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商隊ム!―不本意な転移JKの命懸け魔石紀行―  作者:
ヴィヴァーロの試練
13/14

準備(1)

 二日目、孤児院の門前に立つ夢は、昨日の清掃による筋肉痛が残っていた。石畳を踏みしめる度に痛みが走るが、必死に悟られまいとしている。視線がなかなか合わないコマだったが、夢の足元に目が留まった。少し汚れた、自分のものだった靴。彼女の口元が、フッと緩んだ。


 背後につく部下二名の視線を感じると、コマは姿勢を正す。


「本日もよろしくお願いします」

「よろしくお願いします」


 声を張る夢。部下二名はいち早く孤児院の清掃を始める。夢もそれに続こうとすると、コマに呼び止められた。


「あの!」


 消え入りそうな声。夢は振り返ると、足元――昨日コマが与えた、少し大きめの靴をじっと見つめるコマがいた。

 

「え……?」

「……靴は、どう、ですか?」


 服の袖を持って、肩を震わせるコマ。転移者に対する恐怖で前を見ることができないが、足元にはしっかりと、自身の施しが残っていた。呆然としていた夢だったが、直後に優しく微笑む。


「あったかいです。昨日はありがとうございました。コマさん」


 その言葉に、コマは顔を上げた。あの時とは違い、純粋で柔和な笑顔が、眼前にあった。


 午前八時の鐘が鳴ると、夜通し児童を見てくれた保母さんが持ち場を離れる。夢はその間、物品庫にいた。


「ここで何をするつもりだ?」


 ローブに怪しまれるが、夢は動じなかった。


「明日使う材料を調達したいです。失礼します」


 薄暗い物品庫の中で、夢は躊躇なく紙ゴミの箱に手を突っ込む。奇妙な行動に困惑するローブだったが、コマの護衛という矜持で、毅然とした態度で監視する。青、黒、白、赤の色紙を徹底的に集めて、それを麻袋の中に色分けして入れていく夢。「使えるのいっぱいあるじゃん……」とにやりと笑顔を浮かべながら。


「そんなゴミ漁りして、何を笑っているんだ」

「ゴミじゃないですよ。これが遊びになるんです」


 子どものようにはしゃぐ夢。呆気に取られたローブは、「……よく分からんが、変なことするんじゃないぞ?」としか言えなかった。


「あと、この羊皮紙も下さい。一枚でいいので」

「好きにしろ。全く……」


 未だに分からない目的に、ゴミ箱を漁る夢。煙に巻かれた気分になったローブがため息を吐く。すると、コマがそっと顔を出す。


「あの……、そろそろ始めますので、集合してください」

「はい。分かりました」


 夢は麻袋と羊皮紙を置いて、ローブと共に出ていく。コマに付いて行くと、そこには五人の児童が座っていた。


「ここは低年齢クラスです。一番やんちゃなので、気を付けて下さいね……?」


 目線を顔に向けられないコマだったが、先ほどよりも声に張りが出ている。夢が「はい」という間もなく、彼女は大きく手を叩き、児童の関心を集めた。


「皆さーん! おはようございまーす!」

「おはようございまーす!」

「今日は、先生の『お友達』も一緒に、皆と遊んでくれますよー!」

「と、友達……? あ、皆、おはようございます! 私はユメって言います。短い間だけど、よろしくお願いします!」

「よろしくお願いしまーす!」


 児童は無邪気だった。黒髪が転移者であるという証であることも、転移者という存在も、何も知らなかった。早速夢は、児童の名前と顔を把握すべく、聞いて回ろうとする。


「ねえ、先生に、皆のお名前教えて?」

「はいみんなー、ユメ先生にお名前を教えてあげてねー?」


 コマは夢と目線を合わせず、児童を誘導する。三歳のヴァル、五歳のハリアーとビージーが男の子、三歳のアリス、四歳のベルタが女の子だと覚えた夢は、走り回る児童の相手を始めた。


