氷解(2)
「ごめんなさぁい! お姉さん……」
「大丈夫だって。糊はまだ残ってるから! ハリアーくんは悪くないの。悪いのは、糊を倒したお姉さんだから」
「そうだ。皆! 糊を片付けるのはお姉さんに任せて、俺と一緒にこれを完成させよう!」
バイパーが慌ててフォローに入る。駆け寄ってきたハリアーを保護したコマは、頭を撫でて落ち着かせようとしていた。遠目で夢を見ると、彼女は手がベタベタになりながらも、糊を陶器の中に入れていた。指先は真っ白になっており、他の誰よりも汚かった。
「さて、最後の仕上げといきますか! みんな、お姉さんに絵を見せて!」
「はーい!」
「あ、私にも見せてください!」
「コマせんせい、ぼくと一緒にいて?」
ハリアーがコマの脚にしがみつく。コマが困惑している間、夢は完成しそうになっている千切り絵を確認する。うんうんと頷くと、大きく手を叩いた。
「最後の仕上げは、コマ先生にやって貰おう! ハリアーくん、こっち来て!」
「はーい……」
ハリアーは涙を拭いて、夢の元へと駆け寄る。そして、夢は児童たちに何かを話し始める。小声でよく聞こえないコマは、何が始まるのか、ワクワクしていた。
「じゃあみんな、行くよ!」
「はーい!」
すると、ベルタが一歩前に出てくる。その瞳は、コマをじっと見つめていた。
「ベルタさん、どうしたんですか?」
「あのね、ベルタたちね、コマせんせいにプレゼントがあるの」
「わー! 何かしら!」
コマがベルタと羊皮紙を交互に見やる。後ろに控えていた四人が、羊皮紙を持つ。夢は笑顔でコマを見ていた。
「みんな、せーのっ!」
「コマせんせい、いつもあそんでくれて、ありがとう!」
児童たちがコマに見せたもの。それは、コマの満面の笑みが映った千切り絵だった。青い髪、透き通った白い肌、輪郭を黒い紙で表現し、大きく開いた口の中は赤い。
「あ、あ、あぁ……」
コマは遂に決壊した。その場で崩れ落ち、大粒の涙を流す。子どものようにわんわんと泣いていた。その姿に、児童は困惑していた。
「なんでないてるの?」
「ぼくたち、わるいことしたの?」
「ううん、コマ先生はね、嬉しいから泣いてるの」
ローブが涙声で諭す中、バイパーは夢に複雑な視線を向けていた。そして、「すまなかった」と小声で詫びる。ふと窓の外に動く影を見たような気がした夢だったが、直ぐに児童たちと喜びを分かち合った。
コマが泣き止んだのは、それからしばらく経ってからだった。子どもたちは昼食を終えて、寝静まっている。肩の力が抜けた夢に、話しかける。
「ユメさん、いつからそういうことを考えていたんですか?」
「粘り石を、シュパーブさんが持ってきてくれたんです。糊になるって言われて、これだ! って思ったんです」
「そうだったんですか……。子どもたちも喜んでくれて、本当に良かったです」
「いいえ。私はコマさんの笑顔が見られただけで、やって良かったなって思いましたから」
「……私、これから、この絵のように、笑えますか?」
コマの不安そうな視線が突き刺さった。穏やかじゃない様子を感じ取った夢は、勇気を出した。
「言いたくなかったら言わなくても良いんですけど、転移者に何をされたんですか?」
「おい、転移者。そんなにずかずかと……」
「良いんです。話さないと、ユメさんに悪いですから。あれは、去年の話でした。私がいつも通り、商店街の掃除をしていた時、黒髪の転移者が声を掛けてきたんです。『可愛いね』とか、『彼女にしたい』とか言って。私は無視していたんですけど、そこから記憶が無くなって……」
トラウマを掘り起こしたコマが項垂れると、ローブが慌てて補足を始めた。
「お嬢様は、この転移者に着いて行ったんだ。ヴァーソ様と一緒に止めようとしたが、お嬢様は『この方と結婚する』と言って聞かなかった。私が解析したら、案の定、魔法で操られていたんだよ。ヴァーソ様と傷だらけになって魔法を解いたが、それからお嬢様とヴァーソ様は、転移者に対して快く思わなくなったんだ」
「そんなことが……。そりゃあ、私のことも怖がるよな」
夢は納得した。デリケートな部分に入り込まれ、強引に連れて行かれそうになったのだ。そして、静かな怒りがこみ上げてくる。
「こんな最低なことする奴が転移してきたのか。私は真面目にやってるってのに!」
「だから、転移者は、ユメさんみたいな真面目な人もいるんだなって、少し思えるようになったんです。この絵、一生大事にします!」
夢の硬い表情とは裏腹に、コマは晴れやかだった。そして、いきなり抱き着く。
「わっ……!」
「私、この絵みたいな笑顔が似合う女になりますから。それまで時間かかるかもしれませんけど、見ていてください!」
部下二人の涙腺が緩んだ。コマの背中に手を回した夢は、無言で首を縦に振った。もう一度、いや何度でも、この笑顔を見たい。そう思えるようになった。




