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九州の地下に眠る海  作者: めこねこ
第二章 人吉の盆

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6/11

第三部 満ちる/最終文書/編者後記

水ん来るとに、音はなか。


気づいたときにゃ、足首までおる。


――球磨の言い伝え




――――――


――柏木日向子 取材ノートIII(八月末~九月)より



八月二十三日


もう一度、岩戸家の蔵に入った。


先週は水位帳に気を取られて、棚の奥を見ていなかった。奥に、油紙に包まれた一束があった。包みを解くと、大学ノートが数冊。表紙に「覚」とだけある。中身は、岩戸宗市――六年前に失踪したあの祖父の、手記だった。


読める範囲を写した(資料四)。ここには、写しながら私の手が震えた箇所のことだけを書く。


昭和十八年の「不足」の意味が、書かれていた。戦時中、本来返すべき長男が出征していて、家は代わりの者を返した。それが「不足」だった。だから次の返しは、六十年を待たず、二十二年で来た。昭和四十年。あの新聞記事の、二十歳の長男である。


そして令和二年。期限はまだ五年も先だったのに、水が、先に動いた。子石が残らず濡れ、親石が線を越えた。帳面の限りで、前例のない事態。宗市は、決断した。昭和十八年の「不足」の前例から、一人で足りないなら二人なら、と考えた。


最後の頁には、こうあった。


「湊ば連れて、降りる。済まん。湊。済まん、みんな」


以降は、白紙である。


*  *  *


謎は、解けた。


六十年の契約。水位を読む家。返しの儀。戦時の不足と、早まった前回。そして六年前、期限の前倒しに泡を食った老人が、最後の血である孫を連れて、自ら降りた。だが――湊は言った。「俺は、足りんかった」。二人がかりの、契約外の、緊急の返しは、受け取られなかった。祖父は死に、孫は、別のものになって、戻された。契約は更新されないまま、宙に浮き、そして今年、期限が満ちる。


点と点が、すべて、線になった。記者として、これ以上ない取材成果のはずだ。


解けて、何ひとつ、変わらない。


締め切りに間に合った原稿のように、真相は、私の手の中で、もう冷えている。誰に渡せば、何が止まるのか。役所か。警察か。学会か。想像して、すぐにやめた。この帳面と手記を信じる機関は、地上のどこにもない。信じない人間に説明する言葉を、私はまだ持っていない。持っている人間は、たぶん、もう、地上にいない。


ひとつだけ、できることを思いついた。


大きなことではない。世界は救えない。盆地も救えない。だが、ひとりなら。十歳の女の子、ひとりだけなら、この器の外に、出せるのではないか。




【資料四】岩戸宗市「覚」(抄)・柏木注記


〔平成二十九年の頁〕湊に、役目ん話ばした。泣きも、怒りもせんやった。「じいちゃんの決めたことなら、よか」ち言うた。十七の子に言わするる言葉じゃなか。済まん。


〔平成三十年の頁〕阿蘇ん椎葉どんからも、もう何年も、音沙汰のなか。あすこも代の細っとる、ち聞く。五ん家、どこも同じこったい。守る者の、おらんごつなって、戸ばっかり残る。


〔令和元年の頁〕子石ば見て回る。三軒、濡れの早か。親石は、まだ線ん下。ばってん、嫌な濡れ方ばしとる。


〔令和二年六月の頁〕梅雨入り前から、親石ん線の上がる。早か。早すぎる。期限は、まだ五年も先たい。帳面ば繰っても、こぎゃん年は、なか。


〔令和二年七月一日の頁〕村中ん子石の、いっちょん残らず濡れとる。親石は、今朝、線ば越えた。


〔令和二年七月二日の頁〕雨。役場から避難ん話の来た。わしは行かれん。帳面の、ある。


〔令和二年七月三日の頁・最終〕決めた。待っとられん。湊ば連れて、降りる。昭和十八年ん「不足」ば思う。一人で足らんなら、二人なら、足ろうもん。済まん。湊。済まん、みんな。


