奉仕(2)
靴の重みと温かさを感じながら、馬車へと戻る夢。通行人から逃げるように、肩をすくめながら歩くと、ヴィクトリス商会の直ぐ近く、見慣れた馬車が見えた。腰の痛みを堪えて、中に入る。シュパーブの言った通り、スラヴィアは荷台で暇そうにしていた。
「てんいしゃ!」
不意に入ってきたことに驚いたのか、彼女は荷台からひっくり返りそうになる。
「……」
「てんい、しゃ?」
スラヴィアは疲れ果てた夢を怪訝に思っていた。朝早くから仕事をして、監視から怒られ、帰ってきても一人だった。夢は応える気力もなく、スラヴィアの隣で横になる。仰向けになって大きく溜め息を吐くと、スラヴィアの顔が映り込んだ。
「お前も、スーと同じか?」
「え……?」
「まりょく、使って、眠たいんだろ?」
「魔力は使っていないし、そもそも使えないけど、眠たい、かな……」
「使えないの? てんいしゃなのに?」
「うん。使えないの」
ふーん、とでも言いたげに夢を見下ろすスラヴィア。今は彼女の冷気が、少しだけ心地良かった。瞼が閉じかけるが、静寂は直ぐに打ち砕かれた。シュパーブ達が、嬉々とした声をあげて戻ってきたのだ。
「お、お疲れ様です!」
弾かれるように飛び起きる夢。数秒前まであった眠気を奥底に押し込み、シュパーブと相対する。
「ユメ、戻っていたのか。飯にするぞ……、その靴は?」
「監視の人が、くれました。コマさんのお古みたいです」
その言葉が、カミックの興味を引いた。靴を羨ましそうに見つめている。
「へぇー。やっぱコマさんは優しいな。転移者にも施しをするなんて。でも、俺も古着を譲り受けたことあるぜ。『もう着られなくなったから、売るなり雑巾にするなり好きに使って下さい』って」
「兄貴、これ大事そうに持ってたよな。結局、洗濯して孤児院に売ったんだっけ。転移者、一日生き残れて良かったな。俺達が牢屋にぶち込まれないように頑張れよ」
双子は夢に冷たい視線を向けながらも、無事に帰還したことに安堵していた。夢は思わぬ一言に言葉を失ったが、少しして、「はい」と言葉を絞り出した。彼女の言葉を待たずして、話題は今日の勝利に移っていた。
「それにしても、今日は大成功でしたね!」
「何か、あったんですか?」
「お前が泥まみれで掃除している間に、俺達はでかい商談をまとめたんだよ。ですよね? 姐さん」
「ああ。この馬車いっぱいの野菜を格安で仕入れる契約を取り付けた。次に行く王都で売る」
「王都……。ビュート、でしたっけ」
「記憶力は良いな、ユメ。ああそうだ。あそこは時代遅れの貴族がいる地域だ。金払いが良いから、少しでも新鮮な野菜や肉があれば、言い値であっという間に売れる」
いつになく上機嫌なシュパーブたち。夢は口元だけで笑っていたが、胸の奥に溜まった惨めな気持ちは変わらなかった。日本でも失敗ばかりだった彼女は、失敗の上塗りで心が削られていた。
と、馬車の幌が開く。そこにはバイパーが立っていた。水を差されたシュパーブだったが、何事もなかったかのように対応する。
「どうした」
「明日の予定を伝えるのを忘れたのでな。転移者、来い」
シュパーブと一緒に馬車を降りる夢。「ついてこい」と案内された先は、ヴィクトリス商会の屋号がついた小さい建物だった。
「ここは……?」
「ヴィクトリス商会が運営している孤児院だ。2日間、ここで子守りをしてもらう。最終日は、お前が子どもたちに遊びを提供するんだ、と、旦那様からの言伝だ」
私が、プログラムを? 無理難題を吹っ掛けられ、眩暈がしそうになる。それでも物怖じせずに、解決策を手繰り寄せようとした。
「あの、どういう遊びを提供できるのか、どういう遊び道具があるのか、一度一緒に見て頂いてもよろしいでしょうか」
「……子どもが寝ている時間だけだぞ」
今は子どもを寝かしつけた直後らしく、渋々許可をした。「失礼します」と物品庫へ足を踏み入れると、夢の表情が曇った。
そこは倉庫というよりゴミ箱だった。中途半端に残った色紙や、短くなって捨てられた鉛筆のようなものが目に入る。おもちゃらしいおもちゃは、使い古されて綿が出たパペットしかなく、夢は言葉が出なかった。
「もうそろそろ子どもが起きる。出るぞ」
「……分かりました。ありがとうございました」
深々と頭を下げ、夢が孤児院から出ると、寝起きの児童の泣き声が漏れてきた。窓を覗くと、ローブが必死にあやしている。明日の自分はここまでできるだろうか。絶望と不安が、彼女の心中を支配していた。




