第60話:遠航祭
サニアが手綱を握って天馬を操縱し、俺はその背後に跨がると、二人を乗せた天馬は大空へと飛び立った。
空を飛ぶこと約二時間、俺たちはとある海湾(入江)へと降下した。
ここはノーランド王国の領内であり、同時にアンドリュース大陸の最西端に位置する場所だ。
「鯖港は背後に山々を抱き、目の前には大海原が広がっているの。海軍の駐屯地ではないけれど、魚獲を水揚げする重要な港町でね、中でもサバ(鯖)が最大の特産品だから『鯖港』って呼ばれているのよ」
サニアは天馬の手綱を引きながら、現地の情報を俺に解説してくれた。
俺はその話には乗らず、代わりに眉をひそめて尋ねた。
「天馬の乗り心地って、思ったより快適じゃないんだな。たまに激しく揺れたり急ブレーキがかかったりしてさ、宿で聞いていた快適な空の旅とはまるで違うぞ」
実はこの二時間で、そんな急激な揺れが少なくとも十回は発生していた。正直なところ、乗り物酔いしやすい体質の俺としては生きた心地がしなかった。
振り落とされないようにするため、俺はサニアの華奢な腰を後ろからギュッと強く抱きしめ続けるしかなかったのだ。
俺の言葉を聞いた瞬間、サニアの顔は一瞬でリンゴのように真っ赤になった。
「コホン、コホン! ……きっと『ニンジン』がアンタを拒絶しているのよ! アンタはゼフィロス家の人間じゃないもの。それに高空飛行の初体験なんだから、多少の気分不快はつきものでしょう……? そう、絶対にそうよ!」
「そうなのか? 俺はてっきり、お前がわざとやってるのかと……まあ、考えすぎだったみたいだな」
「あははっ! 変なこと言わないでよ! 二人の命がかかってるのに、わざとそんな危険な真似するわけないじゃない!」
サニアは一人でさっさと前を歩いてしまい、俺からは彼女がどんな表情をしているのか伺い知ることができなかった。
「とにかく、まずは宿を探しましょう! この町にはうちの商会と提携している旅館が何軒かあるはずだから。そこにしか天馬を預けられる馬厩がないの」
俺はサニアの後に続き、町の中をぶらぶらと散策し始めた。
周囲の通行人たちは天馬の姿を目にするなり、誰もが驚嘆の視線を注いでいた。
やがて、目的の旅館が一軒見つかった。
俺は中に入り、ベッドが二台ある豪華なロイヤル・スイートルームを一部屋予約した。俺とサニアで一人一台ずつ使うためだ。
建物の構造上、天馬を内部に連れ込むことはできないため、サニアは天馬と一緒に外で待機していた。
手続きを終えて出てきた俺は、サニアとともに馬厩へと向かった。
「そうだ、もっと安全な保管方法があるんだが、試してみるか?」
サニアは胡散臭そうな目を向け、警戒感を隠さずに俺を見つめた。
俺はすぐさまストレージリングから大きな木箱を取り出し、フタを開けてサニアに見せた。
中にはミッドナイトが俺に残していった金貨がギッシリと詰まっており、その数は十万枚を超えている。
「これは保証金だ。もし俺が逃げたり天馬が死んだりしたら、この金を持って親父さんのところへ帰りな。『全部ゲンタクのせいだ』と言えばいい。だが、これはただの保険に過ぎない。天馬を死なせたり奪い去ったりは絶対にしない。明日には五体満足でここに戻してやる。俺を信じてくれ、いいな?」
「アンタ……」
サニアは躊躇いがちな視線を俺に向けた。
出会ってまだ三日の男を信じるべきか、それとも今すぐ引き返して帰宅するべきか、彼女の中で葛藤が渦巻いているようだった。
最終的に、彼女は金貨の詰まった木箱を受け取り、自分のストレージリングへと収納した。
俺は満足げに彼女の頭を撫で、耳元で静かに囁いた。
「これから見せるのは、俺の妻にしか明かしていない秘密だ」
「だがニアちゃんは俺にとって特別な存在だからな。特別に今、一足お先に見せてやるよ」
「……うん」
サニアは深く頷いた。