〔柏木注記一〕「五ん家」の意味は不明。椎葉、という姓と並んでいることから、同様の役目を負う家が、他の土地にもある、と読める。五つ。どこの、何の家なのか。手記には、それ以上の言及がない。


〔柏木注記二〕最終頁の文字は、後半に行くほど墨が滲んでいる。雨の夜に、灯りの下で書かれたのだと思う。「済まん、みんな」の「ん」は、最後まで書かれずに、流れている。




八月二十六日


琴葉の家を、訪ねた。


集落の中ほどの、小さな平屋である。玄関の脇の子石は、見たくなかったが、見た。濡れて、いた。濡れているどころか、石の根本の土が、黒く湿って、小さな輪になっていた。


母親が出てきた。三十代の半ばの、疲れた目の、しかしきれいな人だった。琴葉がよく懐いている記者だと自己紹介すると、ああ、と柔らかく笑った。琴葉から聞いていたらしい。


私は、用意してきた嘘を言った。明日、資料集めで熊本市内まで車で出る。よければ琴葉ちゃんを連れて、科学館にでも。夏休みの終わりだし、二、三日、市内の私の知人の家に泊めて、楽しませてやりたい。――嘘というより、半分は本当だった。市内まで出てしまえば、そのまま、しばらく帰さないつもりだった。その先のことは、考えていなかった。誘拐だと言われれば、誘拐かもしれなかった。


母親は、少しのあいだ、考えるふうだった。それから、ふっと、笑った。


「そんなら、二、三日、お願いしようかしらん」と母親は言った。「ちょうど、家ん片づけの、あるけん」


家の片づけ。その言葉が妙に冷たく胸に残ったが、私は深く考えなかった。考えるべきだった。


*  *  *


翌日――つまり今日の昼前、琴葉を乗せて、淵迫を出た。


琴葉は上機嫌だった。後部座席で、科学館にプラネタリウムはあるか、売店でソフトクリームを買ってよいか、しゃべり続けた。私は、いいよ、いいよ、と答えながら、ハンドルを握る手のひらが、汗で滑るのを感じていた。


まず、九州道を目指した。人吉インターの手前で、電光掲示板が見えた。


「濃霧のため 人吉~八代 通行止」


晴れた日の、昼前である。フロントガラスの向こうの空は、青い。だが掲示は、濃霧、と言っていた。料金所の手前で誘導員に止められ、一般道へ回された。誘導員は若い男で、すみませんねえ、と頭を下げた。その男の作業服の裾が、膝から下、濡れていた。


方針を変えて、南へ向かった。国道を、宮崎側へ抜ける峠道である。盆地の縁を、輪を描いて登っていくループ橋がある。子供の頃、社会科の資料集で見た、あの円い橋だ。盆地という器の縁を、ぐるりと回って乗り越える道。


登りはじめてすぐ、霧が出た。


谷の底から、見る間に、白いものが満ちてきた。私は速度を落とし、フォグランプを点け、ループ橋にかかった。橋は霧の中で大きな弧を描き、私はハンドルを切り続けた。一周。橋を渡り終え、峠のトンネルを抜け、長い下りを降りた。


降りきったところに、案内標識があった。


「人吉市街」


私は、来た道を、戻っていた。


地図を確かめ、もう一度、登った。霧。ループ。トンネル。下り。――人吉市街。三度目は、トンネルの中で距離を測った。トンネルの長さが、行きと帰りで、合わなかった。


四度目を登る勇気は、なかった。


路肩に車を停めて、私は後部座席を振り返った。琴葉は、いつのまにか、眠っていた。口元だけが、笑っていた。むにゃむにゃと、何か寝言を言っている。耳を近づけて、私は、すぐに離れた。


