第22話:彼女は私の娘
「まったく、野蛮な奴だな……」
俺はそれ以上彼女とやり合う気も、弁明する気も起きず、ただその攻撃を軽がると回避した。
武神のちまきと龍の涎によって造り変えられた強靭な肉体を駆使し、軽く跳躍するだけで、八メートルの高さにある樹の幹へと着地してみせる。
「報酬は確かに受け取ったぜ、じゃあな!」
そう言い残すと、俺は二人をその場に置き去りにして、ログハウスの方へと向かって森を駆け抜けた。
その途中、俺は凄惨な戦いの跡地に差し掛かった。
三十人以上の山賊が地面に転がり、辺りはクレーターのような窪みや無数の矢で埋め尽くされている。周囲の木々もへし折れるか黒焦げになっており、どうやらここがあのメイドが戦った場所のようだった。
ざっと見渡したところ、こいつらはまだ息がある。ならば、無駄にする手はない。
「キャプチャー!」
右腕から放たれた半透明の触手が、すべての敵を瞬時に貫く。
次の瞬間、その場にいた山賊たちが『シュッ』という音と共に一人残らず消失した。
[捕獲成功:異世界人類×32、32,000ポイントを獲得しました]
システムログが表示された瞬間、俺は文字通り呆然とした。
「あの女、たった一人で、しかも素手で32人もの成人男性を叩きのめしたってのか……!?」
本当に恐ろしい……
やはり、あの日、決闘のリングで、彼女は本気を出していなかったのだ。
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それから間もなくして、俺は我が家であるログハウスへと戻り、ソファにぐったりと体を埋めた。
「【二星冷蔵庫】、オープン!」
召喚された冷蔵庫の新たな姿をじっくりと観察する。
デザイン自体は以前と変わらず観音開き(双門)のままだが、容量が150Lから210Lへと大幅にアップし、外殻の材質もプラスチックから洗練されたステンレスへと進化していた。
「……これは、新機能か? 冷蔵庫分身……眷属……聖痕……?」
パネルの文字を五分ほどスクロールして、俺はようやくそのシステム概要を理解した。
要約すると、使用者は任意の場所に「冷蔵庫分身(分体)」を一つ設置できる。この分身は冷蔵庫本体のストレージ空間とリンクしており、俺の『眷属』、つまり【聖痕】を授けられた者だけがそれを視認し、開閉することができるらしい(一般人にはシステムパネルも冷蔵庫も見えない)。
「聖痕……って、これのことか?」
手背に浮かぶあのタコの紋章を見つめながら、俺は深く考え込んだ。
「だが、肝心の眷属なんてどこで見つければいいんだ?」
どうやら女神様は、俺に組織の「ネズミ講」というか、下線を広げさせたいらしい。
「なんだか怪しいな……。これじゃまるで、邪教の教祖にでもなっていくような気分だぞ……」
しかし、見方を変えればこれは非常に利便性の高い能力だ。
例えば俺が遠出をすることになり、ピエニン商会に直接ケチャップを納品できなくなったとしても、眷属が代わりに冷蔵庫分身を開き、中の商品を取り出して商会へ売却することができる。
ミッドナイトをいつか堂々と連れ戻すだけの底力をつけるには、龍族と渡り合えるほどの武装勢力を築き上げねばならない。そのためには莫大な資金が必要であり、独自の商会を組織して商業版図を拡大していくのが最も確実な道だ。
「とはいえ……その眷属は、絶対に信頼できる相手じゃなきゃダメだ。ピエニン商会から優秀な人材を引き抜くか? ……いや、リスクが高すぎる。金で動く奴は、より高い金で俺を裏切るに決まっている」
「あるいはライトノベルの主人公みたいに、奴隷市場にでも行って一発当ててみるか? ガリガリに痩せた美少女の奴隷でも買って……いやいや、この世界に奴隷制があるかどうかも知らんのに、もしなかったら完全に行き詰まるぞ」
「あああっ、クソ! どこかに手っ取り早くて、絶対に裏切らない都合のいい人材でも転がってないものか!」
コンコンコン――。
「ん?」
誰かがドアを叩いた。客だろうか?