俺はまず女神大人への手紙を書いた紙を紐で天馬の首に結びつけ、その滑らかな背中を撫でながら告げた。
「一号水産養殖槽、収納」
一筋の緑色の光が閃いた。
次の瞬間、天馬の巨大な馬体は影も形も消え去っていた。
【一号水産:天馬×1。ロック解除まで残り 23時間59分59秒】
「よし、実験は成功だな!」
俺が満足げにニヤリと笑うと、サニアはあまりの衝撃に開いた口が塞がらない様子だった。
「また出た……! 一体何なのよ、その異常な収納能力は!? どうやってやってるの!?」
「前回の料理の時なら、まだ『最新型のストレージリング』で説明がついたかもしれないけれど……天馬は生きてるのよ!? 生き物をアイテムボックスに格納できるなんて常識外れよ!」
俺は正面から答えるのを避け、さらりと受け流した。
「厳密に言えば収納じゃなくて『転送』だな。明日になればあっちから送り返されてくるさ。……それと」
「?」
俺はサニアの耳元へ顔を寄せ、小声で囁いた。
「フロントのスタッフが言ってたんだが……旅館には豪華スイートルームが『一室』しか残っていなかったから、そこを押さえておいたよ」
その言葉を聞いた瞬間、サニアは顔を俺の胸元へと力任せに埋め、長い間じっと動かなくなった。
俺は赤く沸騰した彼女の耳たぶを通してしか、彼女の今の心境を推し量ることができなかった。
「さあ、まずは町を散策しようぜ! 遠航祭は午後からが本番なんだろ?」
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年に一度の祭典を祝うため、港町の通りは至る所に露店がひしめき合っていた。
串焼き肉、ココナッツジュース、白身魚のフライ、海藻入り魚肉団子スープ……。大都市のような洗練された精緻さはないものの、どこか懐かしく心を安らげてくれる素朴な熱気に満ち溢れている。
「早く早く! こっちよ!」
サニアはまるで夏休みを迎えた子供のように興奮し、人混みを縫うように軽やかに駆け抜けていく。
彼女は俺に向かって大きく手を振り、俺はいつものマイペースな歩調で彼女の後を追った。
「焼きイカ! あれ食べたい!」
サニアが指差したのは、鉄板焼きイカの露店だった。
カンカンに熱せられた鉄板の上には、丸ごと一頭分のイカ串がズラリと並べられている。
環境汚染とは無縁の自然豊かな世界だからだろうか、どのイカも丸々と太っており、サニアの顔よりも遥かに巨大だった。
露店の店主は特製タレを何度も塗り重ね、仕上げにたっぷりと白ごまを振り撒いていく。
濃厚で芳醇な香ばしい焼きダレの匂いと、ごまの香ばしく上品なアロマ――大海原の恵みと大地の香りが絶妙に融合した逸品だ。
通りかかる人々は誰もが生唾を飲み込み、食欲を刺激されていた。
俺としてもサニアに奢ってやりたいのは山々だったのだが、あいにく今の俺の懐は一文無し(空っぽ)だ。
俺は両手を広げてお手上げのポーズをとった。
「悪い、金がないんだ」
「えっ?」
「俺の持ってる全財産、さっき全部お前に預けただろ? 忘れたのか?」
サニアは一瞬ポカンとしたが、すぐにさっきの出来事を思い出したらしく、力強く自分の胸をポンと叩いて誇らしげに胸を張った。
「問題ないわ、私がお金を持ってるもの! 私たちの財産よ!」
「じゃあお言葉に甘えさせてもらうよ、領主夫人(奥様)!」
「やだもう! 私、まだアンタのプロポーズにOKしたわけじゃないんだからね!」
「今夜になれば、答える余裕すらなく承諾してもらうけどな!」
「スケベ! もう口きいてあげないんだから!」
俺とサニアがキャッキャと打情罵俏を繰り広げていると、露店の店主の額には青筋が三本ほど浮き上がっていた。
彼は俺たち二人を完全にスルーすると、後ろに並んでいた客に向かって吠えるように叫んだ。
