序
ことばは、天に。
ふしは、底に。
――和ヶ浦の古い言い伝え
― 序 ―
四つ目の封筒が届いたのは、十一月の終わりだった。
今度の封筒は、乾いていた。
阿蘇の手記を包んでいた紙には、黴と土の匂いが染みていた。人吉の一束は、何度陰干しをしても、数日で湿り直した。八代の――あの語りの綴りが、いつ、どうやって私の机に載ったのか、私はいまだに説明できずにいる。気づいたときには、手許にあった。そして、どの一束も、一様に、湿っていた。海のものが、海の湿りを連れて、届く。そういうものなのだと、私は、いつからか、受け入れていた。
だから、四つ目の封筒の、その乾きが、私を、これまででいちばん、怯えさせた。
消印は、天草。差出人の名は、ない。中身は、三つ。若い女性の手で書かれたと思われる、大学ノートを切り離した綴りが、ひと束。古い聖画を写した写真が、一葉。そして、細かい仮名文字のびっしりと並んだ、紙片が数枚。
消印の日付は、この夏のものだった。
そして、最後の頁は、文章の途中で終わっていた。水に損なわれたのではない。破り取られたのでもない。ただ、書く手が、文の半ばで止まった、ように見えた。
―――
白状しておかねばならないことがある。
前の一束――八代の、あの語りを、私がどう受け取ったのか。私は今も、うまく言えない。ただ、読み終えたとき、私は、自分が章を数えながら読んでいたことに、気づいた。一ノ火、二ノ火、と。九つまで、数えて。そして、十番目を、読んだ。
あの晩から、私には、癖がついた。夜中に目が覚めると、自分の心臓の音を、数えてしまう。やめようと思っても、気づけば、数えている。ひとつ、ふたつ、と。数えるのをやめると、鼓動が、一拍、遅れる気がする。気のせいだと、思っている。思うことに、している。
仕事部屋の壁の染みは、床から十二センチのところまで、来ている。私はもう、拭かない。週にいちど、物差しを当てて、手帳に数字を書きつけるだけだ。誰かの帳面の話を、笑えない。私も、もう、つけている側の人間だ。
―――
今度の綴りの主は――まだ、生きている、はずだった。
日付が、新しい。文章は途中で止まっているが、終わってはいない。これまでの三つの一束は、どれも、すべてが済んでしまったあとで、届いた。私にできたのは、読むことだけだった。読んで、綴じて、世に出すことだけだった。
四つ目は、違うかもしれない。まだ、済んでいないかもしれない。
私は、待つのを、やめた。
以下に、彼女の綴りと、私の旅の記録とを、交互に置く。彼女の頁は、原文のままである。私の頁は、道中の手帳から起こした。どちらが先に終わるかは、読み進めていただくほかない。
出発の朝、封筒を、もういちど、手に取った。
乾いていた。
海へ、向かうというのに。
その乾きが、何を意味するのか――そのときの私は、まだ、知らなかった。




