表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

17/24

第16話:ゲンタクVSミッドナイト

清々しい朝の光が差し込む中、俺は森林の官道をのんびりと歩いていた。


以前、キールから聞いた話では、この『巨木の森』は複数の領地勢力に囲まれたいわゆるグレーゾーンなのだという。

エルフなどの亜人種たちの縄張りを別にすれば、人間の陣営は主に三つ。北方の『ヨルゴス公爵領』、東南方の『エロディ伯爵領』、そして西南方の『カランドゥ男爵領』だ。

これら三つの勢力が、ちょうど森を三角形に囲むような形で位置している。


巨木の森に眠る豊富な資源を採掘・流通させるため、三人の領主は共同で巨額の資金を出し合い、数年がかりで森を切り拓いて「逆Y字型」の官道を完成させた。

この道路は非常に平坦かつ広大で、大型の馬車が二台同時に並んで走れるほどの道幅がある。

毎日、多くの商隊や旅人がこの官道を利用して、別の領地へと行き交っているのだ。


そして、俺のログハウスはこの官道のすぐ近くに建っている。だからこそ、森の深部へ入ろうとする冒険者たちの目に留まりやすく、こうして客を呼び込むことができたわけだ。


まだ昼前という時間帯のせいか、見渡す限り官道には人っ子一人いない。

少し退屈を覚えた俺は、寂しさを紛らわせるためにグラフェンを外に出し、一緒に遊んでやることにした。


「ほら、取ってこい!」

俺はそこらへんに落ちていた手頃な枝を一本、前方へと放り投げた。


するとグラフェンは、まるで鱗の生えた子犬のように目をキラキラと輝かせて猛ダッシュ。

短い四肢を一生懸命に動かして枝へ突進し、器用に口で咥えると、嬉しそうに俺の方へと引き返してきた。


「よしよし、お利口だな」

俺は屈み込んでグラフェンを抱き上げ、その背中を何度も撫でてやる。

幼龍は気持ちよさそうに目を細め、尻尾をブンブンと左右に振った。


……俺の当初の計画では、異世界で格好いい「竜騎士」になるはずだったのだが、これじゃあ完全に子犬の散歩をさせている飼い主(散歩係)だな。

いやはや、運命というのは本当に分からないものだ。


「きゅぅ、あう!」

グラフェンが抗議するように甘えた声を上げた。

「おっと、手が止まってたか? 悪い悪い」

俺は苦笑しながら、再び幼龍の背中を少し力を込めてワシワシと揉んでやる。

「お前なぁ、一応は龍族なんだから、もうちょっと骨気プライドってやつを持てないのか?」

「きゅぅん……?」

小さな相棒は綺麗な大きな瞳をパチクリとさせ、俺の言葉の意味が分からないと言わんばかりに、ひたすら俺の胸元へと頭を擦り付けてきた。


――その時だった。天を裂くような強烈な風切り音が突如として響き渡った。


ヒュオッ――!!!


直感的な悪寒に全身の毛が逆立つ。俺は刹那の判断でグラフェンを【水産養殖槽アクア・ファーム】の空間へと強制収容インし、その場から全力で前方へとダイブした。


ドォン!!!


背後で爆発音が轟き、隕石でも落ちたかのように地面へ巨大なクレーターが穿たれる。あまりの超高温により、周囲の砂土が一瞬で融解し、ガラス状の液体となってドロドロと波打っていた。


「あぶねえ……っ! あと一瞬遅れてたら消し炭になってたぞ……」

冷や汗を流しながら素早く立ち上がる。


「ふぅん、私の『爆炎弾』を初見で避けるなんて、人間の割には中々やるじゃない」


上空から、鈴を転がすような、しかし傲慢極まりない女の声が降ってきた。

見上げれば、そこには頭部から禍々しい龍角を生やした、黒髪の圧倒的な美女が不敵に浮遊していた。

その身には洗練された漆黒のボディアーマー(束身皮甲)をまとっており、要所をガッチリと守りながらも、その出色のスタイルと引き締まった腰つきをこれでもかと強調している。


彼女は背中の大きな蝙蝠コウモリのような翼を静かに折りたたむと、官道の地面へとゆっくりと着地した。そのルビーさながらの紅い瞳には、俺に対する明らかな侮蔑の色が浮かんでいる。


そして次の瞬間、彼女の姿が視界から完全に消失した。

視神経が捉えたのは、眼前に突きつけられた、大岩のような拳。


バキィッ!!!


