Cr3-3
「ねぇ、見て!あれ、イルカだわっ!
可愛いっ!」
そんな彼とは対照的に、彼女は
楽しそうに笑っている。
イルカの群れが、水飛沫を上げて
船と並走していた。
彼女同様に景色を眺めていた
乗客たちも、歓喜の声を上げている。
感動が、ないわけではない。
ただ、平静でいなければ
救えないものがある、と。
植え付けられているせいか、
抑制してしまう。
「本物を見られるなんて、素敵!」
彼女が、屈託のない笑顔を浮かべたら。
それでいいという、領域にまで達している。
「ねぇ、もっと肩の力抜いたら?
羽根が伸ばせるのは、今しかないのよ?」
知ってか知らずか。
探るような眼差しが向けられる。
もっと、楽しみなさいよ。と。
考えていたことを、解すように。
「······十分、楽しんでいる。」
「嘘。ぎらつかせていたくせに。」
もっと、柔軟になりなさい。と。
青緑の双眸が、諭す。
海の色と同じだな、と。
彼は、頬を緩ませた。
「従者が、そんなに
はしゃいでいいのか。」
「主さまの心を解すのも、
従者の務めでございますよ。」
「主よりも楽しむ従者は、
どうかと思うが。」
ふふっ、と彼女は微笑む。
その綻びが、眩しい。
役目とか身の上とか。
全て、投げ出してみたいものだな。
「御二方は、旅行ですかな?」
突如、しわがれた声が響く。
二人の目線は下がり、発した者を捉えた。
奇抜な刺繍が施された、
濃い紫色の布を頭から纏っている。
そこから覗く髪の色は、真っ白だった。
深い年輪が刻まれているに違いないが、
そこに浮かぶ茶褐色の双眸は。
宝玉のように、煌めいている。
潮風に乗って、甘い香りが届く。
香水、だろうか。
嫌な匂いではなかった。
「······はい。」
彼が用心深く応えると、女性は
くしゃっと笑う。
「良い表情をなされておったから、
つい声を掛けてしまった。ほほっ。
邪魔をしてすまないねぇ。」
その愛嬌に釣られて、シェライアも微笑んだ。
「御婦人さまも、旅行ですか?」
「私は大陸出身だよ。帰るところさ。
『エル・ラド』には、出張していたんだ。
先導を生業としている。」
先導。聞いたことがある。
先を見据える事に卓越した者がいて。
より良い道へ導き、助言する者。
「すごいわ。」
素直に感嘆する彼女に対し、トウマは
訝しげな表情を浮かべている。
「是非、その素晴らしい先導の力で
見てもらえないかしら。」
「あぁ、申し訳ないが
船上では休業しておる。」
「そう······残念だわ。」
「何者であるか、そんな事は
海の前では無力だからねぇ。」
女性が発した言葉に。
彼は、警戒を纏う。
「委ねることだ。全ては、
赴くままに進んでいく。······
今告げられるのは、このくらいだね。」
「······」
彼女は、首を傾げながら聞き入れている。
「御婦人。」
低く冷静な声と、
見極めようとする眼差しに。
女性は、物怖じせず穏やかに微笑んだ。
「マルライーナ。」
名を尋ねようとした事。
その前に紡がれ、彼は目を見開いた。
「名なんぞ、いくらでも教えよう。」
「あの、もし宜しければ······」
「タランの町外れに我が家がある。
気ままに、遊びにでも他愛ない話でも
しにおいでなさい。」
朗らかに言い残して、離れていく姿を。
二人は、呆然と見送る。




