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ロードナイト卿は僅かに眉を顰めさせ、イライザ様の笑顔は少し固くなった。が、ロッソはそのブランドンの言葉に前のめりになって言い放ったのだ。


「だよなー、舐めてるよなー。まじで」


思わぬ反応に謝罪の言葉が出遅れた。ブランドンも毒気を抜かれたように呆然としている。


「カーライルに養子に入って姫さんを嫁にしろっつったのはあいつらなのに、功績がどうのとか後ろ盾がこうのとかバカじゃねーか、マジで」


「ルイジさん」


「あ、スミマセン」


イライザ様に静かに咎められたロッソは、小さく頭を下げると長椅子の背もたれに身を投げ出した。


「まぁ、そんなわけだからさ、しばらくは余計な心配せずにゆっくり過ごしてくれよ。あんたらも忙しかったろ、今まで」


「そう…ですね。慌ただしくしておりました」


戦場に思いを馳せたのは私だけではないだろう。戦禍は10年に及び、私はその半分を戦場で過ごした。それに対する労いの言葉を初めてかけてきたのが敵将だったこの男だとはなんとも皮肉なことだ。


「ここは寒さが厳しい土地だから冬の間は何にもできないらしい。春になるまではゆっくり骨を休めるといいさ」


そう言うとロッソは少し温くなったお茶を飲み干して立ち上がった。


「あんたらも敵だった国に放り込まれて不安も不満もあるだろうが、あんまり気張らなくてもいい。俺はこう見えて身内は大切にする主義なんだ」


「…身内?」


「いずれ結婚しなきゃいけないから身内だろ。あんたも不本意かも知んねーけど、まぁ悪いようにはしないさ。そこは約束するよ」


そう言うとロッソは飄々とした足取りで出入り口の方へと向かった。


「姫さんが茶を飲み終わったら部屋に案内してやってくれ。俺はそろそろ夕方の巡回に行ってくる。セド、行くぞ」



「慌ただしいやつだな。姫君をお迎えしたばかりなのに、ゆっくり茶も飲まないとは」


ロードナイト卿はぶつぶつ言いながらもロッソを追って部屋を出る。そんな二人にイライザ様は軽く頭を下げた。


「お気をつけて」


「夕方の巡回とは?」


ドアが閉まるのを待ってイライザ様に尋ねる。


「ここは辺境の地ですから魔獣の生息地が近くて、時々住処から出てきては街を襲うことがあるのです。それで、ルイジさんは魔獣が出没しやすい時間帯に見回りをして下さっているんですよ」


「魔獣ですか」


「えぇ、王都周辺ではさすがに出没は稀でしょうが、この辺は多くて。それでも魔獣から取れる牙や毛皮は高値で売れますから貴重な産業でもありますね」


壁のあちらこちらに魔獣のものと思しき角や牙が飾られていたのを思い出す。足元の毛皮も魔獣の物なのだろう。イライザ様は厳しい土地だと仰っていたが、金子を稼ぐのも命懸けらしい。


前領主も魔獣との交戦でできた傷が元で身罷られたと聞いていた。後任がなかなか決まらなかったのも、ロッソが送り込まれたのもそれ故なのだろう。


「そろそろお部屋にご案内いたしましょう。長旅でお疲れでしょうし、本日はゆっくりお休み下さいませ」


「お心遣い感謝します」


イライザ様に案内されて私室へと向かう。廊下は薄暗く、壁に飾られている魔獣の角や牙は少し不気味に感じる。


しかし、至る所に飾られている刺繍を施されたタペストリーには少し興味が沸いた。物語の場面場面を切り取った物らしく、飾られている順番に沿って眺めれば、物語の流れが分かりそうだ。時間を見つけて少し眺めてみるのもいいかも知れない。


そんなことをつらつらと考えている内に私室についたようだ。扉を開けて中に入ると、ドアの近くにレベッカがいて、礼をして出迎えてくれた。


「お疲れさまです、姫さま」


「あなたもね、レベッカ。居心地の良さそうなお部屋ね」


案内された部屋は、廊下や応接室と比べると格段に明るい部屋だった。


壁が石造りなのは変わらないが、窓は大きくはないもののしっかりと採光できるような作りになっていて、窓からは傾き始めた太陽の光を受けて白樺の森が金色に輝いているのが見える。


部屋の片隅には重厚な作りの天蓋付きベッドが置いてあり、ベージュとモスグリーンの柔らかそうな敷布が掛けられている。裾に小さな金鳳花が刺繍されているのが可愛らしい。


年代ものらしいドレッサーと書き物をするための机があり、文具が収められた棚も置かれている。中央に敷かれた毛足の長いラグの上に長椅子とローテーブルが設置されていて、大きな暖炉には火が赤々と灯っていた。