咄嗟に両腕を交差させてガードを掲げたが、到底人間のものではない怪力によって、俺の身体は木の葉のように遥か後方へと吹き飛ばされた。


「ぐ、あああああッ!!」

地面を何度も転がり、どうにか体勢を立て直す。しかし、衝撃を受け止めた右の前腕は完全にひしゃげ、肉が裂けて白い骨が露出する凄惨な状態になっていた。激痛のあまり、目の端から涙がボロボロと溢れ出る。


俺は奥歯が砕けんばかりに噛み締め、左手で大急ぎでシステムパネルを展開。ショップから【聖なるミネラルウォーター】を購入して実体化させると、一本をラッパ飲みし、残りの数本を狂ったように傷口へとブチまけた。


シューーーッ!!!


傷口から猛烈な白い湯気が立ち上り、超高速の細胞再生ヒーリングが始まる。

一連のプロセスで合計三本のボトルを消費し、ようやく俺の右腕は元の綺麗な状態へと修復された。

驚いたことに、その間、龍族の美女は追撃してくる様子もなく、ただ興味深そうに俺の治療を眺めていた。


「『治癒の泉』か……。その魔力の波動、教会組織が使う聖水によく似ているけれど、決定的に成分が違うわね。どこか……得体の知れない歪んだ気配(邪悪な感覚)が混ざっている。ねえ人間、それをどこで手に入れたの?」

「さあね、教える義理はねえよ!」


両足に思いきり力を込め、地面を爆発させるように跳躍。俺は一瞬にして龍族の美女の間合いへと踏み込んだ。

やられっぱなしで終わる気はない。さっきの理不尽な一撃をそのまま顔面に叩き返してやる。


ブンッ!

――手応えは皆無。俺の拳は虚しく空を切った。


すぐさま顔を上げると、彼女はすでに数メートル上空へと優雅にホバリングしており、こちらを完全に見下した嘲笑を浮かべていた。

「汚ねえぞ! 卑怯に空へ逃げるな!」

「貴方も飛べばいいじゃない。……もしその背中に、立派な『羽』があるのならね!」


彼女は可笑しそうに唇を歪めると、その美しいあごを大きく開いた。その喉の奥で、全てを無に帰す漆黒の「毀滅之炎」が急速に収束していく。


「マズい……っ!」

俺はインベントリから【爆破缶詰】を六個同時に取り出し、空中の彼女へ向けて全力で投げつけた。


彼女が放った黒炎の球体と、俺が投げた缶詰が空中で正面から衝突する。


ドカァアアン!!!

バリバリバリッ!!!


凄まじい大爆発が巻き起こり、官道の一角が濃密な黒煙によって包まれた。

俺は両腕を顔の前に掲げて爆風を凌ぎつつ、全神経を集中させて煙の向こうの動向を凝視する。


だが、敵の攻撃はそれで終わりではなかった。煙を切り裂き、さらに三発の黒い火球が、正確に俺の退路を塞ぐように迫り来る。

俺はバックステップの拍子に、ある「仕掛け」をコッソリと地面の土の中へ埋め込むと、緊急回避で近くの巨大な巨木の陰へと飛び込んだ。


「クソッ、爆破缶詰でも直撃させなきゃ大した足止めにもならないか……!」

背中を巨木の太い幹に預け、心臓をバクバクと高鳴らせながら、脳細胞をフル回転させてこの怪物を打破する作戦ロジックを組み立てる。


「貴方、空間を転移させて物品を出し入れする特異な能力を持っているわね? ……私の可愛い『カリアス』をどこへ隠したの?」

巨木の向こう側から、遮るもののない彼女の声が響いた。


「カリアス……?」

一瞬、脳裏に疑問符が浮かんだが、すぐにすべての合点がいった。

「……もしかして、グラフェンのことか?」


「黙れ!!! 汚らわしい人間が、私の実の弟にそんな安っぽい名前(低賤な姓名)をつけるんじゃないわよ!!!」


ドゴォン!!! バキバキッ!!!

