第三部 二重の祈り
――深江羽鳥の綴りより
島に戻って、何日目かは、もう、数えていない。
数えるのを、やめたんじゃない。分からなくなった。だから、今日からは、こう数えることにする。
編集者さんが来て、二日目
朝ごはんのあと、編集者さんは、鞄から、三つの束を出した。
古い紙の匂いがした。それと、かすかに、湿った匂い。三つとも、丁寧に紙に包んであって、包み紙のほうが、中身より、くたびれて見えた。何度も、開いて、閉じて、また開いた紙の、くたびれ方だった。
「読み終わるまで、私は、外を歩いています」と編集者さんは言った。「ひとりで、読んだほうが、いい。そういう類いの、ものだと、思うので」
私は、朝から、日暮れまで、読んだ。
最初の束は、阿蘇の山の中の話だった。蓮さん、という男の人の手記。祖父のお葬式で、山の集落に帰った人。読み終わって、私は、しばらく、最後の頁を見ていた。この手記を書いた人は、いま、どこで、これを書いたんだろう。書けた、んだろう。
二つ目の束は、人吉の話だった。柏木さん、という記者の人のノート。琴葉ちゃん、という女の子。読みながら、何度も、手が止まった。「読まれなければ、いなかったことになる」。その一行のところで、私は、自分の、破り取られたノートの頁を、思った。私の頁も、誰かに、読まれるために、破られたんだろうか。いなかったことに、ならないために。
三つ目の束は、八代の、お婆さんの語りだった。数え唄。火数帳。零。そして、最後の頁。
――これを、読みよらす、あんた。
読んでしまった。私は、一ノ火から、九ノ火まで、章を数えながら読んで、それから、十番目を、読んだ。読み終わってから、編集者さんが、なぜ昨日の夜、私の唄を数えて、九つで息を詰めたのか、分かった。
夕方、縁側で、ぼんやり、海を見た。
信じたわけじゃない。今でも、半分は、信じていない。でも――否定する材料を、私は、ひとつも、持っていなかった。ノートは破られて、届いている。ウタは、週ごとに、近づいている。祖母の音の中には、下の海が、眠っていた。そして、この凪。
散歩から戻った編集者さんに、私は、聞いた。
「阿蘇と、人吉と、八代。三つ、あるなら――この島の分の話は、どこにあるんですか」
編集者さんは、答えなかった。答えの代わりに、ちゃぶ台の上の、私の綴りの束を、見た。
ああ、そうか。
私が、書いてるんだ。いま、これを。
四つ目を。
*
――編者の記録より
十二月四日、夜。
日が落ちてから、彼女と、聖画を検分した。
桐箱から出された板絵を、私は、初めて、実物で見た。封筒に入っていた写真と、同じものだった。写真のことを、私は、彼女に、聞きそびれている。あなたはこの絵を撮影しましたか、と聞くのが、こわいのだ。彼女は、撮っていない、と答えるに決まっている。
板絵は、古い。木の板に、直接、顔料で描かれている。子供を抱いた観音像。だが、細部が、仏画の作法から、ことごとく、ずれている。子供の組んだ手の形。母の衣の襞に紛れ込ませた、小さな十字の連なり。そして、背景の岩場と、洞窟。
「観音様の絵に、背景なんて、あっただろうか」と、彼女は綴りに書いていた。ない。少なくとも、こういう形では。仏画の背景は、約束事の霞か、浄土の意匠だ。実在の地形を、写生ふうに描き込むことは、まず、ない。
つまり、この背景は、絵の約束事ではなく――情報だ。
それに気づいたのは、私ではなく、彼女だった。彼女は、ふいに、板絵を持って、縁側に出た。腕を伸ばして、板絵を、夜の岬の稜線に、かざした。
「……重なる」と、彼女は言った。
翌朝、明るいところで、確かめた。重なった。板絵の背景の、岩場の稜線は、この家の縁側から見える、南の岬の稜線と、同じ形をしていた。四百年前の絵師は、この場所から――おそらく、この家の、この縁側から、あの岬を、写していた。
