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「よっ、久しぶり」


その瞬間、後ろに控えていた銀髪の男が彼の頭に稲妻のように拳骨を落とす。


「そんな挨拶の仕方があるか!」


面食らった私をよそに、彼らの後ろに整列していた騎士やメイドたちはどっと声を上げて笑っている。


「いってぇなぁー。いきなり何すんだよ」


頭を抑えて不満の声を上げるルイジ・ロッソを無視して銀髪の男は私に騎士の礼を取った。


「遠路はるばるようこそお越しくださいました。私はこの地で副官を務めておりますセドリック・ロードナイトと申します。以後お見知り置きを」


頭を上げたロードナイト卿は、私の顔を真っ直ぐに見ると切れ長の碧色の瞳を少し細めて笑顔を浮かべた。しかしその瞳の奥にはほんの少しの警戒が見て取れる。


当然だ。つい先日まで敵として殺し合いをしていたのだから。こちらとて彼らに気を許すつもりなど毛頭ない。


「そしてこちらは前ヴァーデンフェル領主夫人、イライザ・カーライル様です」


ロードナイト卿に紹介された年嵩の女性が一歩前に出た。


「イライザ・カーライルと申します。この度、ヴァーデンフェル領の新領主となられるロッソ卿の補佐を勤めさせて頂くことになりました。どうぞよしなに」


イライザ様はそう言って柔和な笑顔を浮かべると膝を折った。


前ヴァーデンフェル領主は数年前に身罷られたと聞く。領主夫妻の間には子供がいなかったので、前領主亡き後ヴァーデンフェル領はイライザ様が一人で切り盛りされていたそうだ。


国に対して新領主の制定を奏上していたらしいが戦争中であったため放置されていたらしい。


英雄と謳われたものの平民で戦場に出す以外使い所のないルイジ・ロッソを押し付けるにはうってつけの土地だったのだろう。


王家の土地を割譲する必要もなく、新たな爵位を授ける必要もない。王都からも遠く離れた貧しい領地だ。ルイジ・ロッソは排除されたのだ。


イライザ様は、押し付けられたルイジ・ロッソのことをどう思っているのだろう。そして、ルイジ・ロッソ本人はこのことに対してどう感じているのだろう。


ちらりと二人の顔を伺ってみたが、イライザ様は柔和な笑顔を浮かべたままで、ルイジ・ロッソに至ってはロードナイト卿に殴られたと思しきところを納得がいかなさそうに撫でさすっていた。


ため息が出そうになるのをぐっと堪え、私は膝を折って挨拶をする。


「お初にお目にかかります。アナスタシアと申します。こちらは、私の護衛騎士のブランドン・キャンベルと侍女のレベッカです。以後お見知り置きを」


「おぉ、あんたアレだろ。プリンセス部隊の副官やってたやつだろ」


ブランドンの姿を見留めたルイジ・ロッソがブランドンに馴れ馴れしく声をかける。そんなルイジ・ロッソにブランドンは無言のまま騎士の礼を取った。


「そんな厳しい顔して堅苦しい挨拶なんてしなくていいんだぜ。まぁ、楽しくやろうや」


「痛み入ります」


軽薄そうに笑うルイジ・ロッソに対してブランドンは表情を変えずに頭を下げる。愛想良くしろと言ったところで無理だろう。


「長旅でお疲れでございましょう。馬車の中ではさぞ窮屈であったかと。この城では気楽に過ごして頂けるよう用意させていますのでご安心下さいませ」


イライザ様はとりなすようにそう言うと背後の要塞のような建物を指し示した。


「どうぞこちらへ」


促されて歩き出そうとすると、ロードナイト卿がロッソに声をかける。


「姫君のエスコートをして差し上げろ」


「わざわざ手なんか引いてやらなくても歩けるだろ、二歳や三歳のちびっ子じゃあるまいし」


「この馬鹿者が!」


隣でブランドンがぶるりと身体を震わせる気配がしたが、その前にロッソの頭に再度ロードナイト卿の拳骨が飛んだ。


「いってぇなぁ。なんだよ、人の頭を何回もどつきやがって!」


「いいからお前はもう喋るな!」


怒鳴りあう二人に再度笑い声が上がる。


「申し訳ありません。この馬鹿は平民上がりのため今まで高貴な女性と関わったことがなく、女性に対する基本的なマナーを知りません。私とイライザ様とできちんと教育いたしますので、今しばらくのご猶予を」


