投獄(1)
少しして、再び階段の軋む音が聞こえる。夢がボロ布を着て降りてきた。肩は見えており、寒そうに生脚を露出していた。少し恥ずかしそうに顔を背けると、双子は視線が釘付けになっている。
「ユメ、お前……」
「良いんです。どうせ、子どもっぽいとか、胸がまっ平らとか、そういうこと言うんでしょう?」
「いや、そうじゃなくて……、キレイ、だな。肌」
「兄貴? まさか……」
「違うぞ? 率直な感想を述べたまでだからな?」
「何わけわからんこと言ってるんだ。お前たち、準備するぞ」
シュパーブがため息を吐いて、夢を保護する。下着が見えそうになるのをどうにか隠しながら、用意された馬車に乗り込む。隣にはカミックが座り、御者台はモンテロが乗る。
「私は沿道の様子を見るよ」
「始まるまでは、手紙を書いていてください。いつでも出せるように」
「分かっている。お前たち、必ず生きて合流するんだ」
「はい!」
しばしの別れに、三人が背を向ける。シュパーブとアトラは、祈るような視線を向けていた。裏道から馬車が消えると、シュパーブが一息ついて、腕を組んで呟いた。
「そういえば、あいつの言った『パレード』ってなんだ?」
馬車が動き出すと、室内は沈黙に包まれた。夢は両指をせわしなく動かしながら、外を眺める。農道は都の民でごった返しており、狂気にも似た歓声が朝早くから響いていた。
「なんなんですか、あれ……」
「もう少しでタイロン家が来るからな。ユメ、お前はもう囚人なんだから、キョロキョロすんな」
「あ、ごめんなさい……」
「いや、謝らなくても良いんだけどさ」
郊外に出ても、人の群れは途切れなかった。中には『罪人』を載せた馬車を軽蔑の眼差しで見つめる者もいたが、大半はタイロン家を待ちわびていた。物乞いのような視線が、夢の嫌悪感を煽り立てる。
「カロックさん。私、衆目に晒されてるんですけど、大丈夫でしょうか」
「ああ。お前の髪、今金色だし」
「バカなこと言わないで下さい。一瞬で金髪になるわけないじゃないですか」
「いや、これ見ろ。どうやら、アトラさんが細工したみたいだ」
所々落ちている水たまりに、夢の顔が映る。黒いショートヘアーは、金色に染まっていた。戸惑いを隠せず、髪を触る。癖毛っぽさがあった以前よりも指通りが良くなっており、いよいよ信じるしかなくなった。
「似合わねぇ……」
夢の心の声が漏れた。
牢獄では、フロー・アクロスが一人、鉄格子の中で座っていた。民衆に晒された屈辱が今も脳内で反芻している。何度目か分からないため息を吐くと、外からこれ見よがしに靴の音が響くのが聞こえた。顔を上げると、そこには誰よりも見たくなかった顔があった。
「気分はどう? 泥棒猫」
アザレアが見下ろすように、フローを嗤っている。何も言えないフロー相手に、下卑た笑い声をあげる。
「お前が悪いんだ。あの外交官に色目を使うなんて、外患誘致もいいところよ!」
「色目? それは貴女の勘違いです。私はあくまで仕事をしたまで。どうして分かってくれないんですか」
「黙れ! お前はあの人にビュートの内政の詳細を話していたんだろう! 私は知ってるんだ!」
「……そうですか。貴女にはそう見えましたか」
呆れたような目つきで、アザレアを睨みつける。この人には何を言っても無駄だ。諦念が、視線から滲み出る。髪を整えようと手を頭にかざそうとすると、湿ったものが飛んできた。唾だった。
「これで整えなさい、メスブタめ」
「……感謝致します、『次期女王様』」
「あらそう、ありがとう」
魔法で牢屋を解錠し、フローを無理矢理立たせる。そして、左頬を何度も殴打した。フローは一度も悲鳴をあげることなく、仕打ちに耐える。「真心が伝わっていない!」「生意気なこと言うな!」。罵倒の声は、殴られる度に遠のいていった。
真っ赤に腫れた右手を、治癒魔法で元通りにする。そして何度も殴打する。この繰り返しだった。じわじわと蝕まれる屈辱に、口内が切れた感覚さえ上書きされていく。と、憲兵の叫び声が聞こえた。
「アザレア様ー! そろそろパレードの時間でございます! 準備をなさってくださいと、アマロック公からの言伝でございます!」
アザレア以外入れない部屋に響く死刑宣告。フローを雑に放り投げ、牢獄を施錠した。
「いい? 今から始まるパレードはほんの始まりに過ぎない。これが終わったら、本格的な饗宴よ」
高笑いをあげながら、自分しか出入りできない部屋を出る。足音が消えると、フローは鉄格子に掴まってやっとの思いで立ち上がった。荒い吐息の中で、床に血を吐く。屈辱と暴力で顔が歪んでいた。




