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第9話:戦神を信仰する国

俺はピエニン商会が経営する宿屋へと逃げ込み、戦々恐々とした一夜を過ごしたが、結局のところ何事も起きなかった。


翌朝、俺は一階の食堂へと下りて朝食をとることにした。

食堂はかなり広々としており、バスケットコート二面分ほどのスペースがある。床もテーブルもカウンターも、すべて木材で作られていた。その色合いや質感からして、あの伐木場から出荷された製品なのだろう。

食事をしている客はまばらで、俺を含めても九人しかいない。他の連中がとっくに出発したのか、それともまだ起きてこないだけなのかは分からなかった。


朝食のメニューは、少量の切れ肉が入った小麦の粥と、拳大の全粒粉パン。

俺には五日間の宿泊権があるが、食事代は別料金だ。小麦粥とパンを合わせて、合計でマッスル銅貨六枚だった。


食べてみた感想は……非常に、みょうだった。

小麦粥はドロリと粘り気があり、中に入っている肉の角切りは少なくない。視界に入るだけでも六個はあった。しかし、明らかに調味の段階で失敗している。塩が少なすぎる上に、胡椒のようなスパイスが一切使われていないのだ。

そのため、肉が持つ特有の生臭さが粥のベースを支配してしまっており、ひどく鼻につく。

一方の白パンは焼きたてで温かく、香りはとても良いのだが、噛み締めても味がほとんどしない。ジャムでも添えられていれば、ずいぶんとマシになったのだろうが。


「どうやら、この世界の料理水準はあまり高くないらしいな。だからあの一杯のチャーハンにあれほど大騒ぎしたわけだ……」


この瞬間、俺は激しく後悔した。

人生経験のためなどと、わざわざ下りてきてこんな苦行に付き合うべきではなかったのだ。

おとなしく部屋に引きこもり、「冷蔵庫システム」からツナマヨおにぎりやカツサンドを取り出し、冷たい豆乳(甘さ控えめ)と一緒に味わっているべきだった。

あぁ……それこそが人間らしい、あるべき生活というものだ。


俺はそんな白昼夢を見ながら、奥歯を噛み締め、なんとかすべての食事を平らげた。


「あの……ちょっと伺いたいんだが、この近くに仕立屋か、服が買える場所はあるか?」


俺は通りかかった給仕の少年を引き止め、服屋の場所を尋ねてみた。

茶髪のその少年は、十七、八歳といったところだろうか。

彼は屈託のない明るい笑顔を浮かべ、親切に教えてくれた。

「あぁ! 宿の門を出て左に曲がって、そのまま真っ直ぐ十分ほど歩いてください。そこを右に曲がれば、すぐに見えてきますよ!」


「ありがとう!」


俺は急いで礼を言い、少年の手にマッスル銅貨を一枚握らせた。

給仕の少年は一度は遠慮したものの、最終的には嬉しそうにそれを受け取った。

俺もそのまま宿を出て、教えられた服屋へと向かうことにした。

まずはフード付きのマントか、現地の住人が着るような服を一着手に入れ、この社会にできるだけ溶け込まなければならない。何しろ、今の俺の髪色、顔立ち、服装はすべてが目立ちすぎている。


十分後、俺はその服屋の前に到着した。

正直なところ、この街の街並みはどこも似たり寄ったりだ。どの家もアイボリーイエローの壁面、ふんだんに使われた木製の支柱、そして赤褐色の瓦が敷き詰められた三角屋根で統一されている。

入り口の上に「ヴァージルの仕立屋」と書かれた、裁縫セットのイラスト入りの巨大な看板が掲げられていなければ、見落としていたかもしれない。


「いらっしゃい、ようこそ!」


扉を押し開けると、すぐに声をかけられた。

そこにいたのは、髪の白いおじいさんだった。雪のように白いシャツに濃紺のベストを合わせ、年齢は見たところ六十歳前後だろう。

手には黒い布地を握っており、ボタンを縫い付けている最中のようだった。


「こんにちは。ここに既製服は置いてあるか? 男物のセットアップと、できればフード付きのマントを一枚探しているんだが」


俺は愛想よく微笑みながら尋ねた。

するとその時、カウンターの奥からひょっこりと別の顔が飛び出してきた。ピンク色のニットを着たおばあさんで、年齢はおじいさんと同じくらいに見える。


「あら! あんた、昨日の舞台でソフィアちゃんをひっくり返したっていうよそ者じゃないの!?」


おばあさんは俺の顔を見るなり、驚愕の声を上げた。

俺は一瞬で硬直した。


「…………」


噂が広まるのが早すぎる!

どうする……今すぐ逃げるべきか……?


「まぁ、近くで見るとずいぶんと男前じゃないの! 酒場に一日中入り浸っている冒険者どもとは大違いだわ。その着ている服の仕立てや質感からして……あんた、商人か貴族の坊ちゃんでしょう?」