頭を下げるロードナイト卿に私は頷いた。


「えぇ、構いませんわ。気になさらないで」


「ありがとうございます。僭越ながら本日は私がエスコートを務めさせていただきます。では姫君こちらに」



ロードナイト卿にエスコートされて要塞の中に入るとそこは外見の無骨さに違わず堅牢で質実剛健な内装だった。


壁も床も石造りで優美さも華美さもまるでない。床は磨き上げているものの絨毯などは敷かれておらず、窓の数も少なく採光は望めない作りになっている。


石造りの壁には魔獣の牙のようなものや毛皮などが飾られていて、絵画や美術品といったものは皆無だ。代わりに緻密な刺繍を施されたタペストリーがいくつも飾られている。


そのまま入り口からほど近い応接室に案内されたが、そこも華美なところは一切なく必要最低限のものしか置かれていない。


それでも大きな暖炉には火が入れられていて、無骨な応接机の下には毛皮が敷き詰められていて寒々した雰囲気はなかった。


「まぁ、座んなよ」


そう言ってロッソは、私に暖炉にほど近い毛皮を敷き詰めた長椅子勧めると自分はその対面にある長椅子に腰を下ろし、テーブルの上に足を投げ出そうとして


「ルイジさん」


イライザ様の柔らかな声に遮られた。


「いけね」


イタズラが見つかった子供のような顔をして素直に足を下ろす。なんだかこの人は叱られてばかりだ。彼が戦場の悪夢と呼ばれていたなど、初対面の人間なら思いもしないだろう。


「ここまで遠かったろ、疲れたか?」


私がソファに腰を下ろすのを待って、彼はそう話しかけてきた。まるで、久しぶりに会った友人に接するような馴れ馴れしい口調だ。


「いえ、大丈夫です」


お茶の手配を済ませたイライザ様がロッソの隣に座り、ロードナイト卿はその後ろに控えた。


私の後ろにはブランドンが控え、レベッカは荷物の整理のためにひと足先に私の滞在する部屋へと案内されて行った。


「まぁ、戦場に出ていたくらいだから多少の移動には慣れてるよな」


「頼もしいですわね。こちらは気候も生活も厳しい土地ですから、穏やかな暮らしをされていた方だとお辛いかも知れないと心配しておりましたの」


イライザ様の気遣わしげな言葉に、私はできるだけ明るい口調で答える。


「行軍で慣れているので大丈夫ですわ」


「それでも何かあれば無理せずに仰ってくださいね。特に冬の寒さは南部とは比べものになりませんから。それは、アナスタシア様だけではなく、ルイジさんやセドリック様にも言えることですよ」


イライザ様はロッソとロードナイト卿を交互に見ながら言う。


「肝に銘じておくよ」


ロッソは軽く肩をすくめて笑った。


「ところで、俺と姫さんとの婚姻のことだが」


ロッソの言葉に思わず身を固くする。後ろでブランドンが僅かに身を震わす気配がしたが、それには気が付かないふりをする。


「入籍するのは、まだしばらく先になりそうだ」


「何か理由があってのことでしょうか」


私の問いかけにロードナイト卿が歯切れが悪そうに答える。


「中央の方で調整に手間取っているようで」


「俺がそのままカーライル籍に入るのが納得いかないってゴネてる馬鹿がいるんだとよ」


「ルイジ、余計なことは…」


「姫さんは当事者だぞ。蚊帳の外ってわけにはいかねーだろ」


「それはそうだが…」


「詳しくお聞かせ頂きたいですわ」



私の言葉に、ロードナイト卿が不承不承といった体で話し始めた。その内容に私は呆れてため息が出そうになった。


いざロッソをカーライル籍に編入しようとした時に、救国の英雄と謳われたロッソの功績をそのままカーライルにくれてやるのは勿体無い、一旦他の家に養子に入れてからそこからカーライルに下げ渡してはどうかという案が浮上したらしいのだ。


領主不在で戦地からも遠かったカーライル家は、先の戦争には参加していなかった。そのカーライルが英雄の功績を手に入れるのは納得がいかないというわけである。


ところが、いざロッソを戦争で手柄を立てた名家の籍に編入しようとすれば、手を挙げる家が見つからない。


英雄とはいえ平民のロッソを受け入れたくない。下手に後ろ盾になって貧しいカーライル領の運営が立ちいかないと寄りかかられても困る。


そんな理由でロッソの叙爵は宙に浮いたままで、叙爵が済まないことには敗戦国とはいえ王族の私を娶ることができないため、入籍がいつになるか分からないとのことらしい。


「まぁ、そんなわけでしばらくは気楽に過ごしてくれよ」


「舐めたことを」


ブランドンが硬い声で呟いたその台詞は思ったよりも部屋の中に響いた。嗜めるように彼を見やるが、聞かれてしまったからには既に手遅れだった。

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