13
ベッドの中で、私はほんの少し寒さを感じて目を覚ました。室内は仄暗く、ひんやりしている。
熾火係はどうなったのだろう。
私は、冷える足先を自分の方へ引き寄せて、できるだけ暖を取ろうと丸くなった。
そのまま眠れずに横たわっていると、遠くから馬の嗎と蹄の音が微かに聞こえた。ロッソが戻ったに違いない。
持って行った素材は売れたのだろうか?灯芯草は買えたのだろうか?そんなことを夢うつつに考えていると、扉の軋む音がして誰かが室内に入ってきた。
『…あの男が、よからぬ気持ちを起こして姫さまの部屋に』
昼間のブランドンの言葉を思い出して、思わず身を固くする。
ーそんなはずない。そんなわけない。
小さくなって耳を澄ませていると、暖炉の方からカタンと小さく音がした。程なくして、パチパチと何かが小さく爆ぜるような音が聞こえ始め、室内が柔らかな光でほの明るくなる。
その後、扉が軋む音がして静かに閉まった。
私は詰めていた息を吐くと、そっと足先を伸ばした。室内は、ゆっくりと暖まろうとしていた。
なんとなく目が冴えて寝返りをうつ。
しばらくすると、廊下の向こうから鋲を打った靴の重たい足音が近づいてきて、私の部屋の前を通り過ぎて行った。
翌朝、レベッカが身支度を手伝いにやって来