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第15話:俺の弟はどこだ?

俺は手早く皿やカトラリーを片付け、ログハウスの頑丈なドアに鍵をかけると、『白銀のシルバー・ウィングス』の面々と共に街への帰路に就いた。

彼らの背負い袋には、これでもかと燻製にされたボアの肉や骨がぎっしりと詰まっているため、行軍の速度はお世辞にも早いとは言えなかった。

普段の俺の足なら三時間もあれば着く道のりだが、結局、伐木鎮(きこりの町)の城門が見えるまでに六時間以上を費やすことになった。


しかし、その道中は退屈とは無縁だった。俺は彼らと絶え間なく言葉を交わし、この世界の様々な情勢インテリジェンスを吸収すると同時に、『白銀の翼』という小隊の絆をより深く理解していった。


「へぇ、お前らって幼馴染だったのか?」

一歩先をルンルン気分で歩いていた茶髪のキールが、振り返って嬉しそうに教えてくれた。


「そうなんすよ! 俺とニクス、それからガルヴァは全員この伐木鎮の生まれでね。ガルヴァは俺の従兄いとこで、実家も隣同士だったんだ」

「ガハハ! キールの奴、ガキの頃から『俺は絶対に最強の冒険者になるんだ!』ってうるさくてなぁ」

ガルヴァが豪快に笑う。


俺は少し後ろを歩いていたレオンとシルヴィアに視線を移した。

「二人は? キールたちとはどうやって知り合ったんだ?」


レオンは背負い袋のベルトを少しきつめに締め直しながら、苦笑混じりに答えた。

「私は三年前、この街に移住してきたのですよ。それまでは首府の『テオ』に住んでいました。本来なら軍に志願するつもりだったのですが、公爵様が前線の戦局を有利に進めるために志願兵の門戸ハードルを上げてしまわれましてね。私のような新兵上がりの没落貴族は、巨木の森で冒険者として泥をすする方が、手っ取り早く生計を立てられるというわけです」


「……色々と苦労してるんだな」

元貴族の血筋を引いているだけあって、その端正な容姿や洗練された物腰は一級品だ。それなのに、生きるためにこうして辺境のド田舎で汗を流している。俺はレオンに対して、ほんの少しの同情を禁じ得なかった。

だが、当の本人は至って前向きだった。


「まあ、そう悪くもありませんよ。私は運が良い方です。戦場へ駆り出された知人の中には、前線へ到着した初日にとんでもない化け物と遭遇し、一瞬で命を落とした者も大勢いますから」

「あぁ! それって『ブロンサ』のことだろ!? 大陸十強トップテンの一角にして、人馬族じんばぞくの第一勇士!」


レオンの言葉に、キールが興奮した様子で会話に割り込んできた。

「そう、まさに彼だ! 彼のような本物の怪物に比べたら、群れを成した『砕岩ボア』なんて可愛いペットみたいなものさ」

「あの英雄なら、たった一人でこの巨木の森を端から端まで蹂躙できるんじゃねえか?」

「ハハハ、違いない!」


ガルヴァまで一緒になって男たちが盛り上がり始めた。会話に入る隙を失った俺は、少し呼吸の荒くなっているシルヴィアに声をかけた。

「シルヴィアも余所から来たのかい? まさか、君もテオの出身?」


「私は、一年前にお隣の街から引っ越してきました……。こっちの方が、まだ魔法使いの仕事が見つかりやすかったので……」

シルヴィアは袖口で額の汗を拭った。その肌は少し青白い。

やはり、この長距離の荷物運び(フィジカル・タスク)は彼女の華奢な身体には堪えるのだろう。


途中で何度も荷物を半分持ってやろうかと提案したのだが、彼女はそのたびに頑なに首を振った。

『これは私の義務タスクですから。もし今日、ゲンタクさんに甘えてしまったら、明日からの私はどうすればいいのですか? だから、自分の足で背負わせてください』

シルヴィアには魔法使いとしての、そして一人のプロとしての強い矜持があった。それは一人前の冒険者になるための登竜門でもある。俺は彼女の意志を尊重し、見守ることに決めていた。