そして、描かれた洞窟の位置。岬の、南側の付け根。潮の満ちているいまは、海面下に口を隠している、あのあたり。
聖画は、信仰の対象であると同時に、地図だった。抱かれた子の、組んだ手の指す先が、洞窟の暗がりに、向いている。
*
板絵を検分するうち、彼女が、裏板の隅の、浮きに気づいた。
経年で、裏打ちの和紙が、剥がれかけていた。その隙間に、畳んだ紙が、差し込まれていた。取り出すと、蟲喰いだらけの、古い書付だった。表題に、こうある。
「深江家由来之覚」
明治の初めの年号と、当主の名。禁教が解かれた直後に、書かれたものだ。二百数十年、口伝でしか伝えられなかったことを、ようやく文字にできるようになった、その最初の世代の手による――遺言のような、覚書。
読める箇所を、書き写す。
一、当家の役は、切支丹の教え渡り来たる、遥か以前に始まる。岬の洞の奥なる戸を、朝夕のふしをもって、鎮め奉ること、これ当家の役なり。
一、教え渡り来たりし時、先祖、これを拒まず。デウスの祈りと、戸鎮めのふしと、二つの祈り、ひとつの息に住めり。ことばは新しく、ふしは古し。いずれも、真なり。
一、四郎さま、幼くして、当家の洞に参られ、ふしを識りたまう。教えて曰く――ことばは天に、ふしは底に、と。
一、原の城の焼けし夜、籠りし人々、皆、唄えりと伝う。ことばは天へ昇り、ふしは底へ届けり。海、その夜より、久しく鎮まれり。
一、火は、祈りを載する器なり。祈りなき火は、ただ焼くのみにて、断つこと能わず。祈りを載せし火は、のろしとなりて、上と底とに、届く。
一、正月、御絵を踏まさるる。足は、踏めども、口中のふしは、絶やさず。踏む足の下にて、なお、唱えたり。デウスは、足の裏よりも、声を、聴きたまわんと信ず。
一、朝夕のふし、絶やすべからず。絶ゆれば、潮、止まる。潮、止まりて後、ウタ、岸に近づかん。近づき果てなば――
以下は、蟲喰いで、読めない。
読み終えて、私たちは、長いこと、黙っていた。
彼女が、先に、口を開いた。
「ことばは、天に。ふしは、底に。……それ、この島の、古い言い伝えです。ばあちゃんも、言ってた。誰の言葉かなんて、考えたこともなかった」
四郎さまの、言葉だった。少なくとも、この覚書は、そう伝えている。
私は、原の城の条を、もう一度、読んだ。読みながら、注意深く、確かめた。この覚書は、あの一揆を、戸のせいにしていない。圧政も、飢えも、弾圧も、書かれてはいないが、それらを別のもので上書きしてもいない。ただ、最後の夜に、人々が唄ったこと。そのことばが天へ、そのふしが底へ、届いたこと。海が、その夜から、長く鎮まったこと。それだけを、記している。
死が、封印の役に立った、とは、どこにも書いていない。
底は、ただ、聴いたのだ。
あの夜、焼け落ちる城で上げられた、数万の祈りを。ことばの層と、ふしの層と、二つながらに。そして、聴いたものは、その後、二百年あまり、静かだった。祈りとは、そういうものなのかもしれなかった。届いた先を、選ばない。天にも、底にも、同じ声で、届いてしまう。
そして、人吉の、あの焼けた寺のことを、私は思った。祈りなき火は、ただ焼くのみにて、断つこと能わず。あの住持の火が断てなかったものを、原の城の火は――祈りを載せて――鎮めたのだ。
彼女に、明日、洞へ行きたい、と告げた。彼女は、少しも、驚かなかった。
「昼の干潮が、十三時すぎです」と、彼女は言った。「調べて、ありました。……たぶん、私も、いつか行くつもりだったんだと、思います」
翌朝、出がけに寄った商店で、ミサヲさんは、何も聞かなかった。ただ、レジ袋を渡しながら、一言だけ、言った。
