交錯(1)
シュパーブがバーを出た同刻、ビュートの市街地は喧騒に満ちていた。タイロン家の馬車が、灯りに照らされながらゆっくりと進んでいく。先頭の馬車には、護衛もそこそこに、小太りの中年と、茶髪の女が民衆に手を振って、虚飾の笑顔を振りまいていた。
女が手を振ると、殊更民衆が沸いた。自分に向かって手を振る熱気を全身に浴びながら、彼女の脳内で出来上がったシナリオに思いを馳せ、ほくそ笑んでいた。それに水を差すように、男が権力者に媚びるような下卑た笑みを浮かべて話しかける。
「アザレア様、民衆は我々に落ちたも同然でございます」
「あら、そう」
「……半年前の私を褒めてやりたい。まさか貴女様が、我々にビュートの全てを齎してくれるなんて!」
「これくらい、どうってことなかった。あのクソ女さえ排除すればね」
アザレアはタイロン家の男を一瞥することなく、フローの苦々しい表情――歯を食いしばり、屈辱に耐える顔――を思い出し、思わず口元から笑みが溢れた。それを仰々しく隠すと、民衆の熱気は最高潮となった。
電撃が走るような快楽に身悶えそうになるが、民衆を生温かい目で眺めていると、特徴的な頭の女を見つけた。夢だった。
「……黒髪? 私以外にもいたのね」
「どうかされましたか」
「ねえ、あれ」
目配せをして、男に指図をする。民衆をかき分けながら進む夢を見つけた男の笑顔が引き攣った。
「屋敷に戻ったら、少し話しましょうか」
「ええ、そうした方が良いわね」
馬車のスピードを速める。転移者の品定め、パレードの準備。アザレアの夜は、まだ始まったばかりだった。
屋敷に戻ると、前夜祭に浮かれ、全てを手にした気分になっているタイロン家の子息たちをよそに、先ほどの男とアザレアが立ち話をしていた。
「アマロック、あの転移者に見覚えは?」
「私は見たことありませんね。遣いを送って調べさせますか?」
「そうしてちょうだい。どんなスキルを持っているか分からないし」
「すきる……?」
アマロックの反応は、アザレアを失望させるには十分だった。
「こっちの話。貴方は私の言うことに従っていれば良いの」
「ああ、はい、申し訳ございません」
「いい? 今回はあくまでも偵察。いきなり襲い掛かるとか、バカなことしないでよ?」
「はっ! 仰せの通りに!」
アマロックが片膝をついてアザレアに忠誠を誓うが、彼女は見向きもせず、自分の部屋へと戻っていく。自尊心を床に擦り付け、この転移者に従属することで、タイロン家はビュートの全てを得た。彼女の全てを受け入れることこそ、タイロン家の繁栄を維持する唯一の策だった。
アザレアが完全に視界から消えると、ゆっくりと立ち上がる。そして、側近を呼ぶと耳打ちをした。
「黒髪の女を追え。今は殺すな。見極めろと、アザレア様からのご命令だ」
「かしこまりました」
「『使える』と判断したら、直ぐに捕らえろ。あいつの後釜にする」
先ほどまでの卑屈な笑顔を放つ中年男は鳴りを潜め、薄汚い眼光を放っていた。