寝言は、言葉ではなかった。ちゃぷ、ちゃぷ、という、浅瀬を歩くような、水の音だった。


*  *  *


夕方、琴葉を家まで送った。


プラネタリウムは、また今度ね、と言うと、琴葉は、うん、べつによか、と笑った。最初から、行けるとは思っていなかったような、軽い笑い方だった。


玄関の戸を、琴葉が開けた。


三和土に、男ものの、濡れたサンダルが、揃えてあった。


廊下の奥の薄暗がりに、背の高い影が、立っていた。顔は、見えなかった。母親が、奥から小走りに出てきた。頬が上気して、目が、潤んで、輝いていた。私がこの集落で見た、いちばん幸福な顔だった。


「柏木さん、ちょうどよかった」と母親は言った。「父ちゃんの、戻ってきなはったとよ」


「父ちゃん!?」


琴葉が、靴を脱ぎ散らかして、駆け込んでいった。廊下の奥の、あの影のほうへ。影は、身じろぎもせず、ただ、両腕を、ゆっくりと、広げた。腕は、長かった。広げた腕の先から、ぽた、ぽた、と、上がり框に、雫の落ちる音がした。


「あの」と私は言った。声が、出ていたかどうか、分からない。「あの、ご主人は、川下に――」


「ええ」と母親は、心の底から幸せそうに、頷いた。「川下から、戻ってきなはったと。盆の長かったおかげですたい」


私は、頭を下げて、琴葉の家を、出た。


逃げた、と書くべきだ。私は、逃げた。十歳の子を、あの玄関の内側に置いて。


車に戻って、エンジンをかけて、それから、ハンドルに突っ伏して、しばらく動けなかった。他にどうすればよかったのか、誰か、教えてほしい。あの母親の、あの幸福な顔の前で、私に何が言えたのか。あなたの夫は死んでいます、と? 戻ってきたそれは、夫ではありません、と? 言って、信じられて、それで、あの家族から、何が残るのか。


願いが、叶っていた。


あの家では、いちばん深い願いが、叶ってしまっていた。


私はこの夏、初めて知った。叶ってしまった願いほど、誰にも、手の出せないものはない。



八月二十九日


東京へ帰るべきだ、と分かっている。


資料は揃った。原稿はもう、書ける。ここから先は、いてもいなくても、同じ――いや、いないほうがいい。湊の言葉も、老婆の警告も、要するにそういう意味だ。


だが、水位帳の数列と、宗市の手記の日付を、私はもう知ってしまっている。期限は、今年。土地の暦で言えば、八朔。旧暦の八月一日。今年は、九月十一日に当たる。


あと、十三日。


記者だから、と書こうとして、手が止まる。違う。記者という言い訳が欲しいだけだ。本当のところは、もっと単純で、もっと悪い。私は、見届けたい。この夏に起きていることの、終わりまで。琴葉に、あの家に、淵迫に、何が起きるのかを。見届けて、書く。それしか、私にできることが、残っていない。


読まれなければ、いなかったことになる。


だから、最後まで、ここにいて、書く。



八月二十九日


〔編者注――原文では、この日付がふたたび現れる。前項と同日なのか、誤記なのか、判断できない。順序は綴じられたままの順に従う〕


宿の女将に、延泊を告げた。女将は、もう、盆の話はしなかった。代わりに、夕食の膳に、見覚えのある小鉢が、ひとつ、増えていた。


黒い殻の、小さな貝の、煮付けだった。殻に、渦巻きの模様。


どこの貝かと聞くと、女将は、にこにこと、言った。


「うちん井戸から、湧いたとですよ。今年は、ようけ湧くけん」


市街の、この宿の、井戸から。


私は、箸を、つけなかった。つけなかった、と、ここに書いておく。書いておかないと、つけたことに、なりそうだから。



九月十一日(旧暦八月一日・八朔)


その夜のことを、覚えているうちに、書けるところまで書く。


日没から、霧が出た。


盆地霧は、秋から冬の、よく晴れた朝のものだ。九月の宵に出るものではない。だが、出た。川のほうから、白いものが、音もなく、市街の通りへ流れ込んできて、一時間ほどで、町は、底まで霧に沈んだ。