おばあさんはカウンターから出てくると、俺の周りを一歩、また一歩と品定めするようにぐるぐると回り始めた。

おじいさんは俺の困惑を察したようで、すぐにおばあさんを鋭く睨みつけた。


「おい、婆さん、失礼な真似をするんじゃない!」

「何さ! あんただって昨日、ソフィアちゃんを打ち負かしたのがどんな男か見たくてたまらないって言ってたじゃないの!」

「それはそれ、これはこれだ! ……お客様、失礼いたしました。先ほど、仕立て上がりの服とマントが必要とおっしゃいましたな?」

「あぁ、一般的な平民が着るようなデザインで構わない。街を歩いていても目立たないようなものがいいんだ」

「それでしたら……こちらと、こちらは、いかがでしょうか?」


おじいさんは右側の展示用ハンガーラックから数着の衣服を外し、俺の前に差し出した。

左側は白シャツに黒のベスト、右側は麻のシャツに濃紺のニットカーディガン。下半身用には黒いズボンが二本。

これらを組み合わせれば、標準的な日常着が二セット完成する。


俺はそれらを一通り試着してみたが、全体的に少しサイズが緩かった。


「ふむ……。少しサイズを微調整する必要がありそうですな。お急ぎでしょうか?」

「できれば、このまますぐに変えたいんだ。あまり人目を引きたくないので、もしよければ、ここで完成を待たせてもらってもいいだろうか?」


俺は苦笑交じりに言った。


「なるほど、そういうことでしたら、先にこちらの調整に取り掛かりましょう。だいたい三、四時間ほどかかりますが、よろしいですか?」

「あぁ、問題ない。お願いするよ」


俺が答え終えるやいなや、おばあさんが目を輝かせて割り込んできた。

「お兄さん、あんたが今着ているその服、デザインも素材も見たことがないくらい特別だわ。もしよければ、新しい服の調整が終わった後、その服を少し私たちに研究させてくれないかしら!?」


「それは……」


俺は言葉を濁し、躊躇した。

この服は女神様から授かった初期装備のようなものであると同時に、俺が現代人であるという唯一の証明でもある。

できることなら、見ず知らずの他人の手に渡したくはなかったし、ましてや分解されて研究されるなど、もっての外だった。


「服とマントの代金、三割引にしてあげるわ!」

交渉成立ディールだ!」


背に腹は変えられない……。

右も左も分からない異世界サバイバル、削れる固定費はきっちり削るのが鉄則だ。


三時間ほどが経過し、俺はマッスル銅貨に換算して都合五枚分の銀貨を支払い、新しい衣服が入った三つの大きな紙袋を受け取った。

さっそく店内の試衣間フィッティングルームを借り、黒を基調とした日常着に着替える。


シャアッ! とカーテンを開けて外に出ると、そこには油灯ランプの明かりの下で、俺のジャケットを穴が開くほど見つめている老夫婦の姿があった。


「生地の表面が極めて滑らかじゃ……。これが紡績品だとは、にわかには信じがたいのう」

おじいさんが職人の目でジャケットの表面を凝視する。


「だけど裏地はとても柔らかいわ。明らかに異なる素材を繋ぎ合わせる高度な工法ミキシングが使われているわね。保温性も……素晴らしいわ」

おばあさんが左の袖に腕を差し込み、感心したように声を漏らした。


「おい見ろ婆さん! この服、ボタンを一つも使っておらんぞ! 代わりにこの上下に滑らせる金属の仕掛け(ファスナー)で、一瞬ではめ合わせることができる!」

「じいさん! この衣服の染色技術も凄まじいわよ、色のムラが全くないわ!」


二人が代わる代わる上げる驚嘆の声を、俺はただ苦笑しながら眺めていた。結局、二時間近くも熱心に観察したあと、彼らは名残惜しそうにジャケットを俺に返してくれた。


おばあさんが三つのカップに淹れたての花草茶ハーブティーを注ぎ、そのうちの一つを俺に手渡してくれた。


「ありがとう」

礼を言って一口啜る。

ふむ……すっきりとした味わいだが、砂糖が入っていない。甘党の俺としては少々物足りないな。


「実に見事な職人技じゃ。王都の御用達の仕立屋でも、これほどの衣服を作るのは無理かもしれん」

おじいさんがハーブティーを口に含み、その目に心からの敬意を滲ませた。

すると、隣のおばあさんが呆れたように片目を細める。


「かもしれない、じゃなくて『絶対』無理よ! あなた、私が王都出身だって忘れたの? あそこの職人たちのレベルなんて知り尽くしているわよ」

「ハハ、すまんすまん!」


お互いに小突き合う老夫婦の温かいやり取りに、俺の張り詰めていた心がすっと解きほぐされていくのを感じた。


俺は笑みを浮かべ、自然な口調で切り出した。

「おばあさん、王都の出身だったんだね。もしよければ、この国について少し教えてくれないか? 俺は外海から来た冒険者でね、この土地の情報を集めているんだ」


「あら、これは失礼したわね! まだ自己紹介もしていなかったわ。私はダイナ。こっちは夫のヴァージルよ。お兄さん、お名前は?」

おばあさんが親しみやすい笑顔で言った。


「ゲンタク、と呼んでくれ」


「ゲンタク?」

ダイナおばあちゃんが夫の顔を見ると、ヴァージルじいさんも首を横に振り、聞いたことがない名前だと合図した。

どうやらこの若者は本当に遠い異国から来たらしい。この国と国境を接していない、海の向こうの国だろう。さもなければ、これほど奇妙な響きの名前を持つはずがない。


「ゲンタクさん、ここはアンドリュース大陸の西北に位置する、国名を『ロプロス王国』というの。そしてここは――戦神ケリオンを篤く信仰する国よ」


「戦神……?」


その名を聞いた瞬間、俺は右手の甲にある、あのタコの紋章(女神の呪印とも言う)にそっと触れた。気づけば、口元が不敵に歪んでいる。


神、か……。

だんだんと面白くなってきたじゃないか!


「ダイナおばあちゃん、この国の人はみんなその戦神を信仰しているのかい? そのケリオンの他に、別の神様はいないのかな?」

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