリを確認する。すぐ後ろではアマロックが見ており、両手を揉んで作り笑いを浮かべていた。
「アザレア様、今日は一段とお綺麗で」
「ありがと。ところで、昨夜は何をしていたの?」
「ああ、貴女様のお約束通り、偵察を向かわせましたよ」
「まさか、いきなり捕まえようなんてことはしなかったわよね? 昨日、馬車の停留所で騒ぎがあったみたいなんだけど」
「あれですか。申し訳ございません。偵察に向かわせた奴が少々怒りっぽいものでして……」
アマロックの苦笑交じりの戯言を、ヒールで踏みつける音で遮断する。アザレアは全てお見通しとばかりに詰め寄った。
「そう。じゃあ今朝、あの牢獄にいた黒髪は誰?」
「あ、あれはですね……」
「標的を間違え、それを揉み消すために牢獄に入れ、何より私の指示を無視した。お前、舐めてるのか?」
氷のように冷たい視線を向けられ、アマロックは一歩も動くことができなかった。生唾を飲み込む音だけが、二人の空間に響く。従者すら、じりじりと後ろに下がる。
「昨夜捕まえた女は、証拠隠滅のために処刑なさい。そうすれば、お前は見逃してやる」
「し、しかし……」
「今すぐやれ! どんなに遅くてもパレードが終わるまでには終わらせろ! ここまで頑張ってきた努力が無駄になる!」
ヒステリックに地団駄を踏む。これ以上口ごたえをすれば、次に処刑されるのは自分だ。脂汗を拭い、アマロックが従者に耳打ちをする。その間にも、アザレアは馬車に乗るべく歩き出していた。
牢獄の正門に、夢を乗せた馬車が到着した。最初にモンテロが降り、朝礼を終えた憲兵たちの前にカミックとカロックを立たせる。
「今日から働くことになった、ミックとロックだ」
「ミックです! 金なくて、どうしても働かせて欲しくてお願いしました」
「ロックです! ミックの弟です! 腕っぷしだけは自信あります!」
威勢の良い挨拶に、憲兵たちはまばらに拍手した。そして、モンテロは乱暴に囚人を降ろす。
「そしてこいつが今日ぶち込むやつだ。罪状はスリ。バカな奴だ。俺を狙ったんだからな」
「……」
「こいつは教育のために、ミックとロックに任せる。お前たちは通常通り、巡回を怠らないように。以上。解散!」
モンテロが双子を先導し始めると、憲兵たちは散り散りになった。夢は誰とも視線を合わせないよう、ずっと下を向いている。少し歩くと、階段が見えた。薄暗い中で転ばないよう、慎重に上っていく。
「もっと早く歩け!」
「……すみません」
「お前の牢はここだ。せいぜい反省することだな」
いつの間にか、誰もいない場所に連れて行かれた。きょろきょろしながら薄暗い大部屋を見回す夢に、モンテロが釘を刺す。
「怪しまれる行動はするな。今は『スリのメー』で通っているんだからな」
「メー、ですか……」
羊の鳴き声を連想した夢。ネーミングセンス酷いなと思ったのも束の間、乱暴に牢に押し込まれる。
「ここは特別房の目の前だ。俺が特別に手配してやったんだ」
「あの、俺たちは?」
「ここでユメの見張りをするんだ。私語は一切禁止。フロー様に何かあったら、すぐ俺に報告すること。それ以外に何か不審なことがあっても、迷わず俺に聞く」
「分かりました。兄貴、何かあったら俺が伝えに行く。ユメを見張っていてくれ」
「おう、分かった」
「よし、お前たち、位置につけ。俺はパレードの様子を見に行く。俺が見つからなかったら、一階に下りたら誰かしら憲兵がいるから、そいつらに聞いてくれ」
階段を降りる音が、嫌に響く。夢は粗雑なベッドに腰かけたり、落ち着きなくそわそわと歩き回ったり、罪に打ちひしがれて横になったりしていた。とにかく落ち着かない夢を、カロックが窘める。
「怖いか? メーちゃん」
「……怖いです」
「俺も。ところで、『パレード』ってなんだ?」
「お祭りです。乱暴に言っちゃいましたけど」
カロックと話すことで呼吸を整えていく。思えば、モンテロも『パレード』と言ってはいたが、イントネーションがおかしかった。夢の眉間に、自然と皺が寄る。あのアザレアとかいう転移者、一体何をするつもりなんだ? 考えれば考えるほどに、言葉が見つからなくなる。
すると、女の泣き喚く声が下から響く。慌てて双子が立ち上がると、夢に目配せした。アザレアの部下が、昨夜連行した女性を引きずっていた。涙で目を腫らし、拷問の跡なのか、みみず腫れがあちこちにできている。双子が顔をしかめると、部下に因縁をつけられた。
「お前誰だ。見ない顔だな」
「あ、ロックと申します! 今日から入りました! よろしくお願いします!」
「ふん。ところで、この金髪は?」
「モンテロさんの金貨を盗もうとして捕まったんすよ~。バカですよね~」
「何故新入りのお前らが、特別房の近くで見張りをしている」
「俺たちは言われた通りにやってるだけですよ。モンテロさんが、『ここなら色んな人が来るから助けを呼びやすい』って言ってましたし」
とんでもない嘘を混ぜ、夢の顔が白くなる。部下たちが鼻を鳴らし、双子と夢を交互に睨みつける。ばれたか……? 背中に冷や汗が滲むが、部下の一人がゆっくりと近寄ると鼻で笑い、小突いただけで終わった。
「まったく、モンテロめ。何を考えている……」
夢のいる房を開け、傷だらけの女をぞんざいに放り投げる。夢は一瞥するのみで、アザレアの部下たちを最後まで見ることができなかった。足音が再び消えると、双子は膝を震わせながら崩れ落ちた。
「凄く……、怖い」
「ああ。なんなんだあいつら。人間の扱い方じゃねぇ」
夢は傷だらけの女性をベッドに寝かせ、膝を折って地べたに座る。近くにいると、昨夜との差が残酷なほど浮き彫りになっていた。「助けて……」「殺さないで……」とか細く訴え続ける彼女に、夢は寄り添うことしかできなかった。