私は宿の二階の窓から、それを見ていた。


街灯が、霧の中で、丸い、ぼんやりした光の球になった。その光の球が、上下に、ゆっくりと、揺れていた。街灯が揺れるはずはない。揺れているのは、霧のほうだった。霧の面が、満ちて、引いて、満ちて、引いて――呼吸のように、いや、波のように、うねっていた。


盆地、という言葉の意味を、私はこの夜、正しく知った。


盆は、器だ。器は、満たすために、ある。


霧の中を、人が、歩いていた。


白っぽい着物の、人のかたちをしたものたちが、ひとり、またひとり、通りを、同じ方角へ――川のほうへ、低いほうへ、歩いていく。足音は、しなかった。代わりに、遠浅の波打ち際のような、ちゃぷ、ちゃぷ、という音だけが、町中から、聞こえていた。


そのなかに、小さな影を、見た。


子供の背丈の、影だった。


気がつくと、私は、階段を駆け下りて、霧の中に、出ていた。


*  *  *


霧の中のことは、切れ切れにしか、書けない。


霧は、味がした。口で息をすると、舌の奥に、あの澱の味――井戸の貝と、同じ味がした。


琴葉の名を、呼んだ。何度も呼んだ。声は、二、三歩先で、布に吸われるように、消えた。


知っているはずの通りで、私は、道に迷った。八百屋の角を曲がると、もう一度、同じ八百屋の角に出た。アーケードの柱を数えながら歩いたのに、数が、合わなかった。町ぜんたいが、あのループ橋に、なっていた。


白いものたちと、何度も、すれ違った。誰も、私を見なかった。皆、伏し目がちに、静かに、急がず、川へ向かって歩いていた。すれ違うたび、ちゃぷ、という音と、澱の匂いが、濃くなった。


どれだけ歩いたのか、ふいに、隣に、湊がいた。


「戻んなっせ」と湊は言った。「あんたん宿は、こっちです」


私は、構わず、聞いた。琴葉ちゃんは。琴葉ちゃんの家は。


湊は、少しだけ、黙って歩いた。それから、言った。


「あん子は、父ちゃんに、会えたとですよ」


「そんな答えを聞いてるんじゃない」


「ほかに、答えの、なかとです」と湊は言った。静かな声だった。「柏木さん。六年前、俺が足りんかったとは、俺ん血の薄かったけん、じゃなかです。あんときから、もう、向こうは、一人ずつば、受け取る気の、なかったとです。じいちゃんは、それば知らんで、降りた。知らんでよかった、ち、俺は思うとります」


「だったら……だったら、最初から、何をしても」


「はい」と湊は、頷いた。「最初から、何ばしても、でした」


霧の向こうに、見覚えのある軒灯が、滲んで見えた。宿だった。湊は、私をここまで、導いてきたのだ。私の、たった一度の、向こう見ずな介在さえ、こうして、柔らかく、回収される。


「なぜ、私を、帰すんですか」と私は聞いた。「数に、入れないんですか」


湊は、初めて、すこし困ったように、笑った。


「あんたは、書く人でしょう」と湊は言った。「書いてよかですよ。あんたの書いたもんは、外に、出ます。――水は、字ば、読まんけん」


それから、湊は、霧の中へ、戻っていった。最初の数歩は、人の歩幅だった。それから、間隔が、広くなった。


私は、宿の玄関の前に、立っていた。どうやってそこまで歩いたのか、最後の記憶が、ない。



九月十二日


朝。霧は、晴れていた。


空は高く、町は、何も変わっていなかった。通学の子供たち。開店準備の店。川は、いつもの色で、いつもの方向に、流れていた。昨夜のことが、すべて、私の側の故障だったと言われたら、頷いてしまいそうな朝だった。


