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先生も地獄から見守ってくださっていると思います  作者: 猫爪とぎ


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第二話

 取材開始からちょうど一時間が経っていた。クーラーの温度設定を上げたせいで、今度は背中にほんのりと汗をかき始めた。緊張しているからか、暑いからか、わからなくなった。


 高校生相手に緊張? 自分は曲がりなりにも新聞記者だ、ローカルでも、朝刊のみ発行でも、タブロイド判の8ページ立てでも、新聞は新聞だ。印刷コストの高騰により、去年からはWEBサイトに有料会員向けの記事を公開している。地元のニュースに特化していることもあり、意外にも初年度から黒字らしい。この記事も新聞に掲載されるのか、WEBなのかデスクからは聞かされていない。夕方四時なのだから、もう明日の朝刊には間に合わない。大手新聞社とは違って、入稿時間はシビアだ。空いてるオフセット輪転機に二万部ほどをねじ込んでもらっているのだから。


「ねぇ、サナサナ。吉積先生の裏の顔、知りたいんでしょ?」

 油断していたのだ。私は、私の予想通りの展開に満足してしまい、相槌が遅れた。


「あ、ええ」

 と気のない私を見越してか、

「ねぇ、加奈子、それは言わないって約束じゃない」楓ちゃんが加奈子ちゃんに睨みを効かして諫める。

「俺、そろそろ塾に行きたいんだけど、もういいかな」

 俊也くんが強い口調で、二人の女子の会話を遮る。既に右肩に大ぶりのリュックを背負っている。

 もう出たいという意思表示だ。


 裏の顔、高校生が知り理解できる範囲だとして、「盗撮?」「横領?」「セクハラ?」「教員同士の不適切な関係?」私みたいな火事の対岸でバーベキューしている平和ボケ人間には、無縁の話でリアリティがない。

 

 父が刑事ではあるものの、仕事の話は家には持ち込まないし、むしろ犯罪めいたものから隔離されて生きてきた気がする。


――知らない誰かが、知らない誰かに殺された。


 そんなニュースに価値なんてない、というのが父の口癖だった。だから家ではこうした事件モノのニュースが流れると、母が率先してチャンネルを変えた。子殺し・親殺しの事件、不倫相手の殺害事件、イジメによる殺人事件、路上での通り魔事件、ありとあらゆる殺人事件ニュースは私の目と耳には入らないように取り除かれてきた。骨なし鮭のごとく、子離れできない親の典型だと気づいたのは、この子たちと同じ高校生三年生の頃だ。


 その反動で新聞記者を志したわけだが、「世の中」を知らなさ過ぎた。もしかしたらというより、隔日にこの子たちよりも、世の中を知なさ過ぎた。そのせいか就活は散々だった。大手新聞社は軒並み一次面接止まりだった。書類だけでも通ったのは、国立大学のブランドバリューだと自分に言い聞かせた。


 マスコミ志望というよりも、新聞社という超限定的な志望動機は就活では明らかに災いしていた。滑り止めも、他の候補もない、という壊滅的状況だった。それが、四回生の六月のことだった。


 見かねた父が、ローカル新聞社の元同僚に頼み込んだ。やめてよ、と父に表向きは反抗的な態度を取ったものの、内心ホッとしていた。コネでもなんでもいいから、この就職活動を終わらせて、フル単取った大学生活ロスタイムを満喫したかったのだ。


  地元のローカル新聞社「京西タイムズ」・社員は五十名程度の小規模新聞社。この五十人には経理や法務も含まれる。面接は一回のみだった。最初にして最終面接。コネの力なのか、そもそも面接は一回こっきりなのか。最近になってわかったが、今年入社してきた後輩は二回面接、ひとつ上の先輩は三回面接だったという。にかく、大手新聞社どころか他の一般企業よりも面接回数が少なく驚いた。やはり、コネの力は大きい。


 筆記試験はあったが、ほぼ小論文のようなものだった。


「メディアには、読者が関心を持つ『期待通りの物語ストーリー』を提供する側面と、客観的な『事実』を淡々と伝える側面があります。この2つが衝突した時、地方ローカル誌の記者としてどのような姿勢で臨むべきか論じなさい。」


 書くことは苦手ではなかった、むしろ得意だったから苦にはならなかった。どう書いたかいまでもぼんやりとだが覚えている。二年も前のことなのに。


――読者の期待する物語は捏造の危険をはらむ。メディア(新聞社)とはいえ、営利活動ではあるが、社会的道義を損なっては報道に対する信頼、記事一つ一つの信頼を損なう。ゆえに、こうした二つの側面が衝突したときには、客観的事実を積み上げていく必要がある。そのためにも、世間の声に流されずに、現場にいる当事者やその周辺の人たちへの取材を怠ってはいけない。


 面接から一週間後、晴れて内定が出た。脱力したのを今でも覚えている。身体の気がすべて抜け落ちるような感覚だった。


 私の新聞記者の道を開いてくれた父の元同僚というのが、私が所属する編集局のデスクである。デスクと皆が呼ぶので、父が「桂木さんに礼を言っておけよ」と言われても、誰かわからなかった。私は本当にボンクラだ。デスクの名前が桂木功(かつらぎいさお)だと知ったのは、入社一ヵ月も経ってからだ。父の後輩にあたるらしい。


