別離(2)
西日が傾き始める。コマは「贈り物がしたいです」と告げると、部屋から出た。一人取り残された夢は、窓の外を眺める。庭園ではシュパーブとヴァーソが立ち話をしている。目を凝らして見ると、二人は笑っていた。何の話をしているのかは分からなかったが、悪いことでないのは確かだった。
部屋が薄暗くなり始めた頃、コマが両手に何かを抱えて入ってきた。
「ユメさん、これ、私からの餞別です。受け取ってください」
「まさか、服?」
「はい! 忘れたんですか? 私のお古で良ければ、お譲りしますって、昨日言ったじゃないですか!」
スラックスを両手に持っている夢の瞳は、今日一番の輝きを見せていた。現代でも通用するデザインでありながら、長旅にも耐えられそうな頑丈さが感じられる。上衣はリネン生地に似た質感だった。人目につかないよう着替えると、鏡で確認する。
「着心地はどうですか?」
「最高です! 本当に助かります!」
鏡の前で柄にもなくポーズをとり、気分が上がる。追加で持ってきたジュストコールのようなコートも羽織って、コマに見せる。
「これでシュパーブさんたちに付いていけるような気がします!」
「丈が合わなかったどうしようと思いましたけど、良かったです……」
まだ身体に痛みが残るが、夢は英気を養えたような感覚になっていた。すると、ドアが叩かれる。コマが開けると、シュパーブが立っていた。
「傷は癒えたか」
「まだ少し痛みますけど、もう大丈夫だと思います」
「そうか。それは良かった。ところで、急で悪いんだが……」
「なんですか?」
「明日、ヴィヴァーロを出る。朝早くに野菜を仕入れたらすぐに発つ」
予想外の宣告に、夢の心は揺れた。遅かれ早かれ、コマと離れるのは分かっていたが、こうして実際に宣告されると寂しさがこみ上げる。コマに視線を送ると、口元だけで笑っていた。
「すまない。今夜中に荷物をまとめてくれ」
「分かりました。もうそろそろ、馬車に戻りますね」
「いや、今日はコマと一緒にいるんだ。隣を見てみろ」
シュパーブに促されて横を向くと、俯いた肩を震わせるコマがいた。
「これがお前の成果だ。私の目に狂いはなかったよ。じゃあな。明朝に会おう」
夢が言葉を返す前に、ドアが閉まる。重たくなる空気をなんとか打破しようと、笑顔でコマの顔を覗き込んだ。
「コマさん、一生会えないわけじゃないんですから。魔石を集めたら、また会いに行きます! 絶対に!」
「……本当ですか?」
「はい! その時になったら、無理言ってでもヴィヴァーロに向かわせますから!」
「絶対ですよ? 嘘ついたら、クソ野郎ですからね?」
顔を上げたコマは、間髪入れずに夢に抱き着いた。細い腕を回し、嗚咽を抑えるように胸に顔を埋める。これまで見せなかった感情を剥き出しにしたコマだったが、それを夢は黙って受け入れていた。
翌朝、肌寒いにもかかわらず、ヴィクトリス商会前の門には大勢の人が集まっていた。野菜の積み込み作業は、シュパーブたちだけでなく、ローブやバイパーも手伝っている。作業を終えると、夢の膝は既に笑っていた。
「ユメ、俺たちについていくのがやっとみたいだな」
「カロック、さん……。朝早いのに、元気、ですね……」
カロックは汗を拭うと、御者台に座る。
「スラヴィア。荷物全部あるか?」
「ある。冷やすのはスーにまかせて」
「カミック、乗れ。私はユメともう少しだけやらなきゃいけないことがある」
夢を連れて、ヴァーソ親子の前に立つ。
「シュパーブ。もう行くんだな。てっきりもう一日いると思っていたが」
「事情が変わったんだ。仕方ない。しかし良かったな。ようやく解決して」
「サクラよ、改めて礼を言う。お前のお陰でコマが立ち直った。またいつでも来い」
「はい! ありがとうございます!」
ヴァーソの言葉は、勲章のように夢の胸に響いた。それでも表情を緩めず、深く一礼する。何かを言いたげに視線を送るコマだったが、三人が和気藹々としていて、踏み出せない。肝心の夢はヴァーソと会話しており、コマの様子を観察する暇もなかった。
「姐さん! そろそろ出ますよ!」
御者台からカロックが叫ぶ。「分かった」と返すと、彼女は夢の背中を軽く叩いた。
「そろそろ出る。何か思い残したことはないか?」
「えーっと……、あ!」
すっかり縮こまってしまったコマを見つけると、慌てて駆け寄る。そして、両手を握った。
「昨日も言いましたけど、私は絶対に、コマさんの所に戻ってきますからね」
「二ホン? に帰る前に、また必ず会いましょう?」
「コマさんの服、ずっと大事にします。あと、もう一つだけ」
「なんでしょうか」
手を離すと、夢は歯を見せて笑った。
「これから私のことは、『ユメ』って呼んでください。私たち、もう、友達ですから」
「友達、ですか?」
「はい! まぁ私はさん付けを続けますけど。お父さんいるし……」
シュパーブに食料とお金を渡すヴァーソを横目に見ながら、コマの反応を窺う。
「……ユメ。ユメ。ユメ」
「コマさんはヴァーソさんの娘でもあり、一人の女の子なんです。私には遠慮せずに、いっぱい話してください!」
「うん、分かった……、ユメ! いってらっしゃい! また会いましょう!」
その言葉を聞いて、心置きなく背を向けることができた。四人と精霊が馬車に乗ると、一週間ぶりに馬が石畳を叩く。大きく手を振って別れるコマを、夢は姿が見えなくなるまで見つめていた。
林道に入ると、夢とカミックは疲れからうたた寝をしてしまう。しかし、シュパーブの視線は新聞に釘付けだった。彼女らしくなく頭を掻きむしり、焦燥感を隠そうともしない。
「くそっ、なんてこった……。王都で一体何が起こってるんだよ」
新聞の見出しには、『アクロス家、貴族院選挙で大敗』とあった。




