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朝食を終えると、約束通りレベッカと合流し用意されていた馬車へ乗り込む。馬車は二頭立てで車体が大きくて頑丈そうな作りをしていた。馬車の前後にはブランドンと私の護衛に任命されたアキム・グレンコが馬で並走している。少し街へ出かけるだけのつもりが、思いのほか大掛かりになってしまった。


道に積もった雪は既に少し溶け始めていて、轍の窪みは溶けた雪が水になって溜まっている。ぬかるんだ道に少し嫌な予感を覚えたが、馬車は道に車輪を取られることなくゆっくりと進んで行った。


しばらく進むと街が見えてきた。丘の中腹に開いた街の入り口には簡単な柵があり、門の手前には詰所がある。


馬車止めに馬車を停め、徒歩で街の中へと進む。グレンコが詰所の兵士に二言三言声をかける。グレンコとは顔見知りらしいその兵士は、一瞬こちらを確かめるように視線を走らせてからにこやかに微笑んで門を開いてくれた。


丸太を組んだ木造の家が立ち並ぶ街並みが広がっていた。屋根には断熱のために草や土が盛られ、小さな煙突から白い煙が立ち昇っている。


城下町も城のように無骨で頑健な造りだろうと思っていたが、素朴で穏やかな佇まいでその意外さに少し驚いてしまった。


住民たちも素朴な服装で穏やかに過ごしているように見える。私とレベッカを見ると、何人かは微笑んで軽く会釈をしてくれた。その様子から、私を領主の奥方として丁寧に扱ってくれるつもりのあることが分かった。


踏み固められた土の道は濡れているものの雪はほとんど見当たらない。隅の方の日の当たらない場所にいくらか残っているくらいで、雪を楽しみにしていたレベッカは少し残念そうだ。


「街中の雪はもう溶けてしまったのね」


「人通りがあるから踏まれたり蹴飛ばされたりしてすぐ溶けちまうんだよ」


レベッカの言葉に、グレンコが気さくに声をかける。


「がっかりしなくても、そのうち嫌ってほど見られるさ」


「エイミーもモーリスさんも同じことを言ってたわ。二人揃って雪にはうんざりだって。でも、初めて雪を見る私の気持ちを少しは分かってくれてもいいと思うわ」


レベッカがそう言うと、グレンコは大きな声で笑った。


「それじゃあ、本格的に雪が積もったら外出のお供をすると約束しよう。素晴らしい雪景色を雪を知らない人たちにぜひ見てもらわないと」


「えぇ、ぜひお願いするわ」


嬉しそうなレベッカにつられて笑顔になる。グレンコもレベッカを微笑ましい目で眺めている。ブランドンだけが無言で厳しい顔をしていた。


順調に周りの人たちと交流を深めるレベッカに対して、ブランドンはほとんど誰とも関わろうとしていないらしい。


レベッカとは多少の話はするものの、他の人たちとは必要最低限以外口をきかず、周りから少し遠巻きにされているとレベッカから聞いた。


ブランドンは真面目で不器用な性格だ。この地に馴染むことに大きな葛藤があることは容易に見て取れる。それをなんとかしろと言っても、きっと難しいだろう。


厳しい顔をしているものの、どこか所在なさげな姿に胸が痛んだ。レベッカに対する罪悪感とはまた別の物だ。


「少し街中を歩いてみたいわ」


「それでは大通りを探索してみましょう」


気持ちを切り替えるようにそう言うと、グレンコが通りを差し示した。

門から続く大通りには食品を扱う店が軒を連ねていた。道の両脇に露店が並び、商人たちがそれぞれ思い思いの品物を並べて売っている。


私たちは街の様子を眺めながらゆっくりと歩いた。


店先に並べられた商品は見慣れたものもあれば、この国特有の珍しい根菜や木の実などもある。魚の燻製や干し肉、籠に盛られた乾燥キノコ。どれも少しずつ買って帰りたい誘惑を我慢するのは大変だった。


しかし果物はほとんどなく、小さなりんごがいくらかあるくらいだ。


グレンコによるとこの辺りでは春から夏にかけて採れるベリー類と、この少し小さくて酸味のあるりんごくらいしか果物がないらしい。冬の間は干した物をフルーツの代わりに食べるそうだ。