「昼ん潮の、いちばん引いたときだけばい」
年寄りは、みんな、知っているのだ。
*
――深江羽鳥の綴りより
編集者さんが来て、三日目
岬までの道は、子供のころ、遠足で歩いたきりだった。
冬の光の中を、二人で歩いた。右手はずっと、凪の海。鏡みたいな水面が、岬の付け根まで、続いている。波の音のない海辺を歩くのは、音を消したテレビを見ているみたいで、ずっと、落ち着かなかった。
洞窟の口は、岬の南側の、崖の下にあった。
板絵のとおりの場所に。満潮なら海面下に隠れる高さに、黒い口が、開いていた。いまは、干潮で、口の下半分まで、水が引いている。
入る前に、編集者さんが、鞄から、巻き尺を出した。
岩肌には、潮の痕が、黒い帯になって、はっきり残っている。長年の満ち引きが刻んだ、海の背丈の記録。編集者さんは、その帯のいちばん下の線と、いまの水面とのあいだを、測った。
「七十センチ」と、編集者さんは言った。「……引き潮を、差し引いても、低すぎる」
「どういう、意味ですか」
編集者さんは、すぐには答えなかった。巻き尺を、ゆっくり、巻き取りながら、沖を見た。
「海が――息を……。吸い込んでいる」
*
洞の中は、思ったより、広かった。
懐中電灯の光の輪の中に、濡れた岩肌が、次々に浮かんでは、後ろへ流れていく。足元に、白いものが、点々と続いていた。貝殻だった。古い、白く晒された貝殻が、奥へ向かって、道のように、敷かれている。誰かが、長い長い時間をかけて、一枚ずつ、敷いていった道。
祖母も、この道を、歩いたんだろうか。祖母の、祖母も。そのまた、祖母も。
奥へ進むほど、外の無音が、遠くなって、代わりに、別の音が、下から、聞こえてきた。
ウタだった。
あの、沖のウタ。それが、ここでは、沖からじゃなく――足の下から、岩の奥から、聞こえていた。遠く、低く、たくさんの声で。
そして、洞の、最奥。
戸が、あった。
岩盤に嵌め込まれた、巨大な、一枚の石。人の背丈の、倍はある。表面に、浮彫りがあった。渦と、波と、そして、十字。三つの意匠が、絡み合いながら、一枚の石の上で、ひとつの模様になっている。どこまでが渦で、どこからが十字なのか、目で追っても、区切れない。
彫りの上を、文字が、走っていた。
古い仮名だった。「したのうみ しづまりたまへ」。その仮名の列に、縒り合わさるように、ローマ字めいた刻線が、並んで走っている。二本の文字の帯が、一本の縄のように、絡んで、石の縁を、ぐるりと、一周していた。
二重の祈りの、二重の碑文。
私は、手を伸ばして、石に、触れた。
あたたかかった。
冬の、海食洞の、最奥の石が。人の肌くらいの、ぬくもりを、もっていた。
「阿蘇の手記にも、ありました」と、編集者さんが、小さな声で言った。「石が、あたたかい、と」
そのとき。
ウタが、やんだ。
足の下の、岩の奥の、あの遠いウタが、ふつりと、絶えた。洞の中が、耳鳴りのするほどの、静けさになった。私たちは、動けなかった。
そして。
戸の、すぐ向こうで。
ひとつの声が、唄った。
たくさんの声じゃ、なかった。たったひとつの、澄んだ、若い声。男の子の、声。石一枚を、隔てた、すぐ向こうで。あの節の、次の一節を、ひとふしだけ――
声は、それきり、やんだ。
私たちは、走って、洞を出た。
*
外は、何も変わらない、冬の昼だった。
白い光。鏡の海。遠くに、和ヶ浦の屋根。世界は、あまりにも普通で、いま聞いたものの置き場所が、どこにもなかった。
帰り道、私は、気づいた。
編集者さんが、洞を出てから、一度も、唇を動かしていない。固く、口を結んで、歩いている。数えないように、しているんだと、思った。
私も、唄わないように、していた。
二人とも、声を殺して、凪の海辺を、歩いた。
海の、真似みたいに。




