第45話:手土産と実験
森の中を、六つの影が猛スピードで駆け抜けていく。
「あっちだ、追いかけろ!」
私はパーティの中央に位置取り、冷静にメンバーへ指示を出した。
「ハッ!」
より多くの人口を獲得するため、私とエルフたちはエルフ王国の周辺領域へと足を運んでいた。目的はただ一つ、毒に冒されたハーフエルフたちを全員雪花領へと迎え入れるためだ。
今回の任務はおよそ二、三週間の期間を見込んでおり、私にとっても雪花領を長期間離れて完全に見知らぬ土地へ足を踏み入れるのは、これが初めてのことだった。
幸いにもアデリナをはじめとするエルフたちが道案内をしてくれているおかげで、幾分かは安心して進むことができている。
今回の遠征メンバーは、私、オベロン、アデリナ、そして警備班からミシル、オーレデル、ベリリンの計六名だ。
すでにエルフ王国は目と鼻の先だったが、ある「問題」が発生したため、私たちは足を止めてその障害を排除せざるを得なくなった。
その時、私のすぐ傍らの空間から、ひょっこりと一人の影が浮かび上がってきた――。
「ゲンタク様、あの冒険者たちは私の幻術魔法で足止めしておきましたわ」
ハーフエルフのミシルが報告してくる。
「よし、上出来だ!」
私は目の前に聳え立つ、ビルの四階建てにも匹敵する巨軀の怪物を見上げ、最後の指示を下した。
「ソウルイーター・ハウンドか……実に懐かしいな」
私は低く呟いた。
思えば、かつてエリンたちと出会ったのも、このソウルイーター・ハウンドに遭遇したことがきっかけだった。
そして今、彼女たちの同胞を迎えに来たこの地で、再びあの馴染み深い怪物と相まみえることになるとは。
だが――あの時と今とでは、状況がまるで違う。
現在のオベロンたちの傍らには、フローリアンヌやヴィヴィアンといった非戦闘員のお荷物は一人もいない。
全員が何の憂いもなく、全力を解き放って戦える布陣なのだ。
エルフたちは日頃から『青春緑茶』と『世界樹の雫』を摂取し続けており、その肉体スペックは劇的な強化を遂げている。
さらに、以前私が彼女たちに与えた『世界樹の葉(武神のちまきを包んでいた竹の葉)』を自身の武器へと組み込ませたことで、現在の彼女たちの実力は明らかに一段上のステージへと到達していた。
たかがソウルイーター・ハウンド一頭など、もはや彼女たちの敵ではない!
「全員散開! 一気に片付けるぞ!」
「ハッ!」
「森のルーン・影襲!」
ハーフエルフのオーレデルの姿が、一瞬でかき消えた。
次の瞬間、彼女はすでにソウルイーター・ハウンドの目と鼻の先に躍り出ていた。
「雷霆斬!」
オーレデルが刀を握り締め、渾身の力で一閃を叩き込む。
雷光を纏った刃が閃き、ソウルイーター・ハウンドの巨体に二メートルにも及ぶ深々と裂けた傷痕を刻みつけた。
魔剣士であるオーレデルの放つ斬撃には強力な電撃が付与されており、ソウルイーター・ハウンドは瞬時に全身を激しく痙攣させた。
鼻をつく焦げ臭い匂いが、一気に周囲へと立ち込める。
彼女は過熱した曲刀を鞘へと収めると、すぐさま背中に背負っていた一本の木棒を引き抜いた。
「森のルーン・柳葉刀!」
オーレデルの金緑色のショートヘアが風にそよぎ、灰色の瞳に鋭い精光が走る。
木棒の上に鮮やかなルーン文字が浮かび上がり、碧緑の魔力が数多の葉片と化して木棒を層状に包み込んでいく。
やがてそれは、冷たい光を放つ繊細な「葉の刀」へと姿を変えた。
オーレデルは長刀を構え、間髪入れずに数十発もの斬撃を放った。
「翡翠風暴!」
淡い緑色の光輝を放つ剣気が寸分狂わずソウルイーター・ハウンドの四肢を捉え、その靭帯をことごとく切断した。
ソウルイーター・ハウンドは怒号を上げる間もなく、ドスンと地面に激しく崩れ落ちた。
反対側では、アデリナの準備も完了していた。
彼女が杖の先をソウルイーター・ハウンドへと向けた瞬間、膨大な魔力が急速に凝縮され、軽自動車ほどもある天青色の光弾が形成された。
「第6位階魔法:神聖彗星!」
詠唱の完了と共に射出された光弾は、一直線にソウルイーター・ハウンドの巨軀を穿った。
ドォン――ッ!