オレンジのような柑橘類はこちらでは見たこともない聞いてレベッカがあからさまにガッカリした顔をする。きっと私も似たような顔になっているに違いない。


「まあでも、乾燥ベリーもそこそこ種類はあるよ」


グレンコが取りなすように言いながら、一軒の店を指し示した。


そこには瓶に入れられたクランベリーやビルベリーが所狭しと並べられている。乾燥したものの他にもお酒に漬けられたものもあるようだ。


「フレッシュチーズに乗せて食べるのが一般的だよ。料理長に掛け合って、蜂蜜を垂らしてもらってもいいし」


そう言われてしまっては誘惑に勝てるわけがない。レベッカと二人で様々な種類の瓶を手に取り、散々悩んで数種類の瓶詰めフルーツを購入した。


支払いを済ませたレベッカに店主が品物の入った袋を差し出す。それを受け取ろうとしたレベッカを遮って、グレンコが袋を受け取った。


「瓶詰めはわりと重いから、俺が持つよ」


「だめだ、それはレベッカに持たせておけ」


グレンコがレベッカに笑いかけたとたん、ブランドンが硬い声でグレンコに告げる。


「おいおいキャンベルさん。あんたこんな華奢なレディに重い荷物を持たせろって言うのか?あんたの国じゃそれが紳士のマナーだって言うんじゃないだろうな」


グレンコは目を細めて鼻白んだようにブランドンを見やった。しかし、ブランドンはそれに動じず、慇懃に言葉を返す。


「貴殿の仕事はアナスタシア様の護衛であろう。いらん荷物を持っていたがために初動が遅れたらどうするつもりだ」


「…っ!そんなことくらいで遅れをとるようなヘマはしねぇよ!」


「どうだかな。物見遊山でヘラヘラと買い物をしながら周囲の様子に気を配る素ぶりもない。貴殿の仕事はあくまで護衛であって、街の案内などではないはずだ。護衛であるならば護衛の仕事を全うするべきなのではないか!」


「やめなさい!」


語気荒く言い争う二人の間に割って入ると、ブランドンは静かに首垂れたがグレンコは収まらない様子でブランドンを睨んでいる。


「護衛の仕事を全うしろという言葉は、こんなところで言い争いを始めたあなたにも言える言葉ではないかしら、ブランドン?」


私がそう言うと、ブランドンはハッとしたように身じろぎした。


「周囲の様子に気を配ることが大切だと言うのなら、あなたも周りをよく見てみるべきなのではなくて?」


目の前で屈強な男が二人言い争いを始めたのだ、瓶詰め屋の店主は居心地悪そうにオロオロしているし、レベッカにいたっては少し涙ぐんでしまっている。


二人の声が店外まで聞こえていたのか、数人の街人が入り口から少し遠巻きに店内の様子を伺っているのが見えた。


「…申し訳ありませんでした」


ブランドンが絞り出すように謝罪の言葉を口にする。


「あなたが私のことを気遣ってくれていることは充分に理解しています。それでも、あなたにはもっと肩の力を抜く事が必要だと思うわ。それからグレンコ」


唇を噛み締めるブランドンに背を向けると、私はグレンコに向き直った。


「レベッカを気遣ってくれたことには感謝するわ。ブランドンは少し配慮が足らなかった。それでも、私は自分の専属護衛の二人が不仲であることを望んではいないの。理解してもらえるかしら」


「…精進します」


きっと気持ちは収まらないだろう。それでも、グレンコはなんとかそれを飲み込んだと思う。ブランドンの言葉は正論だった。


「こんな状況では街歩きはままならないわね。館へ帰ります。申し訳ないけど瓶詰めは館へ届けて頂戴。それぞれ5つずついただくわ。他にもお勧めの物があれば追加して納品して頂戴」


私がそう言うと、店主は平身低頭してそのようにいたしますと応えた。


そのまま店を出て無言で馬車止めへと向かう。先ほどまでの和やかな空気はすっかり霧散していた。

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