密談(3)
料理皿が空になると、一行に笑顔が戻った。スラヴィアはお腹いっぱい食べたのか、カウンターに突っ伏して眠ってしまった。
「すまないな、行儀が悪くて。普段はこんなことしないのに」
「良いんですよ。なんだか居心地良さそうですし」
「姐さん、こいつここに来て初めてぐっすり眠ってるような気がするんですけど」
カロックがスラヴィアの頬をつつきながら、シュパーブに向き直る。
「ずっと魔法使って、疲れたんだろう。昼頃からぐずってたろ」
「そうかもしれないですけど、モンテロさんの店に来てから、めちゃくちゃイキイキしてるんです」
「そういえばそうだな。『くさい』なんて一言も言ってなかったし」
「……くさい?」
モンテロの目の色が変わった。
「ああすまない、このバーが臭いって言っているわけではなく……」
「いえ、違うんです。そもそもスラヴィアは、精霊ですよね?」
「ああ。お前の奥さんの故郷で仲間になったんだ。それがどうかしたか」
「精霊っていうのは、魔法を感じ取ることができるんです」
モンテロが慎重に言葉を選ぶように、重々しく話す。「そうなんだ……」と初耳のように呟く夢を尻目に、シュパーブが更に切り込む。
「『くさい』という言葉と何か関係が?」
「アトラが言うには、魔法を使うと匂いが残るらしいんです。服従の魔法だと、甘ったるい匂い。治癒魔法だと、薬草のような苦い匂いといった感じで。間違いないな? アトラ」
「うん。今もシュパーブさんたちの身体から、死体のような匂いがしますもの」
今まで柔和な表情だったアトラが、耐えきれずに咳き込む。
「え? アトラさんって精霊だったんですか?」
「ユメ、半分は合っている。彼女は精霊と人間の混合種なんだ。混合種でさえここまでの反応をするんだ。純粋な精霊なら、もっと辛いだろうね」
アトラを奥に退避させ、再びスラヴィアに目線を向ける。彼女は馬車にいる時と比べ、死んだように眠っていた。何度かちょっかいをかけても、起きる様子は微塵もない。夢は「ごめんね……」と、小さく謝罪した。
「さて、もう分かりましたね? スラヴィアが『くさい』と言った理由が」
「新貨幣に、魔法でも練り込まれているとでも言うのか?」
「俺の仮説はそうですね。でも、どうやって証明したら良いのか……」
一同は一転して沈黙した。灯りが鈍く光るバーの店内で、スラヴィアのいびきが鮮明に聞こえるだけだった。すると、アトラが厨房から顔だけ出してこちらを見つめていた。
「どうした。無理しなくて良いんだぞ」
「あの、一つだけ心当たりがあるの」
アトラの一言に、シュパーブが顔を上げる。
「それはなんだ」
「……フロー様です。あの方は、私の故郷に来て下さった時、精霊の村にも足を運んだんです。本来の貴族のような振る舞いではなく、我々の目線で、交流をして下さったんです」
「そうか、あの方なら造作もなさそうだな」
フローの意外な側面に、夢以外の一行は目を丸くした。夢だけは、なんとなく釈然としない表情でいる。
「あの……、そのフロー様って何者なんですか? あの馬車に乗せられていた人ですよね?」
「そうだ。フロー・アクロスは、アクロス家の中でかなり変わった人なんだよ。魔法を独学で習得し、外交に活かしていたとかなんとか」
「独学って凄いですね。あれ? ということは、フローさんは魔法が使えるから馬車で移送されたんじゃないですか? 魔法が使えたら、この先邪魔になるとか……、って、なわけないか」
「ドラマじゃあるまいし……」と自嘲的に呟くが、夢なりに仮説を立てる。しかし、彼女の予想に反して、一同は身を乗り出した。
「タイロン家は、邪魔者を徹底的に排除するか、死ぬまで利用する。今夜、フロー様が何処に監禁されたのか聞くことにするよ」
「……モンテロ。本題はそれだったんだな」
シュパーブがため息を吐く。カロック、カミックは未だに真意が分からずにいた。
