第13話:冒険者小隊『白銀の翼』
「あいつら、あっちへ行ったぞ! 急いで追え!」
「おう!」
弓矢を背負った一人の冒険者が樹の梢に立ち、眼下に向かって大声を張り上げた。
その合図を聞くやいなや、地上にいた彼の仲間たちは、落ち葉でカモフラージュされたマントを素早く脱ぎ捨て、武器を手に取ると指示された方向へと猛然と駆け出した。
彼らの前方では、もうもうと激しい土煙が巻き上がっている。それは、今まさに必死の形相で逃走を図っている山猪の群れだった。
一頭一頭の体格は、ゆうに地球の軽自動車ほどもあり、全身を硬そうな褐色の毛皮で覆われている。その口元から突き出た牙は、鋼鉄製の短剣にも匹敵するほどの鋭利さと輝きを放っていた。
そして俺は、そのすぐ近くにある崖の上から、事の顛末をじっと見下ろしていた。
「……そろそろだな」
俺は躊躇なく崖の上から飛び降りた。かつて【武神のちまき】によって極限まで改造されたこの強靭な肉体を駆使し、凄まじい衝撃を殺しながら崖の斜面へ硬々と着地する。
そこから、いくつかの跳躍を軽々と重ねるだけで、俺は地上を走る冒険者たち全員を一瞬で追い抜き、彼らのさらに前方へと回り込んだ。
着地と同時に、俺は手元にあった三つの「爆破缶詰」のプルタブを素早く引き抜き、猪の群れの真っ芯へと力任せに投げつけた。
――ドカン! ドカン! ドカン!
連続した爆発が激しい土煙を巻き上げ、簡易的な土の壁を作り出す。その衝撃に、群れの殿を走っていた三頭の山猪が完全に肝を潰した。
彼らは咄嗟に進行方向を反転させ、左側のルートへと逃げ込んでいく。
「キール! あいつら二手に分かれやがった! どっちを追う!?」
銀色の軽鎧に身を包んだ剣士が、上空に向かって怒鳴り散らす。
「左だ! あっちの先は行き止まり(デッドエンド)になってる!」
樹の梢から軽やかに飛び降りた弓兵のキールが、そのまま地上部隊の列へと合流した。
彼らがその三頭の山猪を仕留めるために追跡を開始したのを見届け、俺もまた、残りの本隊へ向けて一気に勝負を仕掛けるべく行動を開始した。
俺は一際大きな跳躍で猪の群れを飛び越え、彼らの進路を完全に塞ぐ形で正面に立ちはだかった。そして、即座にシステム画面を展開する。
「【水産養殖槽】:一号水産――オープン!」
視界を遮るほどの眩い緑色の光が弾け、その中から西瓜ほどの大きさをした生命体が姿を現した。
それは、まだ幼い一頭の黒龍だった。俺はこいつに『グラフェン』という名前を付けている。
二週間前、こいつを初めて水産養殖槽からロック解除した際、真っ先に俺がしてやった記念すべき命名だった。
「グラフェン、咆哮だ!」
幼龍がパチリと両目を開く。その赤紅色の瞳から、鋭い眼光が放たれた。
「――グルァアアアオオオッ!!」
神の領域に最も近いとされる最強の生物、龍族。その幼子が放った圧倒的な『龍の威圧』が、物理的な衝撃波となって四方へと吹き荒れた。
さすがにこの規模の魔獣の群れを完全に気絶させるまでには至らないが、彼らの動きを二、三秒ほど完全に硬直させるには十分すぎる効果だった。
そして、百戦錬磨の俺が、この千載一遇の好機を逃すはずがなかった。
「キャプチャー(捕獲)!」
俺の右腕から、半透明の触手が目にも留まらぬ速さで射出され、動きを止めた猪の群れへと直撃した。
サイズの大少にかかわらず、その場にいたすべての山猪が触手によって一瞬で貫かれ、まるで数珠繋ぎのように一串に束ねられていく。
再び、鮮烈な緑色の光がフラッシュした。
【捕獲成功:砕岩ボア×18。9,100ポイントを獲得しました】
「やったぜ! グラフェン、大成功だ!」
俺は小さな幼龍を愛おしく抱き上げると、その場で何度も嬉しそうにくるくると回った。
グラフェンも俺の喜びが伝わったのか、喉を鳴らしながら「キィ、キィ」と愛らしい声を上げて笑っていた。
こうして無事に本日のノルマを達成した俺は、手際よく周囲の痕跡を片付け、グラフェンを連れて自らの「拠点」へと帰還した。
そこは、お世辞にも立派とは言えない簡素なログハウス(丸太小屋)だった。巨木の森に足を踏み入れた二日目、引退して街へ移住したがっていた老猟師のおっさんから買い取った物件だ。