「気に入って頂けたなら何よりです」


イライザ様がゆったりと笑って言う。


「こちらの左側の扉は衣装室と洗面室に通じております。右側の扉は夫婦の寝室に通じておりますが、今は鍵を掛けています。鍵は私が持っておりますのでご安心を」


「お気遣いありがとうございます」


ブランドンが僅かに身じろぎするのを感じたが無視をして頭を下げた。



「今日はお疲れでしょうから、夕食はお部屋までお待ちしますね。その時に、補佐でお手伝いさせていただく侍女と護衛を寄越しますのでお見知り置きください」


そう言うと、イライザ様は私たちを残して部屋を出て行った。ドアが閉まるのを確認して、そっと長椅子に腰を下ろす。


「あそこにある本棚は随分と重そうです。あれを動かして右のドアを塞ぎましょうか」


ブランドンが真顔で突拍子もない提案をしてきたため、私は背筋を伸ばして彼を見据えた。


「そのようなことは不要よ。あなたは顔と態度に色々なことが出過ぎているわ。自覚あってのことかしら?」


そう言うとブランドンは言葉を探すように視線を彷徨わせる。が、なかなか言葉が見つからなかったのかしばし沈黙してから口を開いた。


「…姫様をお守りせねばと思うあまり出過ぎた真似をいたしました。申し訳ありません」


「その態度はむしろ私の立場を悪くすると思うけど」


私の言葉にブランドンは愕然としたように目を見開く。


「あなたの実直なところは美徳だと思っています。でも、ここがどこで私とあなたがどういう立場にいるのか、もう一度よく考えて」


「申し訳ございませんでした」


首を垂れるブランドンにそれ以上言葉をかけることはせず、部屋から退出するように促した。彼のことだから、きっと私の部屋の前から動かないだろう。


実直で頑健で融通の効かないブランドン。本人は無自覚なのかも知れないが、彼の考えていることは全て顔と態度に現れてしまう。


ロッソを快く思っていないことも、この婚姻に納得していないことも、私に対して忠誠以上の感情を持っていることも。


気が付かれてないと思っているのは本人だけだ。


「陛下も酷なことを」


思わず呟くとレベッカが何か言いたげにこちらを見やった。


「ごめんなさい、ブランドンのことを言えた義理じゃないわね」


「お疲れなのでしょう。湯浴みの用意をいたしましょうか?」


「食事が終わってからでいいわ。レベッカも疲れたでしょう。あなたの部屋への案内は済んでいるのかしら」


「まだですが、左の扉を出たところに侍女用の待機室がございました」


「そう、それならあなたも食事の時間まで休んで。私もしばらく休憩するから」


「はい、ありがとうございます」


レベッカは一礼して部屋を退出する。私は長椅子の背に体を預けて目を閉じた。一人になって緊張が解けたのか、身体が沈むように重く感じられた。


酷い扱いをされなかったことに少しだけほっとしている自分がいる。


イライザ様は温厚で善良な方のようだし、ロードナイト卿は敗戦国とは言え王族である私を尊重してくれる心算のようだ。


しかし…


「ルイジ・ロッソ」


彼だけはよく分からない。


彼が戦場の悪夢と呼ばれたのは、別に勇猛だったからではない。神出鬼没でトリッキーでセオリーとは真逆の戦略で攻撃をしてくるため、対峙した相手はそれに翻弄されてなし崩し的に敗戦に追い込まれるということが多々あったからだ。


決して一騎当千の猛者ではなかった。戦いを有利に進めるために相手を利用する狡猾さと、容赦の無さと、大胆さを持ち合わせている人物というのが私の評価だった。


「なんであんな顔で笑うのよ」


私を出迎えた時の満面の笑顔が頭に浮かぶ。久しぶりに会った友人に見せるような屈託のない笑顔だった。


夜も寝られないほど憎んでいたのに。彼のせいで私の評価は一夜にして地に堕ちたのに。そんな相手に嫁がされるなど屈辱以外のなにものでもなかったのに。


彼を憎むことで、自分の心を奮い立たせてこんな僻地まできたのだ。当然、相手にも私に対して思うところがあるだろうと思っていた。


それなのに、彼はあっさりと私を受け入れて歓迎の意を示した。


「分からない」


彼の言葉は、表情は、態度はどれも私の予想を超えていた。


私は溜息を吐いて天井を仰ぎ見る。旅の疲れのせいか瞼が重い。このまま少し休もうと意識を手放すまでに時間はかからなかった。

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