ほんの一瞬で、ソウルイーター・ハウンドの巨体は無数の肉片へと破裂した。
ここで、金髪のポニーテールを揺らすベリリンが、手に携えた杖を高く掲げた。
彼女の胡桃色の瞳は透き通りつつも、歳月を重ねた深い沉着さを宿している。
「第5位階魔法:大裂坑!」
ベリリンの凛とした声に呼応し、直径六メートルもの巨大な落とし穴が突如として出現し、飛び散ったあらゆる肉片がその底へと落ちていった。
それを見届けた私は、すぐさま冷蔵庫システムのショップから『聖なるミネラルウォーター』を十本購入し、地面へと並べた。
[一星冷蔵庫ショップ:聖なるミネラルウォーター×10(-5000pt)]
すべてのボトルキャップを素早く外すと、私はアデリナへと視線を送った。
アデリナは力強く頷くと、魔法を用いてボトル内の聖水を一気に引き出し、宙に巨大な水球を形成してみせた。
次の瞬間、水球が弾け飛び、大雨となって穴の中の肉片へと均等に降り注いだ。
ジュウウウゥゥ――ッ!
まるで真っ赤に熱した鉄に氷を叩きつけたかのように、肉片からは猛烈な蒸気が立ち上り、みるみるうちに小さくなって最後は一溜まりの泥水へと化してしまった。
私はすぐさまオベロンに命じた。
「オベロン、この場所を記録しておけ。エルフ議会には『エルフ族のために成体のソウルイーター・ハウンドを退治しておいた。雪花領からエルフ王国への挨拶代わりの贈り物だ』と報告するんだ。もし信じないと言うなら、ここに調査員を派兵させればいい」
エルフ議会からの好感度を少しでも稼いでおくためだ。
たとえこれが本来他の冒険者たちの獲物であったとしても、今の私にとっては容赦なく横取りさせてもらう他ない。
「御意に!」
オベロンは即座に深く頭を下げた。
現在の彼は、かつての豊かな白髪をすべて綺麗に剃り落とし、白地に緑の紋様が施された神官の長袍を身に纏っている。
「それにしても、みんながさっき使った技は面白いですね! 魔法のようでありながら少し違う気もしましたが、一体どんな技なんですか?」
私は傍らのオーレデルに問いかけた。
するとどういうわけか、オーレデルの頬が瞬時に真っ赤に染まった。
先ほどまで凛々しく立ち回っていた女剣士の姿はどこへやら、今ここにいるのは恋愛経験のないウブな一人の女性に過ぎない。
「こ、これは『森のルーン』といいまして……エルフ族だけに……受け継がれる……戦闘技術でして……」
あまりの不器用さに見かねたのか、隣にいたアサシンのミシルが溜息をついた。
彼女は白目をむきつつ顔の黒マスクを引き下げ、会計班のミスティラと瓜二つの絶世の美貌を露わにした。
「武技とルーン魔法を融合させ、大自然の環境補正を組み合わせることで、強敵に対しても有利に立ち回るための技術です」
隣のベリリンも即座に補足する。
「まあ、そうは言っても森林の中に限って能力が強化されるのでして、以前のような平原地帯ではあまり恩恵を受けられないのですけれどね」
「なるほど! だからあの時、あれほどの人数がいながら勝てなかったのか!」
私はエルフたちと初めて出会った時の情景を思い出し、膝を打った。
彼女たちが当時野営していた場所は確かに樹木が少なく、平原と森林の境界線のような場所だった。
もしあの戦いが森の中であれば、彼女たちは自力で打ち勝っていたのかもしれない……。
その時、アデリナが声を上げた。
「ゲンタク様、あちらに『腐魔藤』の一株を発見いたしました。排除いたしますか?」
私は少し驚き、尋ねた。
「どこだい? 見せておくれ」
アデリナに案内され、私たちは近くの大樹の根元へとやってきた。彼女が指さした先には、怪しい紫色のツタがびっしりと絡みついていた。
「これのことです」
「これが腐魔藤か……でかいな!」
巨木の森という名は伊達ではない。この森に生える樹木の半数以上は巨大な大木だ。
目の前のアセンションも例外ではなく、少なくともビル十階分以上の高さを誇っている。
そしてその大樹の表面の八割以上が、ドロリとした紫色のツタによって覆い尽くされ、まるで紫色の外衣を羽織っているかのようだった。
これはいくらなんでも凄まじすぎるだろう……?!