代価として支払ったのは、ヨギ銀貨1枚と、【冷蔵庫システム】から購入した最高級のスコッチ・ウイスキーを三本。
俺はここを、森を行き来する冒険者たちのための小さな私設宿に改装しようと考えていた。いくら天選の子とはいえ、24時間年中無休で魔獣を狩り続けるわけにはいかない。
こうして身体を休めている暇な時間に、ちょっとした外貨を稼げる手段があるなら、それに越したことはないからな。
小屋は二階建ての構造になっており、一階が広々としたリビング兼食堂、二階には二つの寝室がある。
俺は室内を綺麗に掃除し、近くの樹を切り倒して作った手製のシンプルなテーブルと椅子を一階に並べた。
現在の俺の宿泊客は、先ほど森で見かけた五人組の冒険者小隊『白銀の翼』だ。彼らと俺自身を合わせると、二階にある二つの寝室はちょうど満室になる計算だった。
他人に余計な猜疑心や、最悪の「強奪」の引き金になりかねない貪欲さを抱かせないため、客が滞在している間、俺はグラフェンを必ず水産養殖槽の中へと格納するようにしていた。そして朝になり、冒険者たちが揃って狩りへと出かけたのを見計らってから、ようやく外へと出してやる。
これが最も安全で、最も確実な管理方法だった。
グラフェンはすでに、俺にとってかけがえのない大切な家族だ。何があっても、こいつを失うようなヘマだけは絶対に犯さない。
あっという間に時間は過ぎ、時刻は午後四時を迎えた。
「そろそろあいつらも戻ってくる頃だな……」
俺は独りごちながら【冷蔵庫システム】を起動し、必要な食材の購入を開始した。
今夜のメニューは「シーフードグラタンパスタ」に決定だ。
鍋にたっぷりの湯を沸かし、パスタを投入して茹で始めたその時、入り口のドアがパッと勢いよく開いた。
「ゲンタクさん、ただいま戻りました!」
快活な男の声が室内に響き渡る。
それに続いて、ゾロゾロと何人もの足音がログハウスへと流れ込んできた。
「おかえり。先にお風呂を済ませてきなよ、あと一時間もすれば夕飯ができるから!」
俺は振り返ることなく、手元のフライパンでみじん切りにした玉ねぎとにんにくをリズミカルに炒め続けた。
「うわ、めちゃくちゃいい匂い! 今夜は何を食わせてくれるんすか?」
バシッ! と、俺の肩に見覚えのある逞しい腕が回される。茶髪に緑の瞳が特徴的な青年、キールだ。
彼は相変わらず、距離感の極めて近い人懐っこさで訊ねてきた。
「キール、お前は少しは礼儀というものを弁えろ! ゲンタクさん、作業の邪魔をしてしまい大変申し訳ありません!」
銀色に輝く軽鎧をまとった剣士のレオンが、キールの首根っこをひっ掴んで俺から引き離し、深々と頭を下げた。
「えぇー、いいじゃんかよ。俺たちもう友達だろ?」
口では不満たらたらなキールだったが、レオンの力には逆らえず、そのまま大人しく近くのソファへと連行されていった。
俺は思わずクスリと笑い、フライパンへ細かく刻んだトマトを投入しながら、その横にいた立派な不精髭を蓄えた巨漢の戦士に声をかけた。
「ガルヴァさん、本日の収穫はいかがでしたか?」
「いやあ、上々だよ! 例の『砕岩ボア(さいがんボア)』を三頭も仕留めることができてね。あとは明日、馬車で街まで運べば今回の依頼はコンプリート(達成)さ」
ガルヴァは自慢の顎髭を満足そうに撫でさすり、顔いっぱいに破顔した。
「だけどさ、あのエリアには俺たちの他にも狩りをしてる小隊がいたみたいなんだよね。みんなも見たでしょ? 地面が突然爆発したの」
キールが不思議そうに仲間に問いかける。
ガルヴァは特に気にする風もなく、「まあ、今さらそれを詮索しても意味はないさ。何はともあれ、俺たちは十分な獲物を得られたんだからな!」と笑い飛ばした。
俺は彼らの会話を背中で静かに聞き流し、あえて口を挟まなかった。
実を言うと、俺は彼らにとても感謝しているのだ。もし彼らの先導がなければ、この世界にきてまだ日の浅い俺が、これほど迅速に森の奥で魔獣(獲物)の生息地を見つけ出すことなど不可能だった。
