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第12話:強盗

ローランの表情を見るに、カササギが突如として目の前から消え去ったことに相当驚いているようだったが、彼はそれ以上何も深くは追及してこなかった。

おそらく彼の目には、俺という存在が「懐から無限に様々な商品を取り出すことができる、底知れない魔術師」か何かに映っているのだろう。

認めざるを得ないが、商人として彼は本当に優秀だ。己の動揺を完璧にコントロールし、余計な詮索をしない。これほどの自制心は、地球の多くの大人たちでさえ持ち合わせていないものだ。


その後、ローランが手配した五人の料理人たちが到着し、俺は再び厨房を借りて「ケチャップ卵チャーハン」の調理手順を実演してみせた。

ひと通りの伝授を終えると、俺はその日のうちに宿へと戻った。


それからの数日間、俺は毎日少しずつ時間を作ってはピエニン商会へ足を運び、あえて小出しにしながらケチャップを納品し続けた。

自分が一度にどれほどの数量の商品を呼び出せるのか、彼らに手の内を明かしたくなかったからだ。

情報とは、それ自体が強力な武器になる。俺の能力について相手に適度な誤解を植え付け、冷蔵庫システムの本当の出力を隠蔽しておくことは、今後の交渉において間違いなく俺の優位に働くだろう。


そして、俺がこの伐木鎮(きこりの町)に到着してから七日目の朝。

再びピエニン商会を訪れた俺は、まとまった量のケチャップをドサリとテーブルに置いた。これで通算150缶目だ。

現在、俺の手元に残されているシステムポイントは「6,120ポイント」。……よし、そろそろ動き出す時が来たな。


俺は向き直り、目の前の金髪紳士に声をかけた。

「時に、ローラン先生。事前に一つ、伝えておかなければならない事があるんだ」

「おや? 何か問題でも発生いたしましたか?」

ローランが少し意外そうに眉を上げる。


「俺がこの町にやってきた本来の目的は、冒険者として身を立てるためなんだよ。貴殿の商会との取引は、あくまで副業に過ぎない。だから俺は明日から、しばらく『巨木の森』へ遠征に出ようと思っている。今月末、チャーハンの売り上げを精算するタイミングになるまで、ここには戻らないつもりだ」


伐木鎮に腰を落ち着かせてから一週間。この間、俺はただの一匹も新しい魔獣を狩っていない。

このまま森へ入らず、魔獣を捕獲してポイントを補充することを怠れば、来月にはピエニン商会に十分な量のケチャップを納品できなくなる。

そうなれば、ポイントとマッスル通貨の供給源がどちらも完全に断絶し、俺はせっかくの「天選の強者」から、ただの無力な一般人へとあっという間に逆戻りしてしまう。

そんな最悪のシナリオだけは、絶対に阻止しなければならない。


「えっ!? ですが、先生が残していかれたケチャップがすべて底を突いてしまった場合はどうすれば……? 我々には先生の他に、この調味料を仕入れるルートが存在しないのです!」

「その時は、客に向かって『完売御礼、またの入荷をお楽しみに』とでも言っておけばいいさ」

「しかし……!」

なおも食い下がろうとするローランに対し、俺はそっと手をかざして彼の言葉を制した。


「ローラン先生。厳密に言えば、俺も一人の商人だ。金を稼ぎたいという気持ちはもちろんある。だがな、人生のすべてが『金儲け』だけになってしまったら、そんな生き方はあまりにも空虚だろ?」

「金を稼ぐというのは手段に過ぎない。それを使って自分の生活を充実させ、毎日を楽しく過ごすこと。それこそが真の目的一のはずだ」

「それに、物以稀為貴(ものは少なきを以て貴しとなす)――『希少価値』という言葉の意味は、商人のあんたなら耳にタコができるほど知っているはずだ。もしこの料理が毎日、無限に供給されるようになってみろ。その価値は一晩で地に落ちるぞ」


