第五話 苦悩
「ところで、今まで戦闘を前提に話をしていましたが、実際我々はトリガーを引けるのですか?敵を殺すことになってもいいのですか?」
陸防の松野が聞いてきた。最前線に行くだろう陸防としては当然の質問である。
「現時点では我々から先に攻撃はできない。」
「では、どこでその判断はされますか?」
「敵に交戦の意思が確認され、総合作戦本部が判断し、総理大臣の命令があってからになる。」
「それでは今までと何も変わりません。その間にあっという間に日入島は占拠されますよ。」
「そんなことは分かっている。しかし法というものがある。」
「警察官だって現場の判断で発砲しているではないですか。」
「警察とは違う。偶発的な発砲と挑発的な発砲の区別なんか誰にもできやしない。現場の判断で全面戦争に入ってしまったら元も子もない。それが日本国国防軍のジレンマだ。」
「いいか、相手は我々が先にトリガーを引くことを期待している。そうすれば国際世論を味方にできるからな。国家間の駆け引きなんてそんな見苦しいものだ。」
中里は自分に言い聞かせるように吐き捨てた。
霧島が話をつづけた。
「その代わりというわけでもないんだが、LSCがある。
未だ試作段階だが、重傷を負っても生命を維持しつつ後方支援につなげることができるようにするものだ。これで万全とはいかないだろうが、一人でも死なせるわけにはいかない。
少なくとも私はそう考えている。」
「どのようなものですか?」
「カプセル内の細胞培養液と人工心肺で脳を維持しつつ細胞の劣化を防止するため低温で保存するものです。現時点では3時間程度が限界なんだが・・・」
「それでは、今日の合同会議を終了します。各自の持ち分に関しては次回までに詳細仕様案を検討願います。ご苦労様でした。」
会議は散会した。部屋には中里と霧島が残った。
「中里さん、私は敵も殺したくはないんだ。今日の話題に出たレーザー砲はいいと思う。精密に射撃できるから、航空機なら尾翼、戦車なら腹帯を撃てる。相手に脱出したり逃げるたりするゆとりが与えられる。」
「霧島君、君は軍人として優しすぎるな。嘘がつけないから国会提出資料もはかどらないんだろう。」
「いや、それは私の能力不足なだけで、書類作成が遅れて申し訳ないです。」
「無理難題を押し付けているのはこっちだからね。ずっと休暇も取ってないだろう。土日も仕事をしてそうだし。」
「いや、仕事を片付けないと前に進めないし、休んでなんかいられないですよ。」
「年休取得も仕事のうちだ。法定義務もまだ消化してないだろう。上司命令だ、休暇をとれ。葵ちゃんに甘えてこい。」
霧島はしぶしぶタブレットに休暇届を入力した。
「頭をリフレッシュしないと仕事もはかどらないよ。」
中里は承認しながら言った。
「自分だって休暇を取ってないのに・・・」
「なんか言ったか?」
「いえ、何も。」
「明日は金曜日か、今から急に言っても葵も休みは取れないだろうから、明後日誘おうかな。」
霧島はそう言いながら葵にメッセージを送った。




