氷解(1)
翌朝、夢は誰よりも早く起きて、孤児院の物品庫にいた。バイパーが眠い目を擦って監視しているが、彼は怪訝そうな顔で夢の様子を見ている。
「お前、何してるんだ?」
「色紙を仕分けているんです。四色もあるので」
夢はシュパーブから小さい麻袋を借りて、それに色紙を振り分けていた。
「しかしお前、そんなの何処で学んだんだ」
「連れられる前、こういう所に行って体験したんです。学校の授業で、子どもたちと触れ合おうって」
「……なるほど。ちょっと信じられないがな」
彼はため息を吐く。大量の色紙――ゴミとして捨てられそうになっていたものを仕分けた夢は、小さい壺の中に入っている澱粉糊を取り出した。使い古された木の板を見つけた彼女は、澱粉糊を塗り、そこに色紙を貼り付ける。
「よし。ついた」
「カロックから聞いたぞ。捨て値同然で買った粘り石で、作ったんだってな」
「これが無かったら、どうしようかって思いました」
雑談している間に、紙は強固に張り付くようになっていた。粘着力を確認した夢は、羊皮紙を取り出す。コマのデッサンは、朝日に反射して輝いていた。すると、コマの挨拶の声が、ドア越しに聞こえてくる。保母さんが帰宅する時間になっていた。
「そろそろだ。行くぞ」
「はい!」
本日のプログラムに使う材料を持ち、物品庫から出る夢。児童の前には、既にローブとコマがいた。コマは夢を見ると、目を背けてしまう。
「お、おはようございます……」
「おはようございます! 今日は私に任せて下さい!」
「え……?」
コマが思わず夢を見る。満面の笑みだった。意図が分からないコマだったが、夢は構わず児童たちへと顔を向ける。
「みんなー! おはようございまーす!」
「おはようございます!」
「今日も一日、よろしくお願いしまーす!」
昨日とは違い、夢ははきはきと挨拶をしていた。戸惑いの色を隠せていない部下たちの横で、コマは必死に付いて行く。
「はい、先ずは身体を動かしましょう! 大きく手を上げてー……」
夢は日本のラジオ体操をやり始めた。児童たちは夢の動きを真似ていく。上手くできていなくても、夢は褒めた。コマも見様見真似で行う。
「そうそう! みんな上手だよー!」
「ユメさん、私も上手く出来ているでしょうか……?」
「勿論です!」
夢は考えるより先に、身体が動いていた。深呼吸を終えても、心臓は早鐘を打っている。体操を終えた児童は、よりエネルギッシュに動き始めていた。それを夢は、コマを真似て手を叩いて落ち着かせる。
「みんな、静かにしてくれてありがとう。お姉さん嬉しい! さて、今から、みんなにやってもらいたいことがあります。ちょっと集まって!」
児童は既に、夢の術中にハマっていた。たちまち群がると、夢が取り出した麻袋を興味津々に見つめている。全員が集合したことを確認すると、麻袋から色紙を取り出した。
「これは何色?」
「あおー!」
「これはー?」
「あかー!」
児童が得意げに答えていく。四色全て答えると、夢は拍手をした。同時に部下やコマに目配せすると、三人は続けて拍手をした。
「みんな物知りだねー。将来はお姉さんより頭良くなるかも! ここからが本番なんだけど、この色紙を、こうします!」
夢は色紙を細かく千切り始めた。そして、麻袋の中に入れる。
「ベルタちゃんとビージーくんは、こうやって、紙を指で千切って下さい! この袋に、『あか』とか『あお』と書いているから、正しい色を入れて下さい!」
「こう?」
ベルタが夢から赤い色紙を貰うと、恐る恐る千切る。大きさは少しだけ大きかったが、それでも夢とコマは大げさに驚いて見せた。
「そうそう! この調子でやってみて!」
「わかった!」
二人が紙を千切る。部下二人は、児童が正しく袋に入れられるかどうかの見張りを始めた。ハリアーとヴァル、アリスは羊皮紙を見ている。
「ハリアーくん、キミは一番お兄さんだから、紙を糊で貼って欲しいな。ヴァルくんとアリスちゃんは、この筆を持ってね」
「なにするの?」
「ヴァルくんとアリスちゃんは、この糊をペタペタするの」
夢は物品庫で見つけた毛羽立った筆を使い、糊をつけて、コマの髪の部分に薄く塗っていく。そして、ビージーが千切った青い紙を貼り付けた。一連の作業を見て、児童は「おー」と声をあげる。
「こういう感じだよ。分からなかったらいつでも聞いてね!」
「はーい!」
羊皮紙に群がる三人。コマは全体像を見ることが出来なかった。一体、これから何が完成するのか。ユメは何を考えているのか。少しずつ、彼女に興味が芽生え始めていた。
「お嬢様、千切るのを手伝って下さい。俺たちは貼る作業を見ます」
「転移者。これは子どもには少し難しくないか? 私も手伝う」
「ありがとうございます。心強いです。みんな! お手伝いしてくれるって!」
部下は敢えてコマを羊皮紙に近付けまいとした。「有難いです」と、夢が小声で礼を言う。一方のコマは児童と笑いながら、色紙を千切っていた。青い紙を千切り終え、今度は白と黒を同時並行で進めていく。
「青い紙、千切り終わりました」
「こっちに渡してください! さあ、糊をつけるよ! 先生のやり方を見ててね!」
「はーい!」
コマの髪の部分に、ペタペタと筆で糊をつける三歳児。それが終わったら、ハリアーとバイパーが共同で紙を貼り付ける。都度、夢に確認を取りながら、細心の注意を払っていた。
髪を貼り付け終わった段階で、紙を千切る工程が終了していた。ベルタとビージーはまだ元気いっぱいで、羊皮紙に駆け寄ってくる。それに伴ってコマも付いてくるが、止められてしまう。そこにはローブがいた。
「どうしたんですか?」
「お嬢様、ここは転移者と子どもたちを見守りましょう」
「え? 私も手伝わなきゃ……」
「大丈夫です。もう少しで、全部終わりますから。それに見てください。皆こんなに頑張っているじゃないですか。転移者に懐いたのは想定外でしたが」
夢が陣頭指揮を取りながら、児童が協力し合って作品に取り組んでいる。澱粉糊をハリアーになすりつけられ声を出す夢、真剣な眼差しで、短い腕で精一杯筆を動かす三歳児、千切った紙を黙々と貼る児童たち。コマは胸の奥が沸騰するのを感じていた。
「ちょっとハリアーくん。お姉さんに糊つけないで……、わっ!」
夢は茶化すハリアーを避けようとする。すると、澱粉糊の入った陶器を足で倒してしまった。背筋が凍った夢は急いで糊をかき集めるが、半分は床にぶちまけてしまった。夢の悲鳴に、児童が一斉に注目する。ハリアーは茫然と立ち尽くしており、直後に大声で泣き叫んだ。