 デスクから着信があった。原稿裏取りの督促だろう。留守電はない、急用でもないのだろう。

「帰りますよ」俊也くんが念押ししてきた。気が付いたら廊下の窓越しから、大き目の声で私に向かって叫んでいた。俊也くんの言うように、今日の取材は終わりだと、三人に伝えた。


 加奈子ちゃんは話したげだった。身近な大人に聴いて欲しいのだろうか。楓ちゃんに遠慮がちにしつつ、私には視線を合わせようとはしなかった。「言うべきじゃなかった」という後悔が漏れ出ているのか、よく見ると楓ちゃんが肘で加奈子ちゃんをツンツンとつついていた。「なんで、言うんだよ」と無言でもわかるプレッシャーのかけ方だった。


 楓ちゃんの方がパワーバランス的に上なのかもしれない。俊也くんは、「あざしたー」とだいぶと砕けた口調で、廊下から声をかけてきた。なにかと律儀な子なのだと思う。


 楓ちゃんは、これから部活に顔出すんでと言い、教室を出ようとした。加奈子ちゃんがまだ座ったままなのが不満のようで、「ほら、行くよ」と声を出して、加奈子ちゃんを誘った。


「ねぇ、楓ちゃん、加奈子ちゃん、吉積先生の裏の顔って、教えてくれないかな」

 取材対象に単刀直入は基本だとは言われたが、あくまでも大人の場合だ。大人よりの子どもである高校生にはどう接するのが正しいのか。デスクは教えてはくれていない。


 楓ちゃんが、教室から半分出た身体をぐいっと振り戻し、私のところまで戻って来た。


「それって、なにか見返りってあるんですか?」

 むしろ高校生の方が単刀直入だ。金銭の要求、わかりやすい。そもそも、取材費なら幾分かは出る。それを高校生に出していいのかはデスクに確認をとらなければならない。とはいえ、タイミングだ。この機会を逸しては、もう彼女たちに取材することはできない。今日の記事は適当に、“生徒想いのいい先生でした”という程度で十分だ。生徒たちが録音を嫌がったので音源はない、とデスクに伝える腹積もりだった。それゆえ、彼女たちに取材費を捻出するだけの必然性がないのだ。


――金を払ってまで、何を聴くというのだ?


 とデスクに窘められるのは間違いない。ポケットマネーでいいじゃないか。と心の声が聞こえる。


「少しなら出ますよ。楓ちゃんと加奈子ちゃん、あと俊也くんの三人からそれぞれ聴かせてくれるなら。吉積先生のお話」

 会社にバレたら、クビかもしれない。うちは週刊誌じゃない。ゴシップは必要ないし、スクープだって求められていない。タウン誌の延長にある、地元のニュース。主にホッコリ系が中心だからだ。

「五千円ぐらい?」

 加奈子ちゃんが口を挟んできた。楓ちゃんは腕を組み渋そうな顔をしている。海外の屋台で価格交渉の際に、よく遭遇する光景だ。ここで値下げ交渉に入ると拗れる。交渉は相手の上を行け、が父からもデスクからも教わったことだ。二人とも同じ釜の飯を食ったせいなのか、刑事特有のものなのか思想が似ている。


「それぞれ一万円でどう? その代わり、取材場所は私が決めさせてもらうよ。喫茶店みたいなところだから。安心して。それと、制服だと目立つから私服で。俊也くんも取材に参加させること」

「それって、一人ずつ取材ってこと?」

 楓ちゃんが怪訝そうに言う。

「私は三人同時でもいいけど、言いにくいこともあるでしょ。取材って、誰が言ったみたいなことは伏せるものだから、お互いにお互いが言ったことは伝わらないよ」

 とはいえ、メディアに出れば私以外の誰かがこのことを言った、とすぐ相手を特定できるだろう。

「オッケーだよ、サナサナ」

 楓ちゃんがゆっくり瞬きをして、口数少なく合意してくれた。驚きだった、取材費を逆に釣りあげたことが幸いしたのか。


 取材日と時間は追って連絡すると伝えたところ、加奈子ちゃんから

「俊也もオッケーだって」

と上ずった声を教室内に響かせた。流石高校生、黙っていると思ったら、スマホで連絡をしていたのか。

「ありがとう、加奈子ちゃん、楓ちゃん」と礼を伝えると

 楓ちゃんがぶっきらぼうに

「サナサナ、ちゃん付やめてくんない。なんか子どもポイしさぁ。呼び捨てでいいよ。俊也も」

 加奈子は楓に追従するように頷いた。

「じゃぁ、さん付にするよ。楓さん、加奈子さん」

 ちゃん付で呼んでいたのはどこかマウントを取っていたのかもしれない。私が上みたいな。呼び捨てにするのは心の中だけにしておこうと決めた。マウントでもなんでも、取材対象との距離感が必要だ。呼び捨てほどに、この子たちとの距離感は詰めたくない。何かが、妙に引っかかるのだ。背中にはびっしょりと汗をかいていた。



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