「……おっしゃる通りですな」

俺の整然とした大人の論理を聞かされ、ローランは完敗したと言わんばかりに苦笑いを浮かべた。


「そこでだ。実はもう一つ、お前の商会に販売を委託したい新商品があるんだ」

「ほう? それは一体どのようなもので?」


俺はジャケットのポケットから、地球のA5サイズほどにパッケージングされた特殊な袋を取り出し、封を切って中から黒褐色の長方形の結晶体――「ブロック」を取り出すと、それをローランの手元へと滑らせた。


「これは特殊な製法で作られた糖の結晶、いわば『糖磚とうせん』だ。熱い湯に溶かして飲むことで【真・黒糖水】となる。……こいつはな、見ようによっては人間の社会構造すら変えうる力を持っているぞ」


「しん……こくとうすい?」

ローランは頭の上に大量の疑問符を浮かべ、たかが砂糖水が人間の社会をどう変えるというのか、全く理解できないといった風に首を傾げた。


「あんたも成人男性なら知っているだろう。女性には一ヶ月の周期のうち、体調を著しく崩し、時には酷い出血を伴うほど苦しむ数日間があることを」

「え、えぇ……まぁ、嗜みとして耳にしたことはございますが……」

ローランの顔がみるみる赤くなり、気まずそうに視線を泳がせる。なぜこの神聖な応接室で、若い男二人が女性の生理現象について語り合っているのか戸惑っているようだ。

しかし、次の瞬間、彼の頭の回転の速さが牙を剥いた。


「ま、まさか……それは……!」


「その通り、それに対する特効薬ソリューションだ。遥か東方の大国に伝わる、古の医学的知恵の結晶さ。その周期が始まる二日前から、一日に三回、食事のたびにこの黒糖水を一杯ずつ服用するだけで、体内に生じるあの凄まじい不快感や痛みを、劇的に軽減させることができる」

「なっ、それは真実まことですか……!?」


俺は深く頷いた。

「あぁ。出血そのものを止めることはできないが、随伴する鈍痛や体調不良を限界まで抑え込むことができる。一回の周期につき、使うのはわずか二、三塊。それだけで、その月はあの地獄のような痛みから解放され、健常人と何ら変わらない快適な生活を送ることができるんだ」

「この一袋の中に『糖磚』が六塊入っている。卸値は、一袋につき【ヨギ銀貨2枚】だ」


これは元々、女神様から貰った初期の「新人大礼包ビギナーズ・ギフト」の中に紛れ込んでいたアイテムだ。だが、俺は純度100%の男なので自分では逆立ちしても使い道がない。それなら売って金に換えてしまった方が、アイテムとしても本望だろう。


「……これほど小さな一袋が、ヨギ銀貨2枚……! それは……さすがに少々、高価が過ぎるのでは……?」

「一般平民の子供が買い食いするような、安価なお菓子スナックと一緒にするなよ」

ローランが不安そうに呟くのを、俺は鼻で笑い飛ばした。


「これは最初から、平民をターゲットにしていない。王宮に集う高貴な貴婦人、大富豪の正妻や愛妾たち、あるいは毎日命を懸けて前線で剣を振るう高階位の女性冒険者……そういった、金を払ってでも体調を維持したい重要人物(VIP)のために特別に設えられた調律食品だ。彼女たちを相手にするなら、俺はむしろこの価格でも安すぎると踏んでいるくらいだ」


システムが提供する商品、特にポイントで購入する有料アイテムの効果に関して、俺は絶対的な信頼を置いている。説明書にそう書いてあるなら、間違いなくその通りの奇跡を起こすはずだ。


「確かに……。そのような立場の方々が顧客であるならば、この価格帯はむしろ破格と言えますな……」

ローランは顎に手を当て、脳内で即座にこの街、あるいは王都における有力な女性たちの名簿を引っ張り出し、凄まじい速度でソロバンを弾き始めているようだった。


俺はその反応を気にする風もなく、さらに四つの袋を内ポケットから取り出すと、無造作にテーブルの上へ並べた。


「この五袋を、第一弾のテストマーケティングとして預ける。あんたたちが店頭で2.5枚の銀貨で売ろうが、3枚の銀貨に吊り上げようが、そこは商会の自由だ。ただし、俺の手元には一袋につききっちり2枚の銀貨を残してもらう。……よし、話は以上だ。では、また月末に会おう!」