「……はい、次の人お並びくださーい!!」
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結局、俺たちは無事に二本の焼きイカを手に入れることができた。
あの店主、どうやらバカップルな俺たちに嫉妬したのか、通常の倍の価格を分捕ってきたのだ。
まあ、二人とも金には困っていないので特に気にも留めなかったが。
夕陽が西の海へと沈みゆく中、俺とサニアはしっかりと手を繋ぎ、港の沿岸をゆっくりと散策した。
「第55号……『大富豪号』? なんてダサい名前なの!」
船体に書かれた船名を目にして、サニアは思わずクスッと吹き出した。
俺は苦笑いを浮かべつつ、右側に広がる魚市場へと視線を向けた。
市場もそろそろ仕舞い時のようで、競り人たちが氷の破片や魚のウロコを排水溝へと洗い流し、残った鮮魚や道具の片付けに追われていた。
潮の香りとうっすら漂う生魚の匂いが、夕風に乗って鼻腔をくすぐる。
その時、遠くからドンドンと威勢の良い太鼓の音が響き渡った――。
「遠航祭が始まるわ!」
俺とサニアは視線を合わせると、音のする方へと一目散に駆け出した。
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港周辺は押し寄せた人波で立錐の地もない状態だったため、俺はサニアを横抱き(お姫様抱っこ)に抱え上げると、高台にある展望台へと飛び移った。
最前列ではないものの、ここなら全体を見渡すことができ、遠くの海まで一望できる絶好のロケーションだった。
サニアは俺が祭典の仕来りを知らないと思ったのか、俺の胸元にそっと身を預け、愛らしい声で語りかけてきた。
「遠航祭はね、ここ鯖港に古くから伝わる伝統行事で、一年に一度開催されるの」
「町の人たちが持ち寄った不要な木製家具を解体して、古い十隻の漁船を補修する材料にするのよ。船帆だって、使わなくなったカーテンや古着を縫い合わせて作られているの」
大歓声が湧き上がる中、十隻の小さな漁船が同時に港を出航し、大海原へと向かって進み出た。
船内には余分な積載物がないため、帆を張れば季節風の追い風を受けて勝手に進んでいくのだという。
続いて、白の神職衣装を纏った巫女が手に持った神楽鈴を涼やかに鳴らした。
岸辺に並んだ十人の筋骨隆々な男たちが大弓を引き絞り、火を点けた鏑矢を船に向かって一斉に放った。
木造船はまたたく間に炎に包まれた。
その火光は沈みゆく夕陽よりも遥かに目映く耀き、そしてゆっくりと海の中へと沈んでいく。
寂涼でありながら、途方もなく美しい――まさにこの光景のためにある言葉だろう。
俺は思わず息を呑んだ。
「すごく綺麗……見て、あっち!」
サニアが指差したのは、八号船の浮かぶ海域だった。
黄金色の夕焼け、深い紺碧の海、そして揺らめく橙赤色の焔。天地の間に描かれた一幅の絶景絵巻がそこにあった。
俺は横顔のサニアへと視線を移した。
彼女の顔には無限の憧憬が浮かんでおり、氷川色の瞳の中には、世界で最も純粋な色彩が宿っていた。
「……これこそが、本当の絶景だな」
俺はぽつりと呟いた。
サニアは遠くを見つめたまま語を続けた。
「あの船が烈火に焼かれることで、過去の一年間の悩みや不運が灰となって海へ沈み、すべてがゼロから新しく始まることを象徴しているのよ」
俺は少女の紡ぐ言葉に静かに耳を傾け、目の前の景色を固く胸に焼き付けた。
雪花領へ戻ったら、アリアたちにもこの感動を分けてやりたい。
来年の今頃は、みんなで一緒にこの祭りを観に来るのも悪くないな。
その時、サニアがふと振り返り、俺が自分の顔を穴が開くほど見つめていることに気づいた。
「何よ、さっきからじっと見て……私の顔に何か付いて――んむっ!?」
俺は言葉を遮るように、彼女の唇を奪った。
