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商隊ム!―不本意な転移JKの命懸け魔石紀行―  作者:
ヴィヴァーロの試練
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別離(1)

「いったあああぁぁ!!」


 アクトと戦った代償は、あまりにも大きかった。アドレナリンが切れた体に激痛がなだれ込む。夢は馬車の中でのたうち回り、自身を抱き締める。


 内臓にまで届く腹の鈍痛、皮が剥けた拳の疼き。そして、石畳の洗礼を受けた背中。満足に動かせる部分は、今の彼女には一箇所も残っていなかった。


 朝食のために呼びに行ったカミックが、脂汗で濡れた顔の夢を発見したのは、その直後だった。


「カミック、さん……。助けて……」

「昨日、派手にやったんだってな。姐さんから聞いたよ」

「笑ってないで、起こしてくださいよぉ……」


 カミックが苦笑いしながらも、夢を背負った。少しの振動でも激痛に変わる今の彼女にとって、衣服が擦れる刺激さえも、汚い悲鳴を絞り出すには十分過ぎる引き金だった。


「ぐぁぁぁぁ……」

「耳元で叫ぶな! 少しくらい我慢しろ!」

「分かって、ますけどぉ……、いったああ!」


 頭では重々理解していたが、体が反射的に悲鳴をあげてしまう。馬車から降りる一挙手一投足で、意識が飛びかねない激痛となって襲い掛かる。


「も、もう無理……。痛いよぉ……」

「本当大丈夫か? 汗、凄いぞ」


 カミックの筋肉質な背中に、粘りつくような脂汗と、荒い吐息が染みる。背中に揺られる心地よさを感じる余裕もない。ただひたすらに漏れるのは、苦悶の嗚咽だけだった。


 日本に帰る為の代償は、あまりにも大きすぎた。


 この日は、ヴァーソの邸宅で朝食の予定だった。夢がアクトを追い払ったことを知って、急遽取り計らってくれたようだった。しかし、夢はカミックの介護無しにはまともに動くこともできない。席についた時には、精根尽き果てており、とても食事ができる精神状態ではなかった。


「サクラ、大丈夫か?」

「大丈夫、じゃ、ないです……」

「お父様、ユメさんを私の部屋へ。私が食事のお手伝いをしますから」

「あぁ、分かった。バイパー、頼む」


 屈強な男の背中に揺られる夢。身体が揺られ、擦れる度に、奥歯が砕けるくらい強く噛み、喉元まで出かけた悲鳴を無理矢理押し殺す。これ以上、シュパーブやコマに、醜態を晒すわけにはいかない。奥底にある理性が、夢の命綱だった。


 結局、夢はコマのベッドで朝食を摂ることとなった。背もたれを上げ、軋む痛みに耐えながら口を開ける。


「ユメさん、お口に合いますか?」

「とても美味しいです……」


 咀嚼する度に、顔が歪む。寝起きよりは痛みが落ち着いたものの、脂汗は未だに引かない。一口ずつ、ゆっくりと口へ運ばれる果物。痛みを隠すように、笑顔で取り繕った。コマはそんな夢の笑顔に励まされるように、果肉に挟まった種を丁寧に取っていく。


「……器用、なんですね」

「え? ああ! ありがとうございます。ローブにみっちり指導された甲斐がありました」

「私はこんな丁寧にできないです。包丁はたまに使いますけど、指を切るのが怖くて」


 日本での生活が、ふとした瞬間に頭を過る。共働きの両親に代わり、夕飯の準備をすることがあった。作る量は多くはなかったが、夢にとってはそれが憂鬱で、面倒な時間だった。


(……お父さん、お母さん、どうしてるかな)


 転移してからというもの、眠れば毎日のように、両親が会いにきてくれた。鼻の奥がツンとするのを、酸味の利いた果物で洗い流した。


「ユメさん、大丈夫ですか?」

「え? ああ、すみません、考え事してて……」

「そうでしたか。さて……、次が最後ですよ」


 コマは食後の焼き菓子を半分に割る。焼いたクルミのような香ばしい匂いが、夢の鼻をつく。


「持てますか?」

「はい……」


 どうにか両手で焼き菓子を持つと、コマと呼吸を合わせるようにして、ゆっくりと口に含んだ。日本の菓子よりもぼそぼそしているが、夢は熱いものがこみ上げるのを必死に堪えながら、一口ずつ大事に味わった。


 食後、コマはお茶を淹れる。ミントに似た香りが漂い、澄んだ緑色をしている。「いただきます」と、茶器に息を吹きかけ、一口飲む。渋みが口いっぱいに広がるが、抹茶のような甘さが後からついてきた。


「美味しい……」

「良かったです! これ、昨日採れたばかりの新茶なんですよ」


 他愛もない話で、二人の緊張はすっかり氷解していた。だが日が昇るにつれ、夢の表情が沈んでいく。お茶に映る彼女の顔は、口を硬く結んでいた。


「どうか、されましたか?」

「……あのですね、実は、あと二日で、ヴィヴァーロを離れなきゃいけなくなったんです」


 コマの手が止まる。青天の霹靂とばかりにじっと見つめる視線が、痛いほど夢に突き刺さった。


「そんな! せっかく仲良くなったのに……」

「私は、日本に帰りたいんです。そのためには、転移した人に会って、魔石を回収しないといけない。シュパーブさんは色んな所を行商しているから、帰るための手がかりを掴みたいんです!」

「帰りたい……」


 熱が込められた声に、コマはポツリと話すだけだった。語尾が震えており、ベッドのシーツを力なく握り締めている夢に、コマの手が伸びる。


「本当に、残念です。でも、仕方ないですよね」


 フッと小さく笑うコマ。夢の隣に座ると、そっと手に触れた。昨日アクトを殴った手を、優しく撫でる。


「分かりました。私はユメさんを応援しますよ。だけど一つだけ、わがままを言っても良いですか?」

「なんでしょうか? お嬢様」

「もう、からかわないで下さい! 人がせっかく真面目な話をしているのに……。冗談ですよ。今日は、ずっとここにいて下さい」

「コマさん……」

「私、最初は転移者ってだけで怖がっていました。だけど、孤児院で働いていた時、ユメさんは何かが違うって、思ったんです」

「あの時は、私も必死でしたから。よいしょっと……、いたた」


 痛みが引いてきた夢は、ベッドから起き上がり、コマの隣に座った。窓から差す陽光が、コマの透き通るような肌を強調する。


「子どもたちの笑顔が何よりの証拠です。あの絵を見て、私は何を怖がっていたんだろうって、少し恥ずかしくなりました。今でも男の転移者はちょっと怖いですけど」

「あのクソ野郎なら、無理もないですよ。あいつは女の子の敵です」

「ユメさんは本当に変わった喋り方をしますね。私がそんなこと言ったら、お父様に叱られますよ」

「『そんな言葉遣いをするんじゃない! お前はこの家を継ぐんだぞ!』って、言いそうですよね」


 夢がヴァーソの声真似をすると、コマの腹筋が決壊した。涙が出るほど笑う彼女を見て、感情が渋滞する。彼女はそれを、笑ってごまかすことしかできなかった。鼻をすすり、声を詰まらせるその横顔が、コマの目に留まる。


「え? どうしたんですか?」

「……分かんない。分かんないです。でも、今初めて、こんなコマさん見たから、嬉しくて」


 額縁に収められているちぎり絵が、今のコマと重なった。夢はとうとう、仕事を全うした感覚を実感した。

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