「――お見送りいたします、先生!」


こうして俺はピエニン商会を後にし、芍薬旅館の自室へと戻って手際よく荷物をまとめ上げた。

明日、俺はいよいよあの伝説に名高い魔獣の巣窟――『巨木の森』へと足を踏み入れる。




本来、俺は巨木の森へ出発する前に冒険者ギルドへ赴き、正式に登録手続きを行うつもりだった。しかし、よくよく考え直した結果、やはりやめることにした。

理由は主に二つある。


第一に、システムポイントの価値が、この世界の物理的な貨幣を遥かに凌駕しているという点だ。

魔獣を仕留めたその場で直接ポイントへと変換してしまえば、ギルドと現場を往復する通勤時間を完全にゼロにできるだけでなく、重くてかさばる魔獣の死体をいちいち街まで担ぎ帰る必要すらなくなる。


第二に、自身のアイデンティティ(身分)の問題だ。

俺はあの女神様に直々に選ばれた、唯一無二の「天選の子」なのだ。そんな俺が、わざわざ身分を落として、明日の食いぶちにも困るような日雇い冒険者の末端に名を連ねる必要などどこにある?

せっかくリスクなく楽に大金を稼げるショートカット(近道)を見つけたのだから、それを最大限に利用しない手はない。


「苦労を買って出る奴には、一生買いきれないほどの苦労が押し寄せる」――これが、俺が前世の社畜時代に血を吐くような思いで得た、至高の人生訓ノウハウだった。


そんな、極めて合理的かつ前向きな思考に耽りながら路地を歩いていた、まさにその時。

……俺は、あっさりと包囲されていた。


「おい! 見慣れねえツラのガキ。大人しく持ってる金を全部ここに置いていきな!」


前後を完全に塞ぐ形で俺を取り囲んだ、総勢八人の男たち。俺はただ、茫然と彼らを見つめるしかなかった。

嘘だろ……。

ここ、街の城門を守る衛兵の駐屯所から、歩いて三分もかからない場所だぞ? そんな目と鼻の先で、俺は今まさに強盗に遭っているのか!?

この街の治安、一体全体どうなってやがるんだ!


「アニキ、間違いねえ! こいつだ! こいつが例の露店で、銀貨1枚も払ってあの『ただの石炭』を買い取った奴だよ。絶対に何か凄ぇお宝に違いねえ!」


猿のように痩せこけた男が、汚い指先で俺の鼻頭を指さした。

その隣に控えるスキンヘッドの男も、腰からギラリと光る短剣ダガーを引き抜き、今にも飛びかからんばかりに鼻息を荒くしている。


「へへ、それだけじゃねえ。この余所者、あのピオニー・イン(芍薬旅館)に連泊してる上に、毎日ピエニン商会へ大股で出入りしてやがんだ。懐に金が唸ってねえわけがねえ!」

「こいつを剥ぎ取れば、今夜は一晩中、酒場で上等なエールが浴びるほど飲めるぞ!」


強盗たちは口々に品定めを始め、完全に俺を「まな板の上の鯉」扱いしていた。


「おい、田舎者。お前に一つ、ションベンちびるような恐ろしい事実を教えてやろう!」

痩せ猿が、勝ち誇ったように胸を張る。

「俺たちのトップに立つこのお方はな……なんと『シルバー(白銀級)』の二つ名を持つ最強の戦士なんだよ!」


「はぁ?」

シルバー?