サニアは最初、必死に抵抗しようと身をよじらせたが、俺の腕から逃れられるはずもない。
ほんの少しの呼吸の後、彼女は抵抗を諦めるどころか、自分から積極的に押し返してきた。
滑らかな舌を俺の口内へと忍び込ませ、俺の舌先を艶めかしく絡め取ってくる。
これが人生二度目のキスだというのに、彼女は驚くべき天賦の才能を発揮していた。
もちろん、俺もただ甘んじて受けて立つつもりはない。
俺は彼女の華奢な腰に回していた手をゆっくりと滑らせ、徐々に上へと引き上げていった。
そして――彼女の豊かで雪のように白い双丘(胸)が、俺の掌の中へとすっぽりと収まった。
「……んッ!?」
サニアは大きな瞳を見開き、舌の動きをぴたりと止めた。
俺が唇を離すと、二人は互いの吐息を感じる距離で見つめ合った。
少女の顔には複雑な感情が入り混じっていた。一瞬の羞恥が走り、次いで密やかな期待が浮かび、最終的にはぷいと怒ったような表情に変わった。
「……ここまでお預け食らわせておいて、なんでまだ焦らしてるのよ……っ!」
俺は彼女に最後まで言わせず、再びその唇を己の口で塞いだ。
二人目の熱い口づけ。
今度は先ほどよりも激しく、狂おしく。
一塁、二塁、三塁……
結局のところ、寸前のところで俺たちは全身を大きく震わせ、同時に互いの体を離した。
俺は荒い息を繰り返すサニアを抱き寄せ、二人で手すりに寄りかかった。
このまま一気に本塁まで突き進める雰囲気ではあったが、俺たち二人は「今がその時ではない」ということを痛感していたのだ。
少なくとも、この神聖な行為を野外で雑に済ませるべきではない。
俺は相手を遊ばれているわけではないし、サニアもこの感情をとても真摯に受け止めている。だからこそ、俺たちは同時にブレーキを踏んだのだ。
その時、サニアがぽつりと物憂げに呟いた。
「私……他の男の人にこんなことしたの、生まれて初めてよ……」
「ああ、分かってる。信じるよ」
俺はサニアが純真な女性であることを心から信じていた。
サニアは踊り子という職業柄、露出度の高い衣装を纏ってステージで踊り、客の男たちに媚眼を振りまくこともある。
だが、それは彼女にとってあくまで『仕事』であり、何ひとつ恥じるようなことではないのだ。
それに、彼女の故郷は多民族が混在する国であり、風俗も非常に開放的だ。
思春期の少女たちが自身の美しいボディラインを披露し、人々からの賛辞や注目を集めることを好む文化がある。
サニアがそれらを告白してくれた間、俺は余計な口を挟まず、ただ彼女の美しい背中を優しく撫で続けた。
「私がこんな顔を見せるのはアンタだけよ。他の男なんて、私の手に触れることすらできないんだから……。だって、私アンタのことが大好きなの。例えアンタが私のことをそこまで好きじゃなかったとしてもね」
「誰がそんなこと言ったんだ? 俺だってお前のことが好きさ!」
俺は彼女の瞳を直視して訴えた。
しかし、サニアは俺の言葉に含まれた些細な不備を的確に突いてきた。
「今の……回避的な回答ね」
「……俺には妻がたくさんいるんだぞ? 本当に受け入れられるのか?」
俺が不安げに尋ねると、サニアは体勢を変え、再び俺の腕の中に身を預けて海景を見つめた。
「私の国じゃ、優秀な男性がたくさんの妻を娶るなんて極々ありふれた話よ。私のパパだってそう。三人の奥さんがいて、私のママはそのうちの一人に過ぎないもの」
「だから、アンタのことを責めたりしないわ」
「それより私が聞きたいのは……私が人間じゃなくて『ラミア』だってこと、気にしないの?」
サニアの顔にはどこか寂しげな色が浮かんでいた。どうやら自身の血統に対して強いコンプレックスを抱いているようだった。
俺は彼女をしっかりと抱き締め、おちゃらけたトーンで返した。
「それがどうしたってんだ? 俺の妻の一人なんて『ドラゴン』だぞ?」
