9
館に帰った私は、部屋にブランドンを呼び寄せた。少し慌しかったこともあるが、こちらに来てからはまだきちんとブランドンと話せていなかった。
それどころか、トリデーン渓谷でロッソに攫われた後から私はブランドンとまともに話すことをしなかった。
逃げていたのだ、自分のやらかしたことから。いい加減、そのことから目を背けるのは止めにしないといけない。
「まずは、あなたに謝罪をさせて頂戴」
叱責されるだろうと悲壮な面持ちでやって来たブランドンは、私の言葉に軽く目を見開いた。
「貴方はここに来るべきではなかった」
「…そんなことは! 私は姫様の護衛を任されたことを光栄に思っております!」
「だから尚のことよ、ブランドン」
ブランドンが、私に対して忠誠心以上の感情を持っていることは明白だった。
だからといって、伯爵家の四男のブランドンが、妾腹とはいえ第三王女の私を娶ることなど無理な話だった、本来なら。
戦場に出た私の護衛部隊に配属されたブランドンは、その働きを持ってして順調に出世し副官にまで上り詰めた。
常勝無敗。
ロッソに出会うまではそれが私たちに掲げられた呼び名であり、同時に課せられた使命でもあった。
戦場を駆る第三王女と勇猛で美しい副官。
私たちをモデルにした恋物語は、本になりオペラにもなった。
ラストは必ず、戦争に勝利して武功を立てた副官が、その栄誉を讃えられて褒賞に第三王女と婚姻するというものだ。
国民はそれが現実になることを望んだし、ブランドンもそれを期待していたのだろう。実際、敗戦さえしなければそうなっていた可能性は高い。
しかし、我が国は負けた。
ブランドンが成し遂げたかったことは、永遠に潰えたのだ。
「陛下が貴方を私の護衛に任じたのはただの嫌がらせよ」
「そんなことは…」
「あの場で退却していなければ敗戦することはなかったと陛下はご立腹だったわ」
婉曲な物言いではあったが、要約するとそういうことだ。
「いずれにせよ貴女は私を娶る機会を失い、それどころか異国の地で仇に嫁いだ私を見守る羽目になってしまった」
「…そのことに不満はございません。一生お仕えすると決めたのです」
「陛下は、貴方の気持ちを知っていてそれを利用した。でもね、ブランドン」
言いかけて、私は次の言葉を躊躇した。
「それは私も同じなの」
なぜなら私は、ブランドンを愛してなどいなかった。私への恋情で戦場で目まぐるしい働きをしてくれるブランドンを、自身の武功のために利用しただけだ。
その見返りにいずれ自身をブランドンに与えるつもりはあった。彼を信頼していたし、尊敬もしていた。唯一無二の戦友であると思っていた。
ただ、男性としては愛せなかった。
「…そのことには薄々気がついていました」
苦り切った顔でそう応えたブランドンに、私は少し動揺する。
「王家での貴女のお立場は弱かった。父君の関心を引きたくて戦場に出た貴方を、私はただ守りたかった。そのことを後悔したことはございません」
「…ブランドン」
妾腹の第三王女。父が戯れに手を付けたメイドから生まれた娘。
望まれたわけでもなく、後ろ盾があったわけでもない。何か特筆すべき才能があったわけでもなかった。
父からも他の兄弟からも捨て置かれた。私とともに離宮という名の小さな屋敷に押し込まれた母は、いつも肩身が狭そうにしていた。私たちは軽んじられていた、あの戦争が始まるまでは。
少しでも王族らしいことをと、戦争が始まってから程なくして母と兵士たちの慰問に向かった。その先で、私たちは多大な歓迎を受けた。
立場が弱いとはいえ、王族がわざわざ慰問に訪れたことを彼らはとても喜んで、すごく感謝してくれた。
私はそれが嬉しかった。
それ以来、私は一人で足繁く慰問に通うようになり、前線にも足を運ぶようになると護衛の数も増えた。
その道中で敵の斥候部隊と遭遇してそれを排除したのをきっかけに、父に謁見して褒美の言葉を賜ることができた。
その時、初めて私は自分が王族であり父の娘であると実感することができたのだ。
褒章として自分専用の部隊を持つことを許され、それ以来戦場に出ることになった。
私は浮かれていたのだ。勝利のたびに父に謁見できることに。誇りに思うと誉めそやしてくる兄たちに。勇敢な貴方には遠く及ばないと伝えてくる姉達に。
認められたつもりになっていた。
「私はここに来る必要があった。望んで参りました。今後は、姫様のお心を煩わせるようなことはいたしません」
私にそう応えるブランドンは縋るような悲愴な顔をしている。
「ここでの生活は貴方にとっては苦痛なのではなくて?」
ロッソへの敵愾心や周囲を拒絶する様子を見るに、彼がここでの生活を望んでいるようには見えなかった。
「自分にとって不都合な事実に気がついてしまったというだけのことです。今後は気持ちを切り替えます。申し訳ありませんでした」
そう言って、ブランドンは私に一礼して部屋を辞した。
私は深く息を吐くとソファに座り直した。話したいことを全て話せなかったし、聞きたいことも聞けなかった。
「なじってくれたら良かったのに」
そう呟いたあと、自分の浅ましさに乾いた笑いが漏れた。
国を捨てて私に着いて来てくれたレベッカに対する物とは違う罪悪感。
私はそれを手っ取り早く解消するために、彼になじられたかっただけだと思い至ってしまったから。




