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商隊ム!―不本意な転移JKの命懸け魔石紀行―  作者:
ヴィヴァーロの試練
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魔石(1)

 口の中が鉄の味で満ちていく。視界がぼやけるが、夢は立ち上がろうと脚に力を入れる。周囲から悲鳴があがっていた。転移者が転移者を攻撃しただけでも、彼らにとっては衝撃だった。


「おい、黒髪同士でやり合ってるぞ……」

「どういうことだよ。俺こんなの知らないぞ」


 どよめきをよそに、男はゆっくりとバイパーに近付く。夢のことは、もはや歯牙にもかけていなかった。


「どうして僕を怖がるの? ねえ」

「近寄るな! お嬢様は渡さん!」


 バイパーが庇うが、既に魔力の圧で脚が震えている。転移者と対面した途端、言葉すら満足に出なくなる。それでも、あの時のトラウマを思い出して泣きじゃくるコマを背中に収めようとしていた。


「もう止めろ! コマさんが嫌がってるじゃないか!」


 力いっぱい叫ぼうとした喉からは、掠れた声しか出なかった。ふらつく脚で間合いを詰めようとするが、男の視線はバイパーに向けられていた。


「邪魔しないでよ。これからお義父さんに会うんだから」


 男はバイパーの胸に手をかざすと、詠唱もせず衝撃波を出した。巨体が宙を舞い、コマの後ろに落ちる。


「があっ……!」

「バイパー!」


 背中から叩きつけられ悶絶するバイパー。逃げようとしたコマだったが、あの時と同じ表情で男に捕捉されてしまう。じりじりと近付く夢も視界に入ったが、それを塞ぐようにして、男が額に手を置く。


「一度コマちゃんにフラれちゃったけど、僕は強くなって戻ってきたんだ。とは言っても、ここにいる連中には僕の力は過剰だから、本来の2割くらいしか使ってないんだけどね」

「離れて、下さい……」

「隣の王都に住処を用意したんだよ。お金は僕の魔法で沢山作ったし、共同生活する女の子もいっぱいいるから、寂しくないよ。さあ行こう。僕と一緒に」

「いや! 助けて!」


 手を強く当てる。それを見たバイパーは慌てて身体を起こそうとするが、激痛で叶わない。掌から紫色のオーラが出ると、怯えて泣いていたコマの目が据わり始めた。


「もう少しで楽になるからね、コマちゃん。僕と一緒に行こう」

「いや、あ、あ……、アクト様……」


 コマの声に覇気が無くなる。アクトと呼ばれた男は、満足そうにコマを立たせた。脚がふらつき、青く澄んだ目はもやがかかったように濁っていた。


「これからお義父さんの所に行こう、コマちゃん」

「はい! アクト様! 私はアクト様のことが大好きです!」


 民衆は息を吞み、一部は悲鳴をあげた。物陰に隠れる者や、その場から逃げる者。明らかに転移者を恐れている。コマが今度こそ連れ去られる。また、あの転移者がヴィヴァーロの平和を脅かす。しかし、夢は諦めていなかった。彼女の足音に気付いたアクトは、薄ら笑いを浮かべている。


「どうしたの? また殴られにきた?」

「……」


アクトの戯言を締め出し、コマへと向き直る。だが、彼女を前にしても、視線は愛しの人を離さなかった。


「あら、何の用かしら?」

「……目を覚ませよ」

「え?」


 首を傾げるコマ。その隙を見逃さず、夢は助走をつけた全力の平手打ちを叩きこんだ。商店街中に乾いた破裂音が響き、民衆のどよめきが聞こえる。


「何するんだよ。僕のコマちゃんに!」

「おい! いい加減目を覚ませ! 昨日の子どもたちの笑顔を忘れたか? あんたはこんな腑抜けた野郎に惚れるほど、甘ちゃんじゃねえだろうがよ!」


 怒号が飛ぶ。呆然としているアクトを尻目に、夢はコマを無理矢理立たせ、胸倉を掴んだ。手は焼けるように痛かったが、握る力は衰えない。


「あんたはいつも子どもたちの為に一生懸命頑張ってんだろ? 昨日も言ってくれてただろ! 『いつもありがとう!』って!」

「ありがとう……?」

「確かに昨日の遊びを主導したのは私だ。完成まで黙っていたのはごめん。だけど、あの子たちは、笑いながらやってくれたんだ! あの子たちが笑顔でいるには、あんたがいるんだ! それをこんなクソ野郎に奪われてたまるか!!」


 コマの瞳に、少しずつ光が戻り始める。髪の色と同じ、澄んだ青色だった。急いで術をかけようとするアクトだったが、ローブはそれを許さなかった。


「何するんだよ!」

「お前の好きには、させない!」


 詠唱をすると、アクトが崩れ落ちる。それが引き金となり、コマを覆っていた魔力が薄くなった。


「私は日本に帰りたいんだ。その為には、あんた達の助けが必要なんだよ! 自分勝手なのは重々分かってる。お願い、元に戻って……」


 夢の目から涙が零れた。民衆は彼女の言葉を聞いて耳を疑った。「帰りたいだって?」「こいつ本当に転移者か?」。彼らの視線は、恥ずかしげもなく咽び泣く夢に集中していた。


「目を覚ましてよ! 私だけじゃない。あんたが消えたらヴァーソさんとかここにいる人たち、それに、シュパーブさんまで悲しむ! それだけは絶対にダメ!」

「いなくなったら、悲しむ……」

「そうだよ! 私に協力してなんて言わない。だから、こんな……」


 夢はアクトを汚物を見るような目で一瞥し、コマに向き直った。


「こんな空っぽな奴なんかに、人生預けるな!」


 アクトは聞き捨てならないとばかりに身を乗り出す。


「何言ってるんだよ。流石に言い過ぎでしょ……」

「てめえは黙ってろ! 今は一対一で話してるんだ! 大体お前さ、日本にいる頃から『空気読まないよね』って言われない? 今はてめえになんか構ってる暇はないって、言わないと分からない?」


 アクトは腸が煮えくり返っていたが、術をかけられたせいで上手く動けない。コマを包んでいた禍々しい瘴気が霧散し始めた。姿勢を崩したが、夢の腕がすんでのところで滑り込む。


「コマさん、私が分かる? さっきは殴ってごめんね……?」

「ユメ、さん……?」


 コマが正気を取り戻したと同時に、事切れたかのように眠ってしまう。夢は眠り姫をバイパーに預け、立ち尽くしているアクトに向き直る。


「あーあ、また失敗だ」


 彼は平静を装っているが、いつでも魔法を撃てるように、夢を睨みつけた。



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