淵迫へ、車を走らせた。


集落は、静かだった。盆のあいだ、あれほどいた「帰省客」たちの姿は、ひとりも、なかった。縁側にも、畑にも、誰もいない。子石は――どの家の子石も、乾いていた。ひと夏、ずっと濡れ続けていた石が、今朝は、白っぽく、乾ききっていた。


琴葉の家の前に、車を停めた。


家は、空き家だった。


雨戸が、すべて閉まっていた。庭は、夏草に呑まれていた。その草の丈が、おかしかった。ひと夏で伸びる丈ではなかった。何年も、人の手の入っていない庭の、草の丈だった。玄関の戸には、古い、錆びた、南京錠。三和土にあったはずの、濡れたサンダルは――三和土ごと、埃をかぶっていた。


隣家の老人が、畑にいた。私は、駆け寄って、聞いた。ここの、琴葉ちゃんは。お母さんは。


老人は、不思議そうな顔をした。


「ことは、ちゃん?」


「ここに住んでた、女の子です。十歳の。お母さんと、二人で」


老人は、空き家と私の顔を、ゆっくり、見比べた。それから、気の毒なものを見る目で、言った。


「姉さん。あすこは、ずうっと、空き家ばい。わしの知る限り――もう、ずうっと」


*  *  *


そこからの数時間を、順番に書く。書いておかないと、消えるからだ。


市街のスーパーに行った。琴葉の母親の勤め先である。店長に尋ねた。該当する従業員は、いない。過去の名簿にも、いない。


小学校に行った。取材を装って、児童名簿のことを聞いた。琴葉という名の児童は、在籍していない。過去にも、いない。


宿に戻って、自分のノートを、開いた。


七月十三日の頁。堤防で、琴葉に初めて会った日の頁。


頁が、濡れていた。


ノートはずっと、宿の机の、窓から離れた場所に置いてあった。雨は降っていない。なのに、その頁だけが、湿って、インクが滲み、琴葉、という二文字が、青い、小さな、池のように、潰れていた。


私は、ボールペンを持って、滲んだ文字の横の余白に、力を込めて、書いた。


琴葉。琴葉。琴葉。


読まれなければ、いなかったことになる。


だから、書く。何度でも、書く。あの子は、いた。堤防で、魚を待っていた。プラネタリウムを楽しみにしていた。ソフトクリームを買ってよいかと、聞いた。いた。ここに、いた。私が、覚えている。私のノートが、覚えている。


私が、忘れなければ。


このノートが、誰かに、読まれれば。



九月十三日


ポンプの音が、しない。


淵迫の、あの排水ポンプ。六年間、回りっぱなしだった音が、今日、止まっていた。市役所に電話で確かめた。電話口の職員は、少し調べてから、こともなげに言った。「ああ――観測の必要が、なくなりましたけんですね」。必要が、なくなった。どういう意味かと重ねて聞くと、職員は、こう言った。


「水位の、安定しましたけん」


安定。満ちきった水面ほど、安定したものは、ない。



九月十三日


〔編者注――日付の重複、原文ママ〕


東京の編集部に、原稿の第一便を送る、と書いて、送れなかった。パソコンを開くと、画面の中で、文字が、揺れて見える。水面越しに、川底の石を見ているときのように、文字の輪郭が、ゆらゆらと、揺れる。目の故障だと思う。思いたい。


手書きなら、書ける。だから、これを書いている。


ゆうべから、宿の部屋の天井の染みが、増えた。ひとつだった染みが、いまは、数えると、よっつある。よっつとも、形が、ひとに、にている。おおきいのと、ちいさいのと。


みないことにする。



九月三十二日


〔編者注――原文ママ〕


こんやで、きめた。あしたのあさ、いちばんで、ここをでる。くるまをかえして、ばすで、くまもとへ。げんこうは、とうきょうで、かく。


ノートと、しりょうと、れこーだーは、ふうとうにつめた。じゅうしょは、あのひとの、へんしゅうぶ。じぶんでもっていくより、おくったほうが、たしかだ。なぜ、そうおもうのか、うまく、かけない。ただ、みなとさんのことばが、みみにのこっている。