背後の巨木が激しく震動する。いくら直径が三メートルを超える原生林の大樹とはいえ、龍族の本気の猛攻を何度も耐えきれるわけがない。


「早くカリアスを返しなさい!」

彼女の足音と気配が、一歩、また一歩と確実に近づいてくる。


ドォン! ドォン! ドォン!

容赦のない連続の火球攻撃が巨木を削っていく。

メキメキ……と不穏な破壊音が響き、俺を護る盾(大樹)に大きな亀裂が入った。もう長くは持たない。


「……こうなったら、一か八か賭けてみるしかねえな……」


俺は決意を固め、あえて左側の空間に向けて、インベントリから【コーン缶詰】を一個、勢いよく放り投げた。


ドガァン!!!

目論見通り、投げ出されたコーン缶詰は、彼女の放った火球によって空中で一瞬にして木端微塵に爆破された。


「な、何っ!?」

金黄色の火花が四方に激しく飛び散り、それと同時にコーンの甘く香ばしい匂いが辺りに立ち込める。その瞬間、俺は一歩を踏み出し、行動を開始した。


龍族の美女が予想外の光景にほんの一瞬だけ気を取られた隙を見逃さず、俺はすかさず【爆破缶詰】を一個、彼女めがけて投げつけた。

彼女は背中の翼を広げ、再び上空へと退避しようとした。しかし、投げ込まれた缶詰が自身を直撃することなく、足元の地面へと落ちていくのを目にすると、目に見えて警戒を緩めた。

だが、これは俺のコントロールミスではない。すべては計算通りの「誘い」だった。


ドォン!!!

爆破缶詰が炸裂し、激しく土煙を巻き上げながら地表の泥を吹き飛ばす。すると、その下から俺が先ほど仕込んでおいた「アレ」が姿を現した。


「起動せよ! 【蛸ゼリー(タコゼリー)】!!!」


これこそが、あの【ビギナーズ大礼包】に封入されていた最後の秘密兵器ガジェットだ。ひとたびアクティベートすれば、巨大なタコの魔物へと変貌し、対象をその場に完全に拘束する特性を持つ。

たとえ十分間が経過すれば自動的に自壊(解体)してしまう仕様だとしても、今の俺にとってはそれだけでお釣りが来るほど十分だった。


赤紫色のゼリー状の物体が爆発的な勢いで膨張し、巨大なタコへと姿を変え、のたうつ触手で龍族の美女を瞬く間にミノムシのようにがんじがらめに縛り上げた。


「ふん! くだらない小細工を!」

彼女は不快そうに唇を尖らせ、鼻で笑った。

全身の四肢に凄まじい力を込め、力任せにその触手の束を一度は引き千切ってみせる。

しかし次の瞬間、ちぎれたはずのタコの魔物は瞬時に再生し、さらに強固な力で彼女の身体を再び捕らえた。


「くっ、忌々しい! 離しなさい、この私をっ!」

もはや、その美貌に先ほどまでの余裕や不敵さは微塵も残されていなかった。

彼女は激しく身悶えして抵抗するが、動けば動くほど、さらに強烈に締め付けられていく。


俺はこの千載一遇の好機を絶対に逃さなかった。一瞬にして彼女の至近距離まで間合いを詰めると、大声で叫んだ。

「一番水産養殖槽、解放!!!」


次の刹那、俺の左手の中にグラフェンが実体化して現れる。

それと同時に、空いていたもう片方の右手は、すでに彼女の柔らかい胸元へとしっかりと触れていた。


「一番水産養殖槽、収納イン!!!」


眩い緑色の閃光が周囲を包み込み、次の瞬間には龍族の美女の姿はその場から完全に消失していた。

標ターゲットを失ったタコの魔物は、そのまま自重を支えきれずにドロドロと崩壊し、あたりには芳醇で甘いグレープジュースの香りが漂った。


「う、嘘だろ……本当に成功しちまったのか!?」

俺は自分の視界に浮かぶシステムパネルを凝視し、信じられないといった様子で呟いた。


【一番水産:成体・黒炎龍ダークフレイムドラゴン雌性×1。残り23時間59分59秒でロック解除】


これまでの数日間、俺は様々な魔獣をこの水産養殖槽に入れようと実験を繰り返してきた。しかし、ことごとく失敗し、収納できるのは水生魔獣だけだという結論に至っていたはずだった。

