第一部 和ヶ浦
――深江羽鳥の綴りより
島に戻って、一日目
フェリーを降りたときから、なにかが、静かすぎると思っていた。
三年ぶりの島だった。祖母の葬式のとき以来。あのときは、いろんなことが慌ただしくて、島の音を聞く余裕なんてなかったから、気のせいかもしれない。そう思うことにして、バスに乗った。天草の下島を、海沿いに、南へ。窓の外は、覚えているままの海だった。覚えているままの、入り江と、石垣と、段々畑。
和ヶ浦のバス停で降りたのは、私ひとりだった。
集落は、変わっていなかった。坂の途中の小さな教会堂。その先の寺。港のそばの神社。歩いて五分のあいだに、三つの祈りの場所が、あたりまえの顔をして並んでいる。子供のころは、それが普通だと思っていた。よそでは普通じゃないと知ったのは、島を出てからだ。
祖母の家は、港を見下ろす坂の上にある。
三年、閉めきっていた家。町の空き家バンクから連絡が来て、家をどうするか決めてほしい、と言われて、それで、私は帰ってきた。会社は先月、辞めたばかりだった。熊本市内で七年働いて、二十九歳で、辞めた。理由は、うまく言えない。強いて言えば、疲れた。次を決めないまま辞めるなんて、と母には電話で呆れられたけど、ちょうどよかったのだ。家の片づけには、時間がかかる。
二週間の、つもりだった。
鍵を開けると、家のなかは、線香と、蝋燭と、潮の匂いがした。
三年前と、同じ匂い。祖母の匂いだ。仏間には、仏壇と、その隣の小さな棚に、白い観音様が、並んで置いてある。子供のころから、そういうものだと思っていた。仏様と、観音様。祖母は、朝と夕方、その両方に手を合わせていた。それも、そういうものだと思っていた。
観音様の顔を、久しぶりに、まじまじと見た。
白い磁器の、子供を抱いた観音様。その子供の組んだ手の形が、少しだけ、変わっていることに、私は、二十九歳になって、初めて気がついた。
*
三日目
片づけは、思ったより、進まない。
祖母は、ものを捨てない人だった。戸棚という戸棚に、几帳面に紐で括られた古いものが詰まっている。捨てる、残す、迷う。三つの山を作りながら、私は、祖母の九十年を、少しずつ、掘り返している。
今日、簞笥のいちばん下の引き出しから、桐の小箱が出てきた。
中身は、三つ。
ひとつは、数珠。ただし、玉が、貝殻でできている。小さな巻貝を、丁寧に磨いて、繋いだもの。房のところに、銀色の、小さな飾りがついている。よく見ると、それは、十字の形をしていた。
ひとつは、古い絵。木の板に描かれた、観音様の絵。仏間の白い観音様と、同じ構図。子供を抱いて、立っている。ただ、その背景に、岩場と、洞窟のようなものが、描き込まれている。観音様の絵に、背景なんて、あっただろうか。絵の具は褪せているのに、その洞窟の暗がりだけが、妙に、黒々としていた。
そして、ひとつは、手帳。
黒い表紙の、古い手帳。開くと、細かい字が、びっしりと並んでいた。祖母の字だ。だけど、読めない。日本語じゃ、ない。
カタカナだった。カタカナで、意味の分からない音が、延々と、綴られている。
アメマリヤ、カラサビンノ、ドミノスケコ――
声に出して読んでみて、あ、と思った。
知っている。この音の並びを、私は、知っている。
祖母の、おまじないだ。
祖母は、朝と夕方、仏壇と観音様に手を合わせたあと、必ず、海の見える縁側に出て、小さな声で、何かを唱えていた。意味の分からない、歌のような、呪文のような、長い言葉。子供のころ、一度だけ、聞いたことがある。ばあちゃん、それ、なんて言いよるの、と。
祖母は、笑って、言った。
「ばあちゃんも、知らんとよ」
「知らんの? 知らんとに、唱えよるの?」
「知らんでも、唱えんばん。ばあちゃんの、ばあちゃんも、そのまた、ばあちゃんも、ずうっと、唱えてきなはったけん。意味はなあ、とうの昔に、どっかに、落としてきたばってん――音だけは、落とさんごつ、って」
音だけは、落とさんごつ。
手帳は、その「音」の、全部だった。祖母が、忘れないように、カタカナで、書き留めていた。祖母の字は、頁を追うごとに、老いて、震えていく。最後のほうの頁は、同じ音の並びが、何度も、何度も、繰り返し書かれていた。まるで、消えかけの記憶に、上から何度も何度も、なぞり書きをするように。
そして、手帳の後ろ半分には、別のものが書かれていた。
日付と、記号。毎日の日付の横に、波の形のような、小さな印。印は、三段階ある。小さい波、普通の波、大きい波。何十年分も。祖母は、毎日、何かの「波」を、記録していた。
最後の記入は、祖母が死ぬ、前の日だった。
その日の印は、私がそれまでの頁で見たことのない、四つ目の印だった。
波の形では、なかった。
ただの、まっすぐな、横棒だった。
*
五日目
港のそばの商店に、買い出しに降りた。