「いらっしゃいませ。お食事ですか、それとも……って、グレースさん!?」
扉を開けると、そこに立っていたのは紛れもない美婦人――グレースだった。
そして彼女の背後には、なぜか嬉しそうな表情を浮かべる金髪のお嬢様と、冷徹な視線をこちらに突き刺してくる例のメイドの姿があった。
なんとも奇妙な組み合わせである。
「こんにちは、ゲンタク先生! 今週分の商品を引き取りに伺いましたわ」
「……あ、はい。少々お待ちください」
俺はケチャップと砂糖を木箱に詰め、彼女らの連れてきた使用人たちと検品を行った。数量に問題がないことを確認し、互いの書類にサインを交わして取引は完了した。
「ケチャップ50瓶、砂糖140袋。旦那、数量に間違いありません!」
「ご苦労様。先に馬車へ運んでちょうだい」
「はっ!」
グレースが手を振ると、数人の部下たちがテキパキと荷積みを始めた。
それを見届けた彼女は、再び俺の方を向き、意味深な笑みを浮かべて尋ねてきた。
「ゲンタク先生とお会いするたびに、いつも驚かされてばかりですわね。……もしよろしければ、その砂糖の仕入れ先や、あの不思議な袋の材質について、少しだけ教えていただけないかしら? 私、本当に興味がありますの」
「ははは! あいにくですが商業機密ですので、お答えすることはできません。……ただ、一つだけ言えるのは、これらはすべて『天からの恵み』であり、女神様から授かった贈り物だということだけです」
「あら、お上手ですこと」
俺とグレースが互いの腹を探り合っていると、沈黙を守っていたアリアが突然口を開いた。
「ちょっと色狼、あんた普段こんな小汚い場所に住んでるわけ? うちの馬小屋よりも狭いじゃないの!」
「……」
こんな小汚い場所に住んでいて悪かったな!
文句があるなら入ってこなきゃいいだろ、そもそも歓迎してない。
というか、誰が色狼だ!? 口を慎め、この胸ばっかりデカい無脳なクソガキめ!
俺の額に青筋が浮かんだのを見たからか、後ろのソフィアが「ぷっ」と思わず吹き出した。
空気が険悪になるのを察して、グレースが慌てて割って入る。
「そうだわ! 噂によると、先生のところは宿泊以外にもお食事のサービスを提供されているとか。せっかくの機会ですし、もしよろしければ、私たちのために七人分の昼食を準備していただけないかしら? 午後にはきこりの町へ急がねばなりませんの」
「……分かりました。少々お待ちを」
俺が彼らをリビングへ案内して席につかせた後、料理の準備をするためにキッチンへ向かうと、なぜか全員が後ろからぞろぞろとついてきた。どうやら俺が料理する姿を観察したいらしい。
「私も手伝うわ」
ソフィアが自然な動作で俺の隣に立った。
俺も遠慮することなく、そのままステンレス製のボウルを彼女の手元に押しつける。どうせ今日作るのは太巻き(壽司捲)だ。工程自体は至ってシンプルである。
「まずはそこに卵を割り入れて、箸でダマがなくなるまでよく混ぜてくれ。それからフライパンに流し込むんだ」
俺はフライパンで豚肉のスライスを炒めながら、ソフィアに指示を出した。
「流し込んだら、三、四秒ごとにひっくり返す。全体が綺麗なきつね色になって、ふんわりと仕上がれば完成だ」
メイドの身のこなしは実に手際が良かった。これらの調理器具をこれまで一度も使ったことがないはずなのに、一切慌てる素振りも見せない。一目見ただけで、彼女が家事のプロフェッショナルであることが伝わってきた。
「随分と独特な形をした調理器具ばかりですのね。ゲンタク先生の故郷の特産品かしら?」
グレースが後ろから興味深そうに覗き込んできた。
俺は振り返ることもせず、淡々と答える。
「まあ、そんなところです。こちらの器具は少し使い慣れなくてね。だから自分で設計図を書いて、町の鍛冶屋に頼んで作ってもらったんですよ」
「ソフィア、そっちはもう火から上げていいぞ。皿に移して、卵を四角い長細い棒状に切り分けてくれ」
指示を出し終えた俺は、焼き上がった豚肉に特製の焼き肉のタレを絡めていく。
高温の熱にさらされた豚肉からじゅわっと大量の脂が染み出し、パチパチという心地よい音とともに、香ばしい肉の香りがたちまち室内に広がっていった。タレの芳醇な風味と合わさり、濃厚でありながらもどこか甘みを感じさせる絶妙な香りが鼻腔をくすぐる。
すべては順調だった。――もし、隣でずっと騒がしく喋りかけてくる奴がいなければの話だが。
「ねえ色狼、あんた料理めちゃくちゃ上手じゃない!」