だが、グラフェン、そして進化の途上にあったカササギ、さらには今回の龍族の美女。彼らはどう見ても水生魔獣ではないにもかかわらず、なぜか例外的に収納が認められ、しかも一様に「24時間のロック時間」が課せられている。


この事実は、俺の仮説が正しいことを改めて証明していた。この【アクア・ファーム(水産養殖槽)】という名前は単なるカモフラージュ(見せかけ)に過ぎず、この【冷蔵庫システム】の真の目的は、強力な生物の「遺伝子ゲノムの収集」にあるのではないか。

あの女神様は、一体このシステムを使って裏で何を企んでいるのだろうか……。


「まあ、考えてもキリがないか! ひとまず明日の解放を待つとしよう!」

俺はグラフェンを腕に抱き上げると、ひとまず自分のログハウスへと引き返した。


---


翌日。俺はログハウスの裏手にある、見晴らしの良い開けた場所へと足を運んでいた。

ここなら周囲に余計な障害物もない。もしあの龍族の美女が再び襲いかかってきても、すぐに【万能餐刀ばんのうさんとう】を起動して制圧するだけの心の準備シミュレーションは整っている。

彼女はグラフェンの大切な肉親なのだから、本音を言えばこれ以上の乱暴な真似はしたくない。だが、こちらも命がかかっている以上、背に腹は代えられないのだ。


「一番水産養殖槽、解放!!」


鮮烈な緑の光が走り、俺の目の前の地面に彼女の姿が呼び出された。

だが、どういうわけか彼女は一物もまとわぬ完全な全裸の状態で、虚ろな、生気を失った瞳のまま地面にぽつんと座り込んでいた。

数秒の後、彼女の瞳に理性の光が戻り、目の前に立つ俺の存在を認識した。


「ごめんなさい、ごめんなさい……っ! 全部私が悪かったわ……!」

龍族の美女は突然大粒の涙をボロボロと流し始めると、這いつくばるようにして俺の足元へとすがりつき、その大腿を必死になって抱きしめてきた。


「お願いだから、私を許して……!」

「頼むから……あ、あの気味の悪い場所にだけは、二度と私を戻さないで頂戴……っ!」


彼女が水産養殖槽の中で一体どれほどの精神的恐怖トラウマを味わったのかは俺には分からない。しかし、あの高慢だった最強の龍族がここまでボロ雑巾のように泣き崩れる姿を見て、俺の胸の奥がチクリと痛んだ。


「本当に……怖かったのよぅ……っ」

少女は俺の胸にその顔を埋め、子供のように小さな声でしゃくり上げていた。


「もう大丈夫だ。何も怖がることはないよ」

俺は彼女の細い背中を、落ち着かせるように優しく何度も叩いてやった。

いつしか、彼女の小刻みに震えていた身体から、すっと緊張の糸が抜けていくのが分かった。


その夜、俺たちは焚き火を挟んで本当に多くのことを語り合った。

彼女は、自身の年の離れた愛おしい弟のこと、そして自分たちの故郷や家族の思い出を少しずつ話してくれた。

俺もまた、自分がこの世界にやってきてから目にしてきた、様々な景色や人々との出会いを語って聞かせた。


ふと気づけば、木々の隙間から差し込む森の外の空が、うっすらと白み始めていた。


「ゲンタク……」

「ん?」

「……ありがとう」


少女は愛おしそうに、その額を俺の胸元へとトントンと軽く預けてきた。


「そういえば、君の名前を聞いていなかったな」

「ミッド……ナイト……よ」

「ミッドナイトか……。静かで、とても良い名前だ」

「ああ……すごく疲れた……ちょっと……休ませて……」

「もし少しでも『面白い』『続きが気になる』と思ってくださったら、ページ下部の【☆☆☆☆☆】から評価やブックマークをいただけると、執筆の励みになります!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