第1話:女神と転生
「目覚めなさい……」
目が覚めると、そこは見知らぬ空間だった。
身の下にあるのは慣れ親しんだベッドではなく、奇妙なタコのような模様が描かれた、柔らかい青色の絨毯だ。
あたりを見回す。
頭を振り、見間違いではないことを確認した。
ここは、天井を仰ぎ見なければならないほど高く、途方もなく壮大な宮殿だった。
目の前には幅五メートルほどの長方形の水路があり、その先にはそびえ立つ階段と黄金の玉座が鎮座している。
おや?
あの上に、誰か座っているのか……!?
「!!!」
突然、激しい頭痛に襲われた!
空っぽの街……。
緑色の光……。
巨大な……。
触手……!?
数々の奇妙な光景が、目の前でフラッシュバックする。
俺は玉座を注視するのをやめ、両手で頭を抱えて床に伏せた。脳みそが弾け飛びそうだ!
「ふふっ、顔は上げない方がいいわよ。そのまま私の話を聞いてちょうだい」
女の声だ……。
その声にはどこか悪戯っぽさがあり、それでいて妖艶な響きを帯びていた。
なぜか、俺はその言葉にすべて従った。
微塵の疑いも抱かなかった。
案の定、顔を上げて相手を見ようとしなければ、痛みは治まった。
水面に映る影を見るが、そこには銀糸で織られた絹のようなものしか見えない。
「手短に話すわね! あなたはもう死んだのよ」
「?!」
「ちょっとした理由があって、あなたは賃貸アパートの自室で死んでしまったの。でも、私にはあなたの助けが必要だから、復活させてあげたわ」
「……そうですか」
「私が恨めしい?」
彼女の口調には、どこか茶化すような響きがある。
そこには惜別も悲しみも一切なく、まるで他人事のようだった。
「うーん……そう言われると、腹を立てるべきなんだろうとは思いますけど。よくよく考えてみれば、失うものなんて何もなかったし、別にいいですよ」
未来の見えないあんな人生に、価値なんてなかった。
死んだなら、死んだで構わない。
「ふふふっ」
相手が笑った。
その声は、下校を告げるチャイムのように心地よく響いた。
「では……あなたは神様、いえ、女神様なのですか? 俺に何をしてほしいんです?」
「聞き分けのいい子は好きよ。とても気に入ったわ!」
「あなたを異世界へ送ってあげましょう。埋め合わせとして、一つだけギフトをあげるわ」
「何でもいいわよ。魔龍を切り裂く宝剣でも、金貨が溢れ出す袋でも。それを使って向こうで暮らしていけるなら、どんな願いでも叶えてあげる!」
「俺は……」
「あ! でも私は人妻だから、私自身を景品にするのは、エ、ヌ、ジ、ー、よ! あははは!」
「……」
冗談の好きな女神様だ……。
だが、こういう細かいことを気にしない性格は嫌いじゃない。
高い地位にいながら、無能ゆえにすぐ激昂するような連中に比べれば、よっぽどマシだ。
「俺は生前、ずっと貧しい生活を送ってきました。どれだけ一生懸命働いても物価は上がる一方で……だから、食べ物がいっぱい詰まった冷蔵庫が欲しいんです。中身が自動で補充されるやつ。そうすれば、食べ物を買うお金の心配をしなくて済むから」
自分はただの凡人だと自覚している。
世界を救う力もなければ、大富豪になる野心もない。だから魔剣も金貨の袋も、俺には不釣り合いだ。
食べ物が満載で、しかも自動補充される冷蔵庫。これほど実用的で頼もしい道具があるだろうか!
未知の冒険よりも、安穏とした暮らし。それこそが俺の望みだ。
こんな幼稚で無茶苦茶な願い、女神様に却下されないだろうか……。
内心、気が気ではなかった。
幸いなことに、女神様は豪快な方だったようで、その場で快諾してくれた。
「いいわよ、あげましょう! でも注意して。それは無条件の授与ではなく、対価の交換よ」
「お金はいらないけれど、他の価値あるものをいただくわ。詳しい説明は、向こうに着けばわかるわよ!」
女神様がそう告げた直後、俺の体は鮮やかな緑色の光に包まれた。
いよいよ転生するらしい!
「そういえば、まだ名前を聞いていなかったわね?」
「玄徳です!」
「そう、いい名前ね! 私の可愛い子、新しい人生を存分に楽しみなさい!」
「はい!」
元気な返事とともに、俺の姿はかき消えた。
玉座の上の主は、足元のタコ絨毯を見下ろし、弄んでいた髪から指を離した。
その口元が、わずかに吊り上がる。
「ええ、せいぜい楽しみなさい」