「色狼、あんた本当はどこか外国の宮廷料理人だったりするの? じゃなきゃ、どうしてこんなに色んなことを知っているわけ?」
「色狼、もしあんたが私に頼み込んでくるなら、私の専属料理人にしてあげてもよくてよ?」
アリアはまるで新大陸でも発見したかのように、目を輝かせてピーチクパーチクと喋り続けている。
「……」
正直なところ、このクソガキの顔面に今すぐフライパンを叩きつけなかった自分を、俺は心の底から褒めてやりたい。自分はまるで聖人の生まれ変わりではないかとすら思えてくる。
俺は火を止め、タレがよく絡んだ豚肉を皿に移した。
そして、塩漬けにしておいたキュウリのパックをソフィアに手渡し、これも同じように四角い長細い棒状に切るよう頼む。
最後に、広げた海苔の上に酢飯を薄く敷き詰め、卵、豚肉、キュウリを順番に並べていく。その上からさらに肉そぼろ(肉鬆)を散らし、マヨネーズをたっぷりと絞り出す。あとは巻き簀を使ってこれらの具材を一気に巻き上げれば、特製太巻きの完成だ。
俺は太巻きを一口サイズに切り分け、大皿に盛り付けて全員の前に差し出した。
アリアが真っ先に皿をひったくり、フォークも使わずに手で直接一切れを摘まみ上げると、そのまま口の中へと放り込んだ。
次の瞬間、彼女の両目が爛々と輝きだす。
「んんんんんッ!!!!!」
「何これ、どうしてこんなに美味しいの!?」
「私、こんなに美味しい食べ物、生まれて初めて食べたわ!」
「お嬢様。以前『ピオニー・イン』でケチャップ卵チャーハンを召し上がった際にも、全く同じことを仰っておりましたよ」
ソフィアが容赦のないツッコミを入れた。
しかし、アリアはそんな言葉など全く気にする様子もない。
彼女は再び太巻きを一つ摘まみ上げると、それをそのままメイドの唇へと押し付けた。
「あんたも食べてみなさいよ! 本当に、二度と味わえないような絶品なんだから!」
メイドは一瞬躊躇したものの、促されるままに口を開けてそれを噛み締めた。
――そして、彼女の目にもまた、驚愕の光が宿る。
「本当に……美味しいです……! 食材の組み合わせが実に素晴らしい。卵のふんわりとした柔らかさ、豚肉の濃厚なタレ、キュウリのみずみずしい甘み、そしてそれらすべてを包み込む白いご飯。……これはまるで、神にしか思いつかないような至高の料理ですわ」
「でしょ!」
なぜだか分からないが、料理を作ったのは俺であるにもかかわらず、アリアが我が物顔で自慢げに胸を張っている。
二人のやり取りを見ていた他の面々も、我先にと太巻きを口へと運んだ。
グレース:
「なんてこと……! これは間違いなく大ヒットしますわ! ゲンタク先生、この料理の権利をぜひ我が商会に譲ってくださいな! 私が保証します、これによる利益はあのケチャップ卵チャーハンにも決して劣りませんわ!」
商会職員A:
「信じられないほどふんわりしている……これ、本当にただの卵なのか?」
商会職員B:
「豚肉のタレも絶品だ! こんな味付け、今までの人生で一度も経験したことがないぞ!」
商会職員C:
「白米……に海苔、か。東方大陸の食材を使えば、これほど美味な料理が作れるのですね! 代表、すぐに本部に手紙を送り、東方大陸との交易量を拡大するよう進言すべきです!」
それからの五分間、俺はひたすら彼らの絶賛の声を聞かされ続けた。それと同時に、この世界の料理水準のあまりの低さに、どこか哀愁すら覚えてしまう。
そんな中、グレースが突然、ソフィアに向かって慎重に言葉を掛けた。
「……ソフィア。あなた、最近は元気に過ごせているかしら?」
その口調は極めて低姿勢で、商会の最高責任者としての威厳などは微塵も感じられない。むしろ、どこか娘の機嫌を窺うかのような哀願の色が混じっていた。
「普通ですわ……」
メイドは口の中の食べ物を咀嚼しながら、一度も彼女に視線を向けることなく冷淡に答えた。
「そう、ですのね……」
グレースは寂しそうに視線を落とし、それ以上言葉を続けるのをやめてしまった。
二人の間に、重苦しい沈黙が流れる。
そのひどく気まずい空気は瞬く間に周囲へと伝染し、リビングにいた全員が口を閉ざして静まり返ってしまった。
最後には、俺の方がその空気に耐えきれなくなった。
俺はまずソフィアを見つめ、それからグレースへと視線を移し、ついに喉の奥から疑問を口にした。
「……あの、お二人はお知り合いなのですか?」
「実は……この子は、私の娘なのですわ」
「えっ!?」
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