Cr3-9
「······返して。お願い。」
「普通に、懇願か。」
つまらん、と。トウマは鼻で笑った。
「それなら、観念しろ。」
普段の彼とは思えない、悪戯な仕打ち。
ここで、普通に腹を立てても。
読まれてしまうという末路を、
辿るしかない。
平常心。そうね。
それを鍛える為には。
少し、考え方を変えなければ。
目閉じて、息を整える。
どくん、どくん、と。
騒ぎそうになる心臓を抑え込んで。
彼女は、すっと瞼を上げた。
見上げる視線と、面持ち。
明らかに、さっきまでの動揺が
消え去っている。
何を、企んでいるのか。
浮かぶ意図が、何なのか。
彼は探ろうと視線を合わせるが。
理解し難い。
一歩、彼女は近づく。
その先は、彼の懐だと解釈できる場所だ。
謎の進行に、トウマは後ずさる。
「どうした、一体。」
問い掛けても、彼女は何も応えない。
また一歩、ゆっくり歩み寄る。
後ずさる彼の背中に、壁が当たった。
狭い船室だ。逃げ場は少ない。
「シェライア。」
なぜ、懐に入ろうとする?
名を呼ぶ中に、そんな疑問と
戸惑いが窺える気がした。
彼女は、笑みを浮かべる。
「縋り付いて、お願いするのよ。
返してくださいって。」
縋り付く。その意味は。
彼の懐へ目掛けて、抱きつくことだ。
彼女の細い両腕が、
鍛えられた彼の胴周りに貼り付いた。
回りきれないわ。
それに。引き締まっていて、無駄がない。
そう、分析するように考えていると。
バサッと、音がした。
手記が、床に落ちたようだ。
頼りない抱擁でも。
効果は、あったらしい。
こうも上手くいくとは、思わなかった。
色仕掛け、とまでは到底言えないが。
これは今後も、使える手かもしれない。
彼女は、勝ち誇った笑みを浮かべる。
目的を果たしたので、離れようとした。
だが。
「······っ?」
彼の両腕に、阻まれる。
「······」
放して。
なぜか、その言葉が紡げない。
いや。抑え込んでいた動悸が。
邪魔をする。
「······何の、つもりだ。」
彼の、低い声。
耳に触れるくらいに、近く。
ともに、胸板に触れた頬から
彼の鼓動が伝わる。
自らと同じく、強く。速い。
釣られるように心臓が、
胸を突き破りそうになる。
温かい、を通り越して、熱い。
力強い、でも、優しい。
目眩が生じる。
それは、同時だった。
ガクンと、大きく船体が傾く。
彼が壁に背を預けていた方だった為、
かろうじて倒れずに済んだが。
この衝撃は、只事ではない。
現実に戻された二人は、抱擁を解いて
顔を見合わせる。
「······何か、あったのかしら。」
「外に、出るぞ。」
どくんどくん、と。鼓動が鳴り止まない。
抱擁された動揺なのか、
非常事態が発生した緊張なのか。
混ざり合って、よく分からない。
とにかく。
今は、外に出よう。
何が起こったのか、確かめなくては。