「姐さん、どういうことですか?」
「私たちに、フロー・アクロスを救って欲しかったんだな」
モンテロは数刻の間を経て「……はい」と言葉をついだ。双子があんぐりと口を開けているが、シュパーブはあくまでも冷静に努める。
「あのなモンテロ。私たちは何でも屋じゃないんだ。協力はしたいが、私たちだけでは無理だ」
「勿論、俺も手伝います。それにシュパーブさんだって、このまま物価が上がり続けるのは嫌でしょう」
痛いところを突かれたシュパーブの眉間に皺が寄る。このまま新貨幣が流通してしまうと、それこそ生活が立ち行かなくなる。
「……まだ新貨幣はビュートだけの流通なんだな?」
「恐らく。でもこのままだと時間の問題です」
「私たちの食い扶持を潰されてたまるか。やるぞ!」
半ばやけくそだった。ここで止めなければ、一瞬で破綻する。双子の焦燥感をよそに、シュパーブはカウンターを強く叩いた。
「で、フローは何処にいる」
「あの馬車の進行方向だと、恐らく少し外れた牢獄だと思います。重犯罪者を収容するところがあるんです」
「分かった。そこに行って、うまいこと奪還すれば良いんだな」
「姐さん、口で言うのは簡単ですけど、警備をくぐるにはどうすれば良いですか」
「俺に考えがある。カミックくん、カロックくん。明日の朝、ここで落ち合おう」
巻き込まれた双子は、首を縦に振るしかなかった。「またかよ……」とカミックが呟くが、それを無視してシュパーブが更なる提言をする。
「私からも一つ、我儘を言って良いか?」
「はい。何ですか?」
「……スラヴィアを、しばらくここに置いて欲しい」
金貨一枚を、テーブルに置く。愕然としたモンテロだったが、直後にアトラが奥から出てくる。
「こんな大金、頂けません。フロー様を救えるなら、タダでも良いです!」
「アトラ……」
「その代わり、絶対、救い出してください。タイロン家にこの国を預けたら、世界が終わります」
アトラの真剣な眼差しは、シュパーブたちの首を縦に振らせるには十分すぎる威力だった。無言でモンテロと握手をすると、スラヴィアが欠伸をして目覚めた。目を擦り、物々しい雰囲気のシュパーブを見つめている。
「どうしたの……?」
「起きたか。スラヴィア、すまないがしばらくの間、アトラたちといてくれ」
「どうして? スー、わるいことした?」
「いや、お前はよくやってくれた。今日はずっと野菜を冷やしてくれたから、少し休みを与えたくてな」
頭を撫でながら、スラヴィアの様子を窺う。すると、夢が隣に座った。
「スラヴィア、今日は本当にお疲れ様。スラヴィアのお陰で、アトラさんが美味しいお料理を作ってくれたんだよ?」
「そうなの?」
「うん! だから、明日はいっぱい休んでね。今度は私たちが頑張る番だから!」
その言葉に、スラヴィアも笑顔になった。「うん!」と大きく頷くと、椅子から飛び降り、胸を張った。
「みんな、がんばれよ。スー、アトラといい子にして、まってるからな!」
夢の助力もあって、スラヴィアの避難も成功した。一行は席を立ち、各々アトラに感謝をしながら店を出る。夢も一礼し、シュパーブと共に店を出た。退店後の鈴の音が鳴り終わると、モンテロは店仕舞いの準備を始める。とはいっても、店内の掃除はアトラがやっていたので、看板を店内に運び出すくらいだった。
「スラヴィア、もう寝ますか」
「……うん」
「あらあら、お姉さんなのに、泣きそうになっちゃって」
「うるさい! スーはお姉さんなんだ! 泣いたりするもんか!」
一行と一緒にいることが当たり前だった彼女にとって、それ以外の場所にいることは寂しさしかなかった。それでも、アトラが纏う不思議な匂いには抗えない。
「……なんだか、セレリオみたいね」
「あいつは、まだ戻ってこないのかな」
抱き着くスラヴィアをあやしながら、再びアトラの表情が曇った。