その時、横を歩いていたニクスが、そっと俺の肩を叩いた。

「……シルヴィアは……私と……それから私の母親と……三人で暮らしてる……生活費の……分担だから……心配……いらない」


住み慣れた故郷に近づいたせいか、いつになくニクスの口数が多かった。

俺は微笑みを返し、「なるほど、それなら安心だね。本当に良い仲間に恵まれて――」


俺が言葉を紡ぎ終えるより早く、正面から猛烈な勢いで突っ込んできた一つの人影が、俺の肩をがっしりと鷲掴みにした。


「ゲンタク先生ぇええッッ!!! やっと、やっと戻ってきてくれたのですね!!!」


完璧な金髪紳士だったはずの男――ローランは、かつての冷静沈着な面影を木端微塵に失い、その瞳には安堵と狂喜の涙が溢れんばかりに溜まっていた。


「っ!?」

背後にいた『白銀の翼』の面々が、一斉に目を見開いて俺とローランを交互に見つめる。


「こ、コホン! ローラン先生、ここは少し人目が多すぎます。まずは中に入って、落ち着いて話をしましょう。いいですね?」

周囲を見渡せば、俺たちはいつの間にかピエニン商會の立派な大門の前に到着していたのだ。


「それじゃあ、俺たちは冒険者ギルドへ行って依頼の完了報告をしてきます。ゲンタクさん、また後ほど!」

レオンが非常に空気を読んだ気遣いを見せ、爽やかに言ってくれた。

「あぁ、また後で!」

短い別れの挨拶を交わし、俺と『白銀の翼』はそれぞれの目的地へと足を向けた。


---


ローランに半ば引きずられるようにして応接室へと連行された俺は、彼が淹れてくれた淹れたての紅茶を一口啜った。彼はそれを見届けるや否や、またしても大慌てで部屋を飛び出していった。

俺がふかふかのソファで一息ついた、まさにその瞬間。


バァン! と勢いよく扉が開く。

ローランはその両腕に、何やら大量の書類と一つの木箱を抱え、満面の笑みを浮かべて戻ってきた。


「いやはや、大変失礼いたしました! あまりの嬉しさに感情が高ぶり、先ほどは取り乱した姿をお見せしてしまったこと、どうかお許しください!」

「いや、気にしてないさ」


彼は卓上に、厳重な鍵がかけられた小さな木箱と、一冊の分厚い帳簿を恭しく並べた。

「ゲンタク先生、お聞きください! 『ピオニー・イン(芍薬旅館)』のメインダイニングはもちろんのこと、我が商会が提携している他の二軒の高級レストランに卸した『ケチャップ卵チャーハン』が、信じられないほどの爆発的ヒット(大売出し)を記録したのです! わずか十五日間のうちに、合計で750食を売り上げました! その結果、我々が備蓄していたすべての食材――とりわけ、先生から仕入れたあの『ケチャップ』が完全に底を突いてしまったのです!」


「すでに我が商会は、領内の他の分会に向けて米や卵、香辛料といった基礎食材の大量発注を済ませており、一週間以内には続々と物資が到着する手はずとなっております。……そう、あとは先生の手元にある、あの魔法のケチャップさえあれば完璧なのです!」

そこまで一気に捲し立てると、ローランは興奮のあまりその端正な顔を俺の至近距離まで近づけてきた。

俺はたまらず、彼の額を手で押し戻す。


「分かった、分かったから! 事情は把握したから、少し落ち着けって」

「ゴホン……! 申し訳ありません、またしても取り乱してしまいました」

自身のプロフェッショナルらしからぬ醜態に気づいたのか、ローランは瞬時に衣服の襟元を正し、何事もなかったかのように冷静な「優秀な営業員」の仮面を被り直した。


俺はそれを笑って受け流し、テーブルの上の木箱を指さした。

「それで、これが俺へのマージン(分潤)ってことでいいのか?」


ローランは素早く懐から一本の真鍮の鍵を取り出し、木箱の錠前をカチャリと解錠して、その中身を俺の前に広げて見せた。


「はい! 『ケチャップ卵チャーハン』は一食につき【50マッスル銅貨】で販売いたしました。事前に締結した契約の通り、先生には全体の10%にあたる【5マッスル銅貨】が取り分として支払われます」

「今回のご請求分は750食となりますので、先生の純利益は総計で【3,750マッスル銅貨】となります。持ち運びの利便性を考慮いたしまして、私の方であらかじめ【金貨3枚、銀貨7枚、銅貨50枚】へと両替させていただきました! どうぞ、金額に間違いがないかご確認ください!」


