Cr3-1
ゼスタの町並みは、城下町に比べると
質素で乱雑であるが。
明けたばかりだというのに、
市場は開けられ人が行き交い
活気に溢れていた。
そして、この町に住む者たちは
二人が何者であるか。
気づく者は、いない。
というよりも。旅立ったという情報が、
届くわけでもなく。
まさか、ダナント卿の子息と
従者に扮した『エ・ルミィス』が。
ここを歩いているとは思わない。
特に、何事もなく。
平和に、通り抜けることができたのだ。
ただ。
騎士たちの野営から出発して、
ここに辿り着くまで。
彼は、気ままにさせてくれなかった。
言い分は、分かるけれども。
もう少し、満喫してもいいのでは。
モヤモヤする気持ちを抑えながら、彼女は
渋々彼の後に続く。
船乗り場には、既に
乗船を待つ者の行列が出来ていた。
トウマは、その最後尾に付く。
きちんと並ぶ彼の姿は、新鮮だ。
城下町だと、前に行かせようと
列が割れるだろう。
一つに緩く束ねられている
見慣れた長い黒髪を、シェライアは
嬉々として眺める。
何もかもが、初めてで。
誰も、何も制することはなくて。
皆と同じ目線でいられる。
「······嬉しさのあまり、引っ張るなよ。」
前を向いたままで、声が投げられる。
目で確認せずとも分かる、という風に。
「そんな事、しないわよ。」
触りたいなと、少し思っただけで。
「本当に、長くなったわよね。
切らないの?」
「首を護る為だ。」
「······」
今まで、気にも留めていなかったが。
伸ばしている理由が、
そうだとは思わなかった。
艷やかで、絹の糸のように滑らか。
彼の麗しく長い黒髪は、
マグリヤの民たちの間で
持て囃されていた。
手入れは恐らく、メイドたちが進んで
行っていたに違いないが。
羨む程に、綺麗だ。
「旅の間、手入れしてあげる。」
「······いい。」
「きちんと櫛で梳いた?
何もしなければ、傷むわよ。」
「いらん世話だ。」
野営の寝床は無事に離されて、
互いに別のテントで就寝した。
彼の方が気を遣って、出ていく形になったが。
ミストラン将軍は、なぜ離すのかと
子どものように首を傾げていた。
普段、寝床を共にしているとでも
思っていたのだろうか。
護衛の為だとか。
幾ら何でも、それはないだろうに。
彼女は、考えれば考える程
意図が読めなかった。
帰ってきた時、この見事な黒髪が
獅子みたいになっていたら。
皆、心の底から嘆くはずだ。
この麗しい状態を、私が責任を持って
保たなければ。
「従者として、お願いいたします。
トウマさま。」
恭しく投げられた言葉で、彼は
ようやく彼女の方へ振り向く。
その表情は、訝しげだ。
「······どうした。急に。」
「従者として、お願いしたまでです。」
そう。私は、彼の従者。
身の回りのお世話も、しなければ。
「······
従者ならば、黙っていろ。」
一言告げて。
くるっと、彼は前へ向き直る。
その拍子に、黒髪が靡いて揺れた。
本当に、引っ張ってやろうかしら。
彼女は、頬を膨らませる。




