暴騰(1)
夢の市場調査が始まった。夕方に差し掛かった露店の品揃えは、色とりどりの野菜が並ぶ。しかし、どれもこれも、シュパーブが守り抜いてきたそれとは何かが違う。しゃがみ込み、実際にトマトのような赤い野菜を手に取る。香りが弱く、熟しすぎて色褪せている。隣に並ぶ葉野菜も、一部の葉が萎びている。
「酷いな……。私だったら買わないかも」
日本にいた頃を思い出す夢。赤い野菜を棚に戻すと、店主に目を向ける。彼は顔をしかめながら黒髪の転移者を見ていた。
「なんだ小娘。買わないなら帰ってくれないか」
「あ、すみません。因みにこのお野菜、おいくらですか?」
「……こっちが一個金貨5枚。この菜っ葉が一束金貨11枚だ」
「あー金貨……、金貨!?」
規格外の値段に声が裏返る。「この×××××が……!」と喉まで出かかるが、寸でのところで踏みとどまり、深呼吸をしながら数字を残していく。「ありがとうございました……」と逃げるように走り去ると、以降は長居せずに淡々と物の値段を書き込んでいった。黒パンや干し肉、屋台のスープまで、紙が真っ黒になる勢いだった。
一通り値段を書き込んで、馬車に戻る。馬は水洗いを終えて、立ちながら眠っている。シュパーブは双子と共に一息ついていた。
「ただいま戻りました」
「どうだった、ユメ」
「それがですね……」
声が震える夢に嫌な予感がした双子が紙を受け取ると、吐き気がしそうになる。目を通す度に、信じがたい気持ちが声に出る。
「……なんだよこれ」
「兄貴、俺たち飯食えないんじゃないのか? ふざけてるよこんなの」
「どんなに頑張っても、一日一食だな」
カミックは馬車にもたれかかり、頭を抱えた。果物一つが金貨5枚も掛かるとなると、宿に一泊する値段など想像もしたくない。僅かな力を振り絞って、シュパーブに紙を手渡す。
「……姐さん、ユメが書いてくれたやつです」
「分かった。見せろ」
手早く目を通すシュパーブの顔が、双子と同様、徐々に青くなる。大きくため息を吐くと、紙をポケットの中に突っ込む。
「カロック。昨年の菜っ葉の価格、どれくらいだったか覚えているか?」
「……確か、銅貨11枚」
「銅貨!? めちゃくちゃ安いじゃないですか!」
「銅貨1000枚で銀貨1枚、銀貨1000枚で金貨1枚だからな。もうとんでもないことになってやがる」
血の気が引く夢だったが、それでも蜘蛛の糸を掴むように望みを手繰り寄せようとする。
「そうだ! 確かヴァーソさんからお小遣い貰ってましたよね? どれくらいあるんですか? 場合によっては……」
「金貨5枚だ」
「え……、今なんて?」
「金貨5枚だよ……。これだけあれば、ビュートで一週間は過ごせるだろうと言われたが、まさか……」
シュパーブは五枚の金貨を力なく握り締めた。ヴァーソの厚意が、萎びた野菜と同じ価値という事実を認められない彼女だったが、もはや脳は焼き切れそうなほど憔悴していた。
「食事はどうするんですか……?」
「もうここで商売は無理だ。仕入れた野菜で飢えを凌ぐ」
「宿はどうします?」
「馬車で寝るに決まってるだろう、カロック」
「ですよね……」と肩を落とし、双子がげんなりした顔で馬車に入る。何もできず、こめかみを指で叩くシュパーブに、夢の視線が刺さる。一行は、政治的混乱を前に無力になっていた。
すると、石畳を蹄で叩く音が聞こえてきた。真っ黒な馬車が数台、連なりながら通りかかった。