「ふむ」


俺は木箱の中の硬貨を指先で軽く弾きながら数えた。一枚の狂いもなく、正確な金額が収められている。

当然といえば当然だ。ピエニン商会はこのヨルゴス公爵領内において最大規模を誇る大商会だ。目先のわずかな数枚の硬貨を誤魔化すために、築き上げてきた老舗の看板に泥を塗るような愚行に走るはずがない。

だが、こうしてその場できっちりと現金を検収チェッキングする行為は、商人としての基本中の基本だ。後になって「金額が足りない」「いや、確かに渡した」といった泥沼の責任問題に発展させないための、大人としての最低限のビジネス・マナーだからな。


「今回は伐木鎮(きこりの町)に三日間滞在する予定だ。その間にケチャップを200瓶ほど納品しようと思うんだが、どうかな?」

「素晴らしい! 200瓶と言わず、2000瓶でも喜んで買い取らせていただきますよ!」

「ハハ、あいにくそれほどの量になると、俺のジャケットのポケットには収まりきらないな!」


俺の冗談に、ローランも声を上げて笑った。


それからの三日間、俺は毎日ピエニン商会へ足を運び、約束通りケチャップを分割して納品し続けた。

当初の取り決め通り、ケチャップは1瓶につき【20マッスル銅貨】の仕入れ値となるため、200瓶で合計4,000マッスル銅貨。

先月分として預けていた150瓶の代金、そして「ケチャップ卵チャーハン」のロイヤリティ(分潤)をすべて合算すると、これだけで10,750マッスル銅貨の売り上げだ。


さらに、商会にテストマーケティングとして寄託していた5袋の【真・黒糖水】も、驚いたことにすべて完売していた。聞けば街の貴婦人たちの間で凄まじい口コミが広がっているらしく、こちらの取り分として【ヨギ銀貨10枚】が上乗せされた。


つまり、今回の精算で俺が手にした富は、総計して【金貨11枚、銀貨7枚、銅貨50枚】。

異世界へ転生してわずか一ヶ月のルーキー(新卒)としては、文句なしに破格の成果だ。少しばかり鼻高々になってもバチは当たらないだろう。


(女神様、俺はそっちの期待にバッチリ応えてみせてるぜ!)


俺はぐっと胸を張り、充実感を抱きながら伐木鎮を後にした。目指すは我が拠点のある、緑豊かな『巨木の森』だ。


---


――同時刻。

伐木鎮の片隅に位置する、陽の光も届かない薄暗い路地裏を、革鎧をまとった三人の男たちが血相を変えて疾走していた。


彼らは路地の最奥――行き止まりの壁へと突き当たる。

周囲には、汚れに塗れたレンガの壁があるだけだ。

その中の一人、腕に禍々しい刺青を彫り込んだスキンヘッドの男が、周囲を警戒しながら壁の特定の位置を「コン、コン」と二回叩き、続けて左下の部分を「コン、コン、コン」と三回叩いた。


数秒の静寂の後、壁の向こう側からくぐもった声が響く。

「――斧が倒れるその前に」


それが合言葉であることを知るスキンヘッドは、すかさず言葉を返した。

「……骸骨スカルがバラバラになることはねえ」


ガガガ……と低い音を立てて、レンガの壁が内側へとスライドした。精巧にカモフラージュされた隠し扉だ。

三人は滑り込むように中へと飛び込み、扉はすぐさま元の冷徹なレンガ壁へと戻った。


暗い地下通路を突き進んだ先には、驚くほど広大なアジト(大広間)が広がっていた。

室内にはビリヤード台やダーツボード、酒が並ぶバーカウンターが設置されており、十数人の行儀の悪い男女がたむろしている。

酒を煽る者、煙草の煙をふかす者。そんな喧騒の中、中央の豪奢なソファに深く腰掛け、不遜に足を組んで静かに時を待つ一人の男がいた。


男の全身は怪しげな陰影に覆われていたが、衣服から露出した丸太のような太い太ももには、一目でそれと分かる強靭な筋肉が爆発そうに凝縮されている。周囲の構成員は誰も彼に近づこうとはしない。