みずは、じば、よまんけん。


わたしは、よまれる。でも、じは、よまれない。だから、じだけでも、そとへ。




【最終文書】同封されていた手書きメモ(水損・原文のまま)


〔編者注――以下の数葉は、ノートではなく、ばらばらのメモ用紙に書かれていた。水に濡れて乾いた跡が著しく、判読不能の箇所を[ ]で示す。なお、末尾の数葉は、柏木のものではない訛りで書かれている。筆跡は、柏木のものである〕


ゆうびんきょく [ ] だして きた


これで [ ] そとに でた


ばすの じかんまで あと [ ]



きりの でて きた


あさ なのに



ばすていの ひとが みんな [ ] ぬれて



ことはちゃんは、いた。ここに、いた。わたしが [ ]



みずの こえの きこゆる


したから よんでくれらす


こわく [ ] なか


なつかしか



みずは ひくとじゃなか


わたしたちが しずむとたい





編者後記


 文書は、以上である。


 編者として行った事実確認の結果を、記しておく。


 柏木が滞在していたと思われる市内の宿は、実在する。電話で問い合わせたが、本年夏の宿泊者名簿に、柏木日向子の名は、ない。女将と思われる女性は、東京の記者さんなら夏に何人か来なはったですけど、と言葉を濁し、それ以上は、盆の忙しさを理由に、電話を切った。


 柏木が借りたレンタカーは、九月十二日の午後、熊本駅前の営業所に返却されている。記録上、手続きに不審な点はない。ただし、応対した社員は、返却者の顔を、覚えていない。車載カメラの記録は、最後の一週間分だけが、湿気による破損で、再生できないという。


 琴葉という少女について、人吉市内の小学校に、知人の伝手で問い合わせた。該当する児童は、過去にも現在にも、在籍していない。


 淵迫一号観測井の水位データについて、市に資料請求を行った。回答は一行だった。「当該観測井は、令和八年九月をもって観測を終了しました。理由・観測の必要がなくなったため」。


 警察には、相談という形で話を持ち込んだ。捜索願は、柏木の郷里の家族から、すでに出されていた。捜査の経過は、私には知らされない。ただ、担当者が漏らした一言だけを、書き留めておく。「人吉市内に、この方の滞在の記録が、どうにも、見つからんのですよ」。


 記録の上で、柏木日向子は、この夏、人吉に、いなかったことになっている。


 彼女がいたことを示すものは、いま、私の手元にある、この一束だけである。ノートと、資料の写しと、レコーダーと、水に濡れたメモ。それだけが、あの夏の彼女の、全部である。


 読まれなければ、いなかったことになる――彼女は、そう書いた。


 だから私は、これを出す。柏木日向子は、いた。琴葉という少女も、いた。淵迫という集落も、ある。少なくとも、この頁の上には。水は、字を、読まないそうだから。


*  *  *


 最後に、編者自身のことを、すこしだけ。


 この原稿を整理していた、この数箇月のあいだ、私の仕事部屋の壁に、薄い染みが浮かんできた。床から、ある高さのところに、横一直線に。拭いても、乾かしても、数日すると、同じ高さに、戻る。十月の半ばに測ったとき、床から七センチだった。今朝、測り直すと、九センチである。


 もうひとつ。先日、昨年預かった最初の一束――阿蘇の手記を、読み返した。あの手記にも、五つの家、という言葉が出てくる。柏木が写した岩戸宗市の「覚」にも、五ん家、とある。二つの文書は、互いの存在を知らないはずである。知らないはずの二つの文書が、同じ数を、数えている。


 五つ。


 阿蘇。人吉。あと、三つ。


 刊行の期日が、満ちてきている。私は作業を急がなくてはならない。


 次に整理すべき資料は、すでに、届いている。八代の、不知火に関する一束である。差出人の名は、ない。消印は、滲んで、読めない。


 封筒は、なぜか、すこし、湿っている。


                                  編者識

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