確か、冒険者の実力を示す最高峰の階級の一つだったか。


「アニキにかかりゃ、あの獰猛な『葉隠魔狼はがくれまろう』とだって一対一サシでタメ張れるんだわ! どうだ? 恐怖のあまり声も出ねえか? ハハハ!」

スキンヘッドが、下劣な大声を張り上げて嘲笑した。


「ふーん、そうなんだ」

俺は盛大に白目を剥いた。

お前ら、それ完全に一瞬で退場する噛ませザコのテンプレ台詞だぞ……。


その時、男たちの中で最も筋肉が盛り上がった巨漢が、重い足取りで一歩前に進み出た。

彼は丸太のような太い腕を胸の前で組み、上から見下ろすように俺を威圧した。


「聞いたか、ガキ。命が惜しければ、そのお宝と全財産をここに差し出せ。大人しく従うってんなら、五体満足で帰してやらんこともない。だが、もし拒否するってんなら……」


大漢はフンと鼻を鳴らすと、路傍に植えられていた一本の街路樹に向かって、容赦のない拳を叩き込んだ。


――ドゴォン!


直径約40センチメートルはあろうかという頑強な幹が、その一撃で派手にへし折れ、メキメキと音を立てて地面に倒れ伏した。

周囲のザコ強盗たちが、待ってましたとばかりに歓声を上げる。


「アニキ、最高にシブいっす!」

「見たかこの破壊力! これが俺たちの『力』の証明だ!」

「ハハハ! 案の定、腰が抜けて一歩も動けなくなってやがるぜ!」


巨漢は周囲の賞賛を全身に浴び、実に満足そうに頷いた。

「俺たち『スカル・ギャング』はこの伐木鎮で二番目の規模を誇る組織だ。分かっているなら――」


――ドガァン!!!


言葉の途中、男の巨体が、まるで至近距離から大口径の魔導砲を叩き込まれたかのように、凄まじい勢いで真後ろへと消し飛んだ。

地面を二、三度激しくバウンドし、そのままピクリとも動かなくなる。


「ア……アニキ……?」

「嘘、だろ……?」


さっきまでの喧騒が嘘のように、路地裏が水を打ったように静まり返った。

男たちは、俺が突き出した状態からゆっくりと引き戻した右拳を凝視し、全員が我が目を疑うような絶望の表情を浮かべている。


だがな、本当に心底あり得ないと思っているのは、この俺の方だ。

お前ら、なんで俺が「悪党の長話」を最後まで大人しく聞いてから戦闘を開始するなんて、おめでたいルールを信じてたんだ?

実戦リアルの鉄則は、いつだって「先手必勝」だろうが。


「アニキは……スカル・ギャングが誇る四天王の一人で、実力はシルバー級冒険者に匹敵するはずなのに……それを、たったの一撃で……!?」


猿顔の男が、現実を受け止めきれずガタガタと膝を震わせているが、そんなことは俺の知ったことではない。


「おい」

俺が低く短く声をかけると、その場にいた全員の肩がビクッと跳ね上がった。


「俺から身ぐるみを剥ごうとしたんだ。当然……それ相応の『覚悟』は、もうできてるんだろうな?」


俺は両手の指を組み合わせ、バキバキと小気味よい音を鳴らして見せた。

強盗たちの精神が、ついに限界を迎えて崩壊する。


「う、うわあああ! 逃げろォッ!」


彼らが文字通り最初の一歩を踏み出したその瞬間、俺の身体はすでに加速していた。


――ドゴッ! バキッ! ドカッ!


一切の道具や付与魔術を使うまでもない。ただ純粋に、かつて胃袋に収めた【武神のちまき】によって永続強化された肉体の剛拳のみで、俺は彼らを一人残らず甘美な睡魔の底へと叩き落としてやった。

全工程、わずか十秒足らず。


倒れた奴らの懐を探って財布を奪うことすら、俺は面倒に感じて放棄した。彼らが着ている服がどこもかしこも継ぎ接ぎ(パッチワーク)だらけなのを考えれば、膝で考えたって大した金を持っていないことくらい明白だからな。

俺は一瞥もくれず、そのまま彼らの間を通り抜けた。


「真面目にハロワへ行って働くのが、そんなに難しいことなのか? 救いようのないバカどもが」


両手を軽く叩いて埃を払い、俺は再び自分の旅路へと歩みを進めた。

次の目的地は、巨木の森!

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