「ふふっ! もう、大げさな嘘ばっかり言って! 今度は騙されないんだから!」
少女はクスクスと笑い、俺の言葉を本気にはしなかった。
それに対し、俺は苦笑いを浮かべるしかなかった。
その時、俺はふと思い出した疑問を口にした。
「そういえば、あの男はどうするんだ?」
サニアは一瞬ポカンとし、そして言った。
「ファルークのこと? あいつとは幼馴染ってだけよ。私の手にすら触れたことないんだから」
「昔、私が幼くて無知だった頃に『大きくなったらお嫁さんになってあげる』なんて言ったことはあるけど、あんなの子供同士の冗談でしょう?」
「大きくなってから『好きじゃない』って何度も断ってるのに、あいつ全然耳を貸さなくて、勝手に私を保護者気取りで世話しようとするのよ」
「私としても困ってたの。あいつの父親と私のパパは親友同士だし、無下に扱って恥をかかせるわけにもいかなくて……」
ここまで語ると、彼女は俺に誤解されるのを恐れたのか、慌てて言葉を付け加えた。
「でも! 今の私が好きなのはアンタよ! もうあいつとは一切関わらないわ! 今のこんな私を見せるのは、世界でアンタ一人だけよ!」
「こんな私ってどんな姿だ? 小さなスケベ女の姿か?」
「やだ! また私をからかうんだから!」
俺たちはじゃれ合い、同時に笑い声を上げた。
彼女は俺の肩に頭を預け、穏やかに語りかけた。
「……でもね、女が多くなると喧嘩や争いが起きるのは世の常でしょう? だから、まずはアンタの領地へ行ってみたいの。彼女たちがどんな人たちなのか自分の目で確かめて……それから、私の一切合切をアンタに捧げたいの。……いいかしら?」
「お前はもう大人だ。お前が下した決定なら、俺は全面的に尊重するよ」
「ヒヒッ! 旦那様、かっこいい〜♡」
その返答がかなり嬉しかったらしく、サニアは自分から身を乗り出すと、俺の頬にチュッとキスを落とした。
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やがて、最後の一隻となった漁船が海中へと沈んでいった。
「一番遠くまで航行して、最後に沈んだ船……その番号は『幸運号』と呼ばれて、記録に残されるの」
「神官様が神殿にある十個の箱の中から『幸運号』の番号が書かれた箱を取り出して、中の神託を読み上げるのよ」
「その詩の文面は、人々が気をつけるべき事柄……服装や食事、安全面なんかに影響を与えるの。時には、親が生まれてくる子供につける名前の参考にされることもあるくらい重要なのよ」
サニアが説明を終えたのとほぼ同時に、白の巫女が『八』と書かれた箱を開封した。
彼女は羊皮紙を広げ、朗々とした声で大開した。
「今年の運勢――大吉!」
「婚礼、建築、旅路に吉あり。」
「汝自身を慈しみ、また傍らにある者を愛しなさい。」
「汝が下した決断を信じるが良い。積み重ねた努力は決して潰えることはない。」
「運命は、本来相見えぬはずの二人を引き合わせるだろう。」
「例え荒波が二人を分かつことがあろうとも、未来のいつの日か、二人は必ずや巡り合う。」
「心に刻みなさい! 世界がいかに広大であろうとも、汝らの帰りを待つ場所は、必ずやどこかに存在するのだと。」
「以上が、海神様より賜りし神託である。」
「これにて、遠航祭を執り終える!」
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俺は隣に立つサニアを見つめ、彼女もまた愛おしそうに俺を見つめ返してきた。
「来年……また一緒に来よう。みんなを連れてさ」
「うん……!」
彼女は力強く頷いた。
俺は彼女の手をしっかりと握り締め、活気に満ちた港の人混みの中へと、二人で歩みを進めたのだった――。
――《異世界冷蔵庫領主》全巻完――
後書き・創作の舞台裏・Q&Aは8月15日に配信予定です。




