第2話:冷蔵庫システムと不老不死の薬
我は目を開けた。まるで千年の眠りから覚めたかのような感覚だった。
揺れる木漏れ日、差し込む陽光、そして風が運んでくる露と土の匂い。
立ち上がると、あたりは見渡す限りの鬱蒼とした森だった。
俺の服は着替えさせられており、濃紺のジャケットに白のTシャツ、その胸元にはあの神殿の紋章と同じタコの図案が描かれていた。
どうやら本当に女神様の手によって、異世界に転送されたらしい……。
「冷蔵庫システム、オン!」
システムを起動させるキーワードを唱える。
これは転生した際、脳裏に刻み込まれた知識だ。
言葉が終わるや否や、目の前に淡いブルーのパネルが現れた。
そこには三行のメッセージが並んでいた。
[冷蔵庫システム、起動成功!]
[インストールパッケージをダウンロード中……]
[18%]
しばらくして、ようやくダウンロードが完了した。
[インストール完了、進捗100%]
ゲームのウィンドウのような画面に、そう表示される。
[ここは全く新しい世界です。第二の人生を得たあなたは、多種多様な人々と出会い、未だかつてない景色を目にすることでしょう]
[女神の祝福のもと……]
俺は続きを読み上げた。
「……存分に楽しみなさい!」
一瞬、呆気に取られた。
そして、吹き出した。
そうさ! 人生は楽しむためにあるんだ!
これからは……この新しい人生、一度くらいワガママに生きてやろうじゃないか!
「オープン!」
手を振る。
地面に魔法陣が現れ、エメラルドグリーンの光の中から一台の冷蔵庫が浮かび上がった。
観音開きのデザインに、白いプラスチックの外装。どこにでもある家庭用の冷蔵庫と何ら変わりない。
「おお!」
興奮して声を上げた。
これが伝説に聞く魔法ってやつか!?
期待に胸を膨らませて下の扉を開けたが、俺は固まった。
――空っぽだ。
吹き出してきた冷気が、俺の火照った心まで冷やしていく。
「……騙されたのか?」
慌てて上の冷凍庫も開けてみる。
案の定、そっちも空だ。
冷蔵庫の背面に回り込んでみたが、コードはない。
モーターの音もしないが、内部の吹き出し口からは確かに冷風が絶え間なく出ている。
つまり、この魔法の冷蔵庫は壊れているわけではなく、中にあるはずの物が入っていないだけなのだ。
「メインシステム、これはどういうことだ?」
解せぬ思いで、俺はシステムに助けを求めた。
[解:あなたは注文をしていません]
パネルの文字を見て、ようやく合点がいった。
そうだ! レストランと同じで、客が注文して初めて料理が運ばれてくるんだ。
「メインシステム、メニューを開け」
淡いブルーのパネルが瞬時に切り替わり、整然と並んだ商品が目の前に現れた。
ミネラルウォーター 600ml、10ポイント。
コーラ 2L、50ポイント。
プリン、15ポイント。
キャベツ、60ポイント……。
スマホを操作するようにメニュー画面をスクロールする。
中身はよくある食品や飲料ばかりで、種類は非常に多岐にわたる。塩や醤油といった冷蔵不要の商品まで揃っていた。
あまりにも品数が多いため、数分かけてようやく一番下まで辿り着いた。
その時、メニューの上部に二つのタブがあることに気づいた。
一つは今見ている[一般商品]、もう一つは[有料商品]だ。
有料商品のタブをタップすると、画面が切り替わった。
爆炎栗、200ポイント。
爆破缶詰、500ポイント。
聖なるミネラルウォーター、500ポイント。
女王蜂の蜜、700ポイント……。
「なんだか妙な商品ばかりだな……」
さらにスクロールを続けると、ある地点から商品の画像にモザイクがかかり、名称と金額だけが表示されるようになった。
「メインシステム、なぜこれらの商品が隠されているんだ?」
[解:権限が不足しています! これらの商品は冷蔵庫システム(二星)以上のユーザーのみ購入可能です。あなたのランクは一星のため、詳細は開示されません]
「そうか」
特に気にせず、適当にページをめくっていく。
すると、ページの最下段に、夢にも思わないようなものが現れた。
「不老不死の薬(偽)?!」
目を見開く以外、反応のしようがなかった。
「なぜ後ろに[偽]なんて付いてるんだ?」
[解:それは模造品だからです。その他の情報は、ユーザーが冷蔵庫(四星)にアップグレードした際に知ることができます]
「……」
肝心なところで情報が途切れるな……。
模造品ということは、効果が本物より弱いということだろうか。
それにしても、値段はいくらだ?
一、十、百、千……。
「一億ポイント?!」
模造品を一億で買えってか!?
なんという贅沢品だ。
いや……よく考えれば、トップクラスの富豪にとって、この金額は大した痛みではないのかもしれない。
金で寿命が延びるなら、たとえ十年二十年でも、彼らにとっては安い買い物だ。
彼らの稼ぐスピードは尋常じゃないからな。
「メインシステム、もっと情報を教えてくれ。例えば今、俺に何ができるか、どうすればランクアップできるかとか」
とにかく、動き出そう。
まずは生き延びることだ。他の問題はそれからだ。不老不死なんて、今の俺には遠すぎる話だ。
[了解しました。冷蔵庫システム(一星)の全情報を伝達します。行動を開始してください]
「よし!」
俺は森の中を突き進んだ。
滝のように汗を流し、泥だらけになっても足は止めなかった。
変な言い方かもしれないが、鼓動が激しく高鳴っている。
最後にこんな感覚を味わったのはいつだったか。
高校の修学旅行か?
中学で行った水族館か?
それとも、子供の頃に公園で見たカウントダウンの花火か?
ハハ、わからない。
だけど、最高に嬉しいんだ!
システムの指示に従い、俺は一羽の奇妙な鳥を見つけた。
体格は大きく、目測で身長は少なくとも60センチはある。羽毛は鮮やかなオレンジ色で、日光の下で陽炎のように熱気を放ち、今にも燃え上がりそうだった。
地面に座って卵を温めているようだが、その眼差しは傲慢で、こちらを全く眼中に置いていない。
「よし! お前に決めた!」
一気に駆け寄る。
これが、異世界での初陣だ!
俺が縄張りに入ったのを察知し、怪鳥はすぐさま立ち上がった。鋭い鳴き声を上げながら翼を羽ばたかせ、こちらへ突っ込んでくる。
正面衝突は避け、足の運びを変えて大樹の陰に身を隠し、鳥に向かって手を突き出し叫んだ。
「キャプチャー(捕獲)!」
手の甲が微かに熱くなり、濃紺のタコの紋章が浮かび上がった。
右腕から半透明の触手が瞬時に飛び出し、怪鳥を襲う。
突如、怪鳥が翼をひと煽りし、触手の攻撃をかわした。
「なにっ?!」
驚愕する。
バサッ!
怪鳥が羽ばたいて飛び上がり、鋭い爪が俺の青ざめた顔を狙う。
その直後――。
半透明の触手が背後から怪鳥の胸を貫き、毒蛇のようにその身に巻き付いた。
怪鳥はがっちりと捕らえられ、いくら抗おうともビクともしない。
刹那、触手が猛烈な勢いで引き戻される。
緑色の光が走り、怪鳥は姿を消した。
[捕獲:クレイジー・フェザント×1、300ポイント獲得]




