王都(1)
「カロック! 馬車を急がせろ!」
「分かりました。……だけど姐さん、どうしたんですか」
御者台のカロックが、戸惑いの声をあげた。無理もない。あのシュパーブが血相を変えて、怒鳴るように指示を出しているのだから。彼女の手には握り潰された新聞があり、苛立ちを隠そうともしない。
馬車が猛然と加速し、その分ガタガタとした揺れも酷くなる。車内でうたた寝をしていた夢は、座席から投げ出された。硬い床板に尻を強打し、脳天まで突き抜けるような衝撃が襲う。
「あいったぁぁ……」
涙目になって座り直す夢。カミックは寝ぼけまなこで、何事かと起き上がる。
「ユメ、カミック。起きろ! もう少しで到着だ!」
「え? もうですか? というか姐さん、どうしたんですか。ちょっと変ですよ」
「これを読んでもまだそう言うか?」
乱暴に新聞を突き出す。目を凝らして読んだカミックの顔が、徐々に蒼白になっていった。
「おいおいおいおい! なんでよりによってこんな時期に!」
「今までのように直ぐ売るのは危険だ。市場調査から始めないと」
「市場調査……? 何をするんですか?」
「他の露店の値段を調べる。お前に任せるぞ、ユメ」
ヴァーソからせしめた紙と炭筆を渡すと、こめかみに指を打ち付けながら、次に打つ手を考え始めた。
昼下がり、一行の前に巨大な馬車が見えた。幌が汚れ、荷台には人相の悪い男たちが乗っている。不法投棄されていた馬車の残骸や、大量の砂利を、まるで宝物を監視するかのように目をぎらつかせていた。渋滞にはまってしまったシュパーブの目が血走る。
「何をしてるんだ! ちんたらするなよ!」
「姐さん、焦るのは分かりますけど、相手は多分ごろつきですよ? 下手に刺激しない方が……」
「ちょっと待ってください。あの男たち、なんか変ですよ」
夢が目を凝らして、荷台の男たちを確認する。ガラクタが邪魔で詳細は見えなかったが、男たちは何処か嬉しそうにしていたのだ。その異様な熱気に、カミックは顔をしかめる。
「何してんだあいつ……。カロックなら聞こえてるかもしれないけど」
「あ、動きました。後をつけましょう」
「カロック! あいつらの後をつけるんだ。恐らく行先は同じだ」
シュパーブの鋭い号令を、カロックは無言で受け入れた。前方の馬車のペースを読みながら、渋滞に捕まった不運な馬車を装い、手綱を捌く。轍を追随するように、確実に尻尾を掴めるよう、注意を重ねていく。
それほど経たないうちに、『この先、ビュート検問所』という看板を見つけた。ようやく都に入れる……。シュパーブは安堵するが、カロックの叫びによってそれは打ち砕かれた。
「なんじゃこりゃああ!」
突然のことに、シュパーブは幌を開け、馬車から飛び降りた。御者台に上り、何が起こったのかを確認すると、彼女は目を疑った。
「馬車が、何台も……」
「しかも姐さん、ただの馬車じゃないです。全部、ガラクタ積んでます」
検問所では警備員の人数を増員して対応しているが、とても追いついていない様子だった。スラヴィアはいつの間にか昼寝から目覚めていたが、不機嫌そうに渋滞を眺めている。
「シュパーブ。おやさい冷やすのつかれた!」
「もう少しでビュートに入る。あと少しの辛抱だからな?」
「もう暗くなってるじゃん!」
ここまで黙っていたスラヴィアがぐずり始めた。馬車の中、うたた寝をしながらも、冷気だけは解放していた彼女は疲れ果てていた。足を踏み鳴らし、恨めしそうな視線をシュパーブに向ける。
野菜が西日に晒される。布で覆ってはいたが、徐々に冷たさを失っていく。表面に浮かんだ水滴は、さながらシュパーブの冷や汗だった。
「あと数台、数台検問を抜ければビュートなんだ。今日はほどほどに野菜を売って、それからたっぷり休もうじゃないか。な?」
「うー……。ほんと?」
「ああ。外に出て見てみろ」
二人が外に出ると、次々と検問を通っていく馬車が見えた。検問所は目の前だったが、進みは牛歩だった。スラヴィアは大きくため息をつくと、馬車の中が一気に冷えた。
「はい。冷やした」
「ありがとう、スラヴィア……」
「シュパーブ、あっちのばしゃ臭い!」
「え? 私には何も感じないが……」
「くさいったらくさい! 中入る!」
スラヴィアが顔をしかめて、車内に転がり込む。そして、まだ新鮮な匂いを保っている葉野菜に顔を埋めた。脚をジタバタさせて、鼻腔にこびりついた汚れを浄化させようとしている。遅れてシュパーブが入ってくると、彼女は柄にもなく座席に崩れ落ちた。
「はぁ……。疲れた」
「お疲れ様です。もう、スラヴィアさん、シュパーブさんに迷惑かけちゃダメでしょう」
「んー。うるさい、てんいしゃ」
「こらスラヴィア。もうこの子はうちで働くことになったんだ。ユメと呼べ」
野菜の匂いを嗅いでいたスラヴィアを剥がしたシュパーブ。夢と対面させると、スラヴィアはおずおずと顔を上げる。
「ユ、メ……。スーはこわいぞ。凍らせるぞ。それでもいいのか?」
「大丈夫。スラヴィアさん、これからよろしくね!」
満面の笑みで応じる夢に、スラヴィアは呆気に取られていた。すると、馬車が動き出す。検問所の目の前まで進んだのだ。カロックが幌を開け、野菜を見せる。
「積み荷を確認してくれ。まぁ、俺たちが怪しい物なんて仕入れてるはず無いんだけどな」
「失礼します」
検問所の兵士が野菜を検品しているが、疲れなのか、その動きは緩慢だった。いつまで経っても、終わる様子が見えない。
「おい、早くしてくれよ。こっちは急いでるんだ。野菜は鮮度が命なんだよ」
「急かすなよ、カミック……」
カミックを宥めようと兵士に近付いたシュパーブだったが、思わず言葉を失った。新鮮な野菜には目も暮れず、木箱の奥底にガラクタで汚れた手を突っ込み、執拗に何かを探していたのだ。立派に育った粘り石を投げ捨てようとしたその時、シュパーブが兵士の腕を捻り上げた。
「そこまでだ。大事な売り物を傷つけようとしているのか?」
「……」
「検品が終わったら、さっさと失せろ。二度は言わない」
「分かりましたから、離してください。ったく、野菜だけかよ……」
あからさまに大きなため息を吐いて、兵士が下がっていく。「通ってよし」と失望したような声とともに、検問所を通過することができた。