 アリスとのおままごとに付き合っていると、背中に衝撃が走る。ハリアーが背中に飛びついてきたのだ。


「こら、ハリアーくん! そんなにお姉さんのことが好きなのー?」


 ハリアーを軽く窘めながらも、アリスの所作を観察する。彼女が「はい、どーぞ!」と、料理に見立てた積み木を丁寧に並べている。その所作を、余すことなく観察した。


 皆で絵を描く時間では、ヴァルに色鉛筆の使い方を教えた。お手本を示し、実際に使わせると、腕をいっぱい使って青空を描いて見せた。これでいける、と確認した夢は、明日のプランを脳内で組み立てながら、観察を続けた。


 三歳児の食事は、まさに修羅場だった。食べこぼしや喉詰まりを気にかけながら、児童のレベルを見極めなければならない。寸分たりとも目が離せなかった。


「アリスちゃん、零れそうになってるよー」

「ヴァルくん、食べてる途中にちょっかいかけちゃダメでしょ」


 筋肉痛と疲労で笑顔を作るのも難儀な夢。それでも児童たちへのコミュニケーションを忘れることはなかった。明日のプログラムの為でもあったが、何よりコマを心から笑顔にしたかった。五歳児の食事を見ていたコマだったが、いつしか大声で児童と交流する夢のことを、横目で見るようになっていた。


「ユメさん……」


 思わず呟くコマ。しかし、目線が合いそうになると、慌てて視線を児童に戻す。嵐のような食事から一転し、お昼寝の時間になった。夢は昨日の光景を思い出す。泣き喚く子どもが出てくると不安になったが、この日はアリスがぐずっただけで、直ぐに静寂が訪れた。


 全員が眠ったことを確認した夢は、重い身体を起こし、羊皮紙と炭筆を取りに物品庫へ急ぐ。その後ろを油断も隙も無いとばかりに、ローブが後を追う。


「何をするつもりだ」

「明日の準備です。その為に、コマさんを描きたいんです」

「お嬢様を……? 何の為に」

「今から説明するので、お付きの人を呼んできます」

 

 二人を物品庫に招き入れると、意を決して話し始めた。


「明日、子供たちと一緒に工作をします。それにはコマさんの顔が必要なんです」

「……どういうことだ」


 すると夢は、困惑しきりな部下の耳元で意図を説明し始めた。それを聞いた二人が息を呑む。


「私は他の転移者と違って一切魔法が使えません。だからこそ、皆の力を借りて、コマさんの笑顔を引き出したいんです」

「皆の力、ねえ……。正直まだ信じられんが、ヴァーソ様に明日の遊び内容を考えろと命令されたのだろう? お前の言う通り、魔法を一切使わないなら、今回は了承してやる」

「おい良いのか? 転移者を信じても……」

「二日間見ただろう? 私は魔法を扱えるし、魔力も感じ取れる。だけどあいつにはそれが一切感じ取れなかったんだよ」

「……ちぃ、仕方ねえ。そこまで言われたら」

「ありがとうございます!」

「で、俺達は何をすれば良い」

「明日の内容を、コマさんに伝えないで下さい。それだけで大丈夫です」


 コマの元へ引き返す。画用紙ほどの大きさの羊皮紙と、使い古されて短くなった炭筆を持って、うたた寝をしているコマの正面に立った。


「起きないでよ……?」


 祈るように呟く。髪の質感、表情の柔らかさ、そして肌つや。目を凝らして、画用紙いっぱいにバストアップを下書きしていく。部下たちも固唾を飲んで見つめる中、四十分ほど経つと、凡その全体像が完成した。


「おお……」


 部下たちは思わず声をあげる。額の汗を拭うと、直後にコマの瞼が開き始めた。「ん……」とか細い声がすると、夢の背筋が凍った。


「やっべ……!」


 下書きを見られまいと物品庫に駆け込むと、コマが小さく欠伸をして無防備に目を擦る。彼女が目を開けた頃には、何事もなかったかのようにすまし顔で、部下の隣で立っていた。



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