「長期にわたって放置された結果、ここまで成長してしまったのでしょう。推定で少なくとも樹齢二十年は経過しています。ゲンタク様、今のうちに早急に焼き払うべきです!」
アデリナが身を乗り出して進言する。
普段は冷静なベリリンでさえ、硬い表情で頷いた。
「腐魔藤は土地を汚染し、水源を毒化させ、有害な瘴気を放ちます。放っておけば世界樹の養分まで吸い上げ、枯死させる原因となりかねません。エルフとして、私たちはこれを断じて見過ごすわけにはいかないのです!」
「その通りです! 一刻も早く焼き払いましょう!」
他のエルフたちも一斉に同意の声を上げた。
どうやらこれを片付けない限り、彼女たちは先へ進ませてくれそうにない様子だ……。
「待ってくれ、排除する前に少し実験させてほしい」
「……?」
エルフたちは一様に首をかしげた。
私は彼女たちの反応には構わず、『聖なるミネラルウォーター』を1本購入すると、紫色のツタの上に注ぎ落とした。
「実験その一」
ジュウウウゥゥ――ッ!
ソウルイーター・ハウンドの時と同様、聖水がツタに触れた瞬間、猛烈な蒸気が立ち上った。
聖水を浴びた部分のツタは見る見るうちに萎縮し、最終的には一溜まりの泥水へと化けてしまった。
「つまり、これ自体も『邪悪な存在(魔物)』というわけか……」
私は呟いた。
聖なるミネラルウォーター(聖水)では毒に侵されたエルフたちを直接治療することはできないが、株の本体に対しては絶大なダメージを与えることができるらしい。
しかし……。
一株の腐魔藤を完全に浄化するには、おそらく数千本もの聖水が必要になる。それではあまりにもポイントの無駄遣いだ。
やはり後でエルフたちのやり方に倣い、切り刻んで火で炙るのが一番良さそうだ。
「実験その二」
私はストレージリングから魔剣『テュポース』を取り出し、ツタに向かって軽く一閃した。
シュバッ!
太いツタに深い切り傷が入り、そこから謎の紫色をした液体がドクドクと噴き出してきた。
刺すような悪臭が、瞬く間に周囲の空気へと立ち込め始める。
「瘴気です! 皆様、下がってください!」
エルフたちが素早く後退する中、私は実験のために息を止め、じっと耐えた。
先ほど空になった聖水のボトルを取り出し、噴き出す紫色の液体を少しずつ溜めていく。
ボトルがなみなみと満たされたところで、ようやく手を止めた。
ボトルの腐蝕を心配する必要はない。何しろこれは元々聖水が入っていた特別な容器なのだから、生半可な酸で溶けるような凡品であるはずがない。
「ゲンタク様、一体それは……?」
「試してみたいことがあってね。もしかしたら洗剤か何かの材料として使えるかもしれないと思って」
「せ、洗剤……?」
私はエルフたちの困惑した反応には答えず、涼しい顔でボトルをストレージリングへと収納した。
「これが最後の実験だ! ……あの技を試してみるとしよう。――『キャプチャー(Capture)』!」
まばゆいばかりの緑色の光が閃いた。
次の瞬間――大樹に巻き付いていた、目測で十階建てビルほどもあった巨大なツタが一瞬にして跡形もなく消滅した。
大樹の根元周辺の地面には、バレーボールほどの大きさの坑洞が七、八個開いていた。それは腐魔藤が深々と根を張っていた場所だった。
[捕獲:腐魔藤(樹齢27年)×1、2700ptを獲得しました]
「よし、大成功だ! やっぱりこれも魔物の一種としてカウントされるんだな!」
私は両拳を握り締め、興奮を隠しきれずに笑みを浮かべた。
だが、背後のエルフたちは完全に絶句していた。
オーレデルが震える指で私を指差し、おそるおそるアデリナに尋ねた。
「あ、アデリナ様……一体今のは……!?」
「……一言も他言してはなりません。あなたたちは何も見なかった……いいですね?」
アデリナが静かに告げた。
その声には、何者にも疑問を挟ませない絶対的な威厳が宿っていた。
女性たちは互いに顔を見合わせると、神妙な面持ちで静かに頷いた。
「よし、これで二人目の『手土産』ができたぞ! オベロン、この場所も記録しておいてくれ。『腐魔藤を一株退治しておいた』と報告するんだ。ただし、どうやって消去したかまでは話さなくていい」
「御意に!」
「よし! 先へ進もう!」
私は先頭に立ち、エルフ王国の方角に向かって意気揚々と歩き出した。胸のときめきが抑えきれない。
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――しかし、私たちが去った後。
近くの巨大な大樹の影から、ひょっこりと一人の顔が覗いた。
彼女の耳はエルフ族よりも明らかに短く、腰まで届く黒髪と、血のように赤い赤眸を有していた。
謎の女性は驚愕の表情を浮かべ、震える声で呟いた。
「嘘でしょう……? オベロンとアデリナ……あの純血のエルフ貴族の二人が、人間の命令に従っているだなんて……?!」
「それに、あの巨大な腐魔藤が一瞬で消え去るなんて……一体全体、何が起きているというの……?!」
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