Cr3-5
夜の海は暗く。
肉眼では、闇のうねりにしか見えない。
それは部屋から眺めていた時と、変わらない。
ただ、間近で見つめていると。
吸い込まれそうになる。
藻屑となって消えるのも、悪くない。
そんな事を口走ったら、きっとトウマは
怪訝な顔をするだろう。
彼だけじゃない。一族以外は、皆。
どんな生き物も、いずれ。
自然の一部として溶けていく。
それは幸せなことだ、と。
私たちは教えられている。
自然の摂理に抗うことは、害であると。
······
大陸には、歪んだ術式により
摂理に反した存在が生じている。
悲しくも、人の業に繫がるものだ。
それと、遭遇した時。
一体、何を思うのか。
怖さが大半だが。
避けては通れない。
しっかり、焼き付けたい。
じっと、うねりに目を凝らしていると。
じわじわと、
虹色に輝く粒子が浮かんだ。
生き物?
いや、この感覚は。
虹色の粒子は、どんどん広がっていく。
船と同じ大きさ程までに到達すると、
それは姿を成した。
我々の認識で捉えるならば。
鯨である。
現れた姿に、彼女は高揚する。
ここまで大きな精霊に出会うのは勿論、
目に捉えるのは初めてだった。
『······海を渡るとは、奇怪な······』
ぷしゅう、と。潮吹く音が届く。
『······会うのは、何時ぶりだろうか。』
口ぶりから考えると。
自分という特定を指すのではなく、
一族の事を言っているのか。
「あなたは、私たちを知っているのね。」
『お前たちはもう、二度と
ここを渡らないと決意していた。
······時の流れは、恐ろしい。』
大陸へ渡ることを、
懸念しているのだろうか。
「······この目で、見てみたいの。大陸を。」
『あの時よりも、濁っているというのに。』
「······濁っている中で、
出来ることを探すのは······可笑しいかしら。」
ぷしゅっ、と。
大きめに潮が吹き上がる。
人間で例えるならば。
可笑しさのあまり、噴き出したように。
『奇怪な。』
「そう、よね。」
理解してもらえない寂しさは、あるけれど。
理解してくれという、押し付けはない。
『奇怪なお前に、教えてやろう。
数ヶ月前、我の同胞を縛り
歪んだ者が、ここを行き来していた。』
同胞。
縛り。
歪んだ者。
放たれた言葉の羅列に、彼女は
目を見開いた。
同時に、問わずにはいられない
衝動が起こる。
「同胞って······白馬だった?」
『島へ渡った時は、鳥であった。
大陸へ戻った時は、馬だった。
だが、白ではない。
今時分の海のように、黒であった。』
束縛された精霊は、彩りを変え
意思を支配されてしまう。
そう、書籍で知識を得ていた。
恐らく。間違いない。
白馬の精霊の自由を奪った、歪んだ者とは。
『それは、錆びたような髪色に
細い鎖を4本付けていた。
そこから、同胞に繋がっていた。
何とも、奇怪な術式だった。』