自分の本当の実力を彼らに明かすわけにはいかないが、その代わりに、この地球の極上料理で彼らの心と身体を芯から癒してやろう――。
俺は心の中でそっと呟いた。
「あ、そうだ。ゲンタクさん、これ俺たちからのささやかなお裾分けです。ボアの肉の一部を取り分けておきました。燻製にでもすれば、かなり長持ちしますから」
レオンが大きなバナナの葉で丁寧に包まれた塊を、俺の調理台の脇へと置いてくれた。
「ありがとう、レオン!」
俺はレオンに感謝を述べると、おもむろにケチャップをボトルごと豪快にフライパンへ注ぎ込み、さらに砂抜きしておいたアサリを加えて一気に炒め合わせた。
「あ……あの、何か……手伝えることは……ありますか……?」
すぐ傍らから、消え入りそうなほど小さな声が聞こえた。
振り返ると、そこには小柄な少女が立っていた。彼女は身体のサイズよりも一回り大きな黒いローブを羽織り、手には年季の入った木製の魔法杖を握りしめている。
俺は彼女の頭を優しくポンポンと撫で、笑顔で答えた。
「ありがとう、シルヴィア! でも、ここは俺一人で十分回せるから大丈夫だよ。女の子たちは先にお風呂へ行ってきな。ニクス、彼女のことを頼んだよ!」
俺は少し離れた場所で待機していた、黒いボディスーツをまとった黒髪の女暗殺者に向かって声をかけた。
ログハウスの裏手には、俺が突貫工事で作った簡易的な浴室がある。水瓶に溜めた冷水を身体に浴び、一日の汚れを綺麗に洗い流すだけのシンプルなものだが、ここは前線の野外だ。誰一人として不満を漏らす者はいなかった。
ニクスは無言でコクリと頷くと、シルヴィアの手を引いて浴室へと向かった。
俺は手の動きを止めることなく、極めて手際よく調理の最終工程へと移る。
アルデンテに茹で上がったパスタを鍋から引き上げ、ソースの絡んだフライパンへと投入。さらに殻を剥いたプリプリの鮮蝦を加え、全体を力強く煽りながら馴染ませていく。
最後に、仕上がった食材を均等に六つの磁器の器へと盛り付け、表面を覆い尽くすほど大量のチーズを振りかけると、そのまま特製のオーブンの中へと滑り込ませた。
――一時間後。
すっかり入浴を終えてさっぱりした一同に向けて、俺は声を張り上げた。
「みんな、ご飯ができたよ! 今夜のメニューは『シーフードグラタンパスタ』だ!」
「よっしゃあ! 腹が減りすぎて死にそうだったんだ!」
キールが一番乗りのロケットスタートで食卓へと突撃し、スプーンを引っ掴んだ。
「これまた聞いたこともない珍しい料理名だな。レオン、お前の故郷はテオだったろ? あちらの宮廷料理か何かで、こういうものを見たことはないか?」
ガルヴァが不思議そうにレオンに尋ねる。
レオンは首を横に振り、「いや、ないな。少なくとも私がこれまで渡り歩いてきたどんな名店でも、これに類似した料理は見かけたことがない」と答えた。
「美味しければ……それでいい」
ニクスがいつもの無表情のまま、フォークでパスタを器用に巻き取り、そっと口へと運んだ。
その至極真っ当な言葉に、キールが激しく同意する。
「全くだ! 旨けりゃ何でもいいんだよ! 細かい能書きなんて必要ねえ!」
「ゲンタクさん、ありがとうございます……! いつもこんなに美味しいお料理を作ってくれて……」
シルヴィアの口元には、少しだけ赤いトマトソースがちょこんと付いていた。彼女ははにかむような愛らしい笑顔を浮かべる。小隊の最年少メンバーとして、彼女のこういう仕草は本当に微笑ましく、庇護欲をそそられる。
「ははは、みんなが喜んでくれたなら作った甲斐があったよ! でもな、いくらそうやって俺を褒めちぎったところで、宿泊費の割引は一切しないからな?」
俺は後頭部を掻きながら、おどけた調子で言ってみせた。
「ハハハハハ!」
その場にいた全員から、ドッと温かい笑い声が沸き起こる。
俺は窓の外に広がる、静まり返った巨木の森の夜色をふと見つめた。
……こういう穏やかな日々というのも、悪くないな。もしできることなら、この時間がずっと、いつまでも続いてくれればいいんだが――。
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