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トリデーン渓谷での攻防戦は三か月に及んだ。終盤になると兵士たちも疲労の色が濃くなり、私自身も体力が限界だった。
少し気持ちを切り替えたかった。ほんの少し注意力が散漫であったことも否めない。
天幕から少し離れた水場に一人で水浴びに向かったことは、完全に私の誤りだった。
少し離れているとはいえ、自軍の野営地内ではあった。騒がしくしている兵士たちの声も聞こえていた。
そんな中に、ロッソは潜んでいたのだ。音もなく後ろから近づいた彼に羽交締めにされ、そのまま締め落とされた。
気がついたら猿轡を噛まされ、彼に担がれて敵軍の陣へ運ばれている途中だった。
「よう、気が付いたか」
彼から逃れようと身体をくねらせた私に、彼は気安い調子で語りかけた。拉致をした相手に対する態度とは思えないほど馴れ馴れしい口調だった。
「ちょっと大人しくしててくれたら、怪我のひとつもせずに帰してやるよ。明日にはこの戦闘も終わる。うまくいけばそのまま終戦だ」
そう言って、彼は人懐っこい顔でこちらに笑いかけたのだ。その瞬間、私は自国の敗北を悟った。全て私の油断が招いたことだった。
次の朝、私は麻袋に詰められて薪の上に磔にされた。
水浴びの最中に攫われ、衣服を身につけてなかった私をせめてもの礼儀として麻袋に詰められたのだろう。
磔にされた時も命の心配はしなかった。私の代わりに指揮を取っていたブランドンが、私を見殺しにするとは思わなかったからだ。そして、ロッソはそのことを充分理解した上で動いたのだ。
結果として戦闘は終わった。
「このまま薪に火をつけるか──それとも、お前らが一生忘れられないくらいの屈辱をこの姫さんに味わわせるか。どっちがいい?」
そんな光景を見たくなければ降参しろと迫るロッソにブランドンは白旗を揚げた。
ブランドンによって味方の兵はシウロの街まで退却を余儀なくされ、ロッソの隊は空っぽになったトリデーン渓谷をそのまま無血占拠した。そして、最も狭まっている場所に火薬を大量に仕掛けて崖崩れを起こし、道を封鎖してしまった。
トリデーン渓谷には我が国の主要な街道の一つが通っており、地形のために道幅が狭くなるこの渓谷を抑えられてしまうと物資の補給が大幅に滞ることになる。
結果、鉄と火薬の輸入が激減し、戦略の目処が立たないと判断した上層部によって、敗戦の受け入れが成されたのだった。
そしてそれは、私にとって生き恥以外の何物でもなかった。