店番のミサヲさんは、私が子供のころから店番だった。齢は、たぶん、八十を超えている。私の顔を見て、トキさんの孫の、はっちゃんね、と、すぐに分かってくれた。
世間話のつもりで、島は静かですね、と言った。
ミサヲさんは、少し、黙った。それから、レジの向こうから、港のほうへ、目をやった。
「静かすぎるとよ」と、ミサヲさんは言った。「波の、変わったけんね」
「波が、変わった?」
「凪の、続きよるとよ。もう、ふた月も。風の吹いても、波の、立たん。海がなあ、息ば、殺しとらすごたる」
息を、殺している。
「そいでなあ、はっちゃん。おかしかとが、もうひとつ、あるとよ。凪いどるとに――沖で、海鳴りの、しよるとたい。ごろごろ、ごろごろ、ち。風もなか、波もなか、真っ平らの海の、ずうっと沖で。夜になると、よう聞こゆる。年寄りはみんな、気味ん悪か、ち言いよらす」
帰り道、港の防波堤から、海を見た。
ミサヲさんの言うとおりだった。海は、鏡みたいに、平らだった。夕方の光が、油を流したような水面に、そのまま映っている。波の音が、しない。港なのに。海のそばなのに。子供のころ、この島の音といえば、波の音だった。どこにいても、いつでも、遠くで、ざざ、ざざ、と鳴っていた。それが、しない。
音の抜け落ちた風景は、写真のなかに立っているみたいで、私は、少しだけ、怖くなった。
*
八日目
夜中に、ウタで、目が覚めた。
最初は、夢だと思った。遠くで、誰かが、ウタっている。ひとりじゃない。たくさんの声が、揃って、ゆっくりした節を、ウタっている。男の声とも、女の声ともつかない。低くて、柔らかくて、波のうねりみたいに、寄せては、引く。
目が覚めても、聞こえていた。
窓を開けた。ウタは、海のほうから、来ていた。凪いだ、真っ暗な海の、沖のほうから。風もないのに、ウタだけが、水面を渡って、届いてくる。
こんな夜中に、沖で、誰がウタうんだろう。漁船の灯りは、ひとつも見えないのに。
そして、気づいてしまった。
その節を、私は、知っている。
祖母の、おまじないと、同じ節だった。
言葉までは、聞き取れない。でも、旋律が、同じ。あの、上がって、下がって、最後に長く延ばす、独特の節回し。祖母が九十年、毎朝毎夕、海に向かって唱えていた、あの節。
沖のウタは、夜明け前に、やんだ。
私は、朝まで、眠れなかった。
*
九日目
ミサヲさんに、夜のウタのことを、聞いてみた。
ミサヲさんは、今度は、長く、黙った。それから、店の奥をちらりと見て、声を低くした。
「聞こえたとね、はっちゃんにも」
「ミサヲさんも、聞いたの?」
「年寄りはみんな、聞いとらす。ばってん、誰も、口にゃ、出さんと。……あんなあ、はっちゃん。あん節はなあ、あんたのばあちゃんの、唱えよらしたとと、同じ節やろ」
「うん。同じだと、思う」
「そうたい。あれはなあ――古か、古か、唄やとよ。この島の、いちばん古か節。うちのばあちゃんの言いよらしたとには」
ミサヲさんは、そこで、また港のほうを見た。
「――四郎さまも、唄わした、唄っち」
「四郎さま……って、天草四郎?」
「ほかに、四郎さまの、おらすな」
それ以上は、ミサヲさんは、話してくれなかった。ただ、帰りぎわに、ひとつだけ、言われた。
「はっちゃん。トキさんの、手帳、あったやろ」
どうして知っているんだろう、と思った。
「あったら――捨てなさんなよ。燃やしなさんなよ。あれはなあ、あんたが思うとるより、ずっと、大事なもんばい」
*
十日目
夜、また、ウタが聞こえた。
私は、縁側に出て、暗い海に向かって、座った。祖母が、毎朝毎夕、座っていた場所に。膝の上に、祖母の手帳を、置いて。
沖のウタに、耳を澄ました。そして、手帳のカタカナを、目で追った。
合っていた。
沖のウタの節と、手帳の音の区切りが、ぴったり、合っていた。アメマリヤ、で上がって、カラサビンノ、で下がる。祖母のおまじないは、沖のウタと、同じものだった。いや、逆か。沖のウタが、祖母のおまじないと、同じものなのか。どちらが、どちらを、唄っているのか。
気づいたら、私は、小さな声で、口ずさんでいた。
手帳の音を、沖の節に、乗せて。アメマリヤ、カラサビンノ――意味も分からないまま。祖母がそうしていたように。音だけを、落とさないように。
そして。
気づいた。
波の音が――しない。
いや、もともと、凪いでいて、しなかった。そうじゃない。沖のウタが、やんでいた。私が口ずさみはじめてから、沖のウタが、ぴたりと、やんでいた。夜の海が、しん、と、静まり返っている。まるで。
まるで、聞いているみたいに。
私は、唄うのを、やめた。
しばらくして――沖のウタが、また、始まった。遠くで、低く。何事もなかったように。
もう一度、口ずさんでみた。
沖が、やんだ。
やめた。
沖が、ウタい出した。
間違いなかった。偶然じゃ、なかった。
海が、聞いている。
私の唄を――海が、聞いている。