三人の男たちは小走りでその御前へと進み出ると、一斉に膝を突いた。

スキンヘッドが報告する。

「アニキ、例のガキが街を出ました。背負い袋を一つ持っているだけで、相変わらず他に目立った荷物は持っていやせんでした」


影の中の男――『スカル・ギャング』の頭領が、低く凄みのある声で問う。

「……あの『石炭』はどうした?」

「おそらく袋の中か、あるいはすでに森の拠点へ隠した可能性が高いかと。すぐに追っ手を放ちますかい?」


「必ず仕留めろ」

頭領がゆっくりと立ち上がると、それだけで室内の喧盛がピタリと止んだ。


「あれはただの石炭じゃねえ。……おそらく【黒炎龍ダークフレイムドラゴン】の卵だ。我が組織の密偵が、冒険者の集う酒場で情報を仕込んできた。黒炎龍には、あえて鉱山の奥深くに卵を産み落とし、煤けた煤炭の自然発熱を利用して雛を孵化させる独自の生態(習性)があるらしい」


大広間の悪党どもが一斉に耳を澄ませる。安酒と紫煙の匂いが混ざり合う空間に、緊張感が張り詰める。


「あの龍の卵を手に入れ、我が組織の戦力として手懐けることができりゃあ……」

頭領は両腕を大きく広げ、狂気を孕んだ高笑いを上げた。

「……俺たちスカル・ギャングが、あの忌々しい『巨斧幫グレートアクス・ギャング』を叩き潰し、この伐木鎮の絶対王者に君臨できるんだよ! ハハハハハ!」


その野望に同調するように、手下たちも一斉に下劣な声を上げて笑い出す。


――その時だった。

背後から、冷徹で、かつ鈴の音のように澄んだ、しかし絶対的な強者の「女の声」が割り込んできた。


「……今、私の弟がどこにいると言った?」


「あぁ!?」


衆人が振り返る間すらなかった。

突如として現れた、漆黒の鋭い「鱗」に覆われた一本の手掌が、スカル・ギャングの頭領の分厚い首根っこを容赦なく鷲掴みにした。

そして、抵抗の余地すら与えず、そのまま直下の床へと力任せに叩きつけた。


――ドゴォン!!!


鉄のように頑強な木製の床板が一瞬にして粉砕され、周囲の地面に蜘蛛の巣状の巨大な亀裂が走り抜ける。頭領だったモノは、声を上げることもできずに白目を剥いて埋まっていた。


空間そのものが凍りついたかのような完全な静寂(石化状態)。悪党たちは、指先一つ、睫毛一つ動かすことすら許されない圧倒的なプレッシャーに直面していた。

立ち上る煙塵の向こう側から、爛々と輝く「赤紅色の双眸」が、彼らを見下ろしている。


縦に裂けたスリット状の瞳孔スリット・アイ。それは断じて、人間が持っていい眼球ではなかった。


「……私の、弟は……どこ?」


彼女の凍てつく一言には、慈悲の欠片も存在しなかった。

極限の恐怖の中、一人の構成員が窒息寸前の声をどうにか絞り出した。


「も、森だ……っ! 余所者のガキが、あの卵を持って森の奥へ向かいやがった……!」


彼がすべてを吐き出した瞬間、周囲を圧殺していた魔圧がふっと霧散し、悪党どもはその場に崩れ落ちて激しく咳き込んだ。


「そう、森ね……」


ドパンッ!!!

謎の美女が軽く床を蹴った瞬間、アジトの頑丈な天井が木端微塵に突き破られた。

彼女は伐木鎮の上空へと一瞬で飛翔する。その背中には、夜の闇を溶かし込んだかのような巨大な蝙蝠コウモリ型の「翼」が堂々と広がっていた。


その細い身体から、神罰にも等しい圧倒的な威圧オーラが吹き荒れる。

狂風が咆哮し、大気が激しく鳴動した。

彼女が小さく口を開き、一閃の「龍息ドラゴン・ブレス」を直下のアジトへ向けて吐き出すと、スカル・ギャングの拠点だった建造物は、一瞬の閃光と共に消滅し、ただの灰の山へと変貌した。


「火事だァアア!」

「何が起きた!? 水を持ってこい!」


眼下でアリのように右往左往する人間の騒乱など一瞥もくれず、彼女はただじっと、遥か遠方の景色を見つめていた。

そこにあるのは、鬱蒼と生い茂る緑の魔境。


森林もり……、外地人よそもの……」


フッ!!!

巨大な翼が猛然と一煽りされる。次の瞬間、彼女の美しい影は天空の雲海の中へと完全に消失し、その行方を追える者は誰もいなかった。

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