Intermission -アクト-
男は、屈辱にまみれた背中で林道を歩いていた。かつては異世界の女を侍らせ、気に食わない男をスキルで倒し、『最強』の名を欲しいままにしていた。しかし、あの女と会ってから、全てが狂った。
豊川 晶斗。この世界では『アクト』と名乗っていた。現代日本ではパッとしない大学生だった。友達はおらず、大学に進学しても無為な毎日だった。
女性とも縁がなく、告白する勇気も気力もなかった。いつしか現実の女性に対し偏った考えを持つようになり、この世の中に絶望するようになった。
そこに、あの妖精が現れたのだ。
「この日本に、絶望していますか?」
「あんた、誰だ?」
「私は妖精です。もし日本に絶望しているなら、私がとっておきの世界をご用意いたしました。どうです?」
彼は考える間もなく、「連れて行ってくれ」と告げた。このクソみたいな世界から脱出して、とっておきの世界とやらでやり直せるのなら、ここまでうまい話はなかった。早速スキル『従属』と『蹂躙』を手に入れると、転移して三日後には、ほぼ彼の理想の箱庭が出来上がっていた。
転移先の都市で、16歳の現地妻を作った。出る所が出て、引っ込んでいる所は引っ込む理想の体型だった。「すごいです!」「流石です!」と、一挙手一投足を褒めちぎってくれた。しかしアクトはその度に、「そんなすごくないけどな」と自身を謙遜したのだった。
転移して一カ月が過ぎたある日、アクトはヴィヴァーロで妻を探していた。彼の目に適う女性がなかなか見つからない。仮に声を掛けても、黒髪だという理由で拒絶された。どいつもこいつも、なんで避けるのか。今日もダメか……。そう思っていたが、目の前で石畳の清掃をしていた少女に目が留まった。
真っ青な髪をポニーテールにまとめ、額に汗を滲ませながら、笑顔で通行人に挨拶をしている。体型も悪くない。何より可愛い。アクトは直ぐに、少女に声を掛けた。
「お、おはよう、ございます……。今日も良い天気ですね」
「あ、旅の方ですか? おはようございます! 何かご用でしょうか?」
「あ、えーっと……」
アクトは考える振りをして、指先から霧のような魔法を出した。もじもじしている彼を、少女は笑顔で待っている。霧は地面に降り注いで、円を描いた。
「キミ、可愛いね……。ちょっと『鑑定』してもいいかな?」
「何かのお誘いですか? 私、今は仕事中なので……、すみません」
「そんなこと言わないでよ。僕はキミに一目惚れしたんだ! 結婚しても良い! せめて『鑑定』だけでもさせてくれ!」
「えっ、何を……」
少女の額に手を当てると、途端に目がすわり始めた。魔法がかかったかどうかを確認するべく、アクトはお決まりのセリフを放った。
「キミの名前は?」
「……コマ・ヴィクトリスと申します、アクト様」
その後、部下と父親に襲われ、洗脳は解かれたが、アクトは満足だった。次はいける、と。
しかし、現実は違った。同じ転移者にやられてしまったのだ。しかも、後遺症で『蹂躙』のスキルを失ってしまった。魔法は出せるが、これでは小動物しか倒せない。大型の獣に遭遇しないよう、涙目で敗走していたのだった。
「くそっ! あの女め……」
これで何度目だろうか。夢への憎悪が溢れ出る。まだ『従属』のスキルは残っているから、自分より強い奴を味方につけて、再出発するしかない。アクトの脳内で、少しずつ計画が立てられていく。先ずは妻の元に戻らなければ。少しずつペースが早くなっていく。
その時だった。
突如、轟音とともにアクトの骨肉が突き破られた。触手のようなものが、彼の心臓を食い破ろうとしていたのだ。
「……は?」
後ろを振り向く暇もなく、嚙み砕かれる心臓。血飛沫が木々に降りかかる。次々と伸びる影が、転移者をだらしなく食い漁る。可食部を探すかのように蠢く触手の動きが止まるのに、そう時間は掛からなかった。
「まだ、足りない」
触手が縮む。佇んでいたのは、ボロ布を頭に被った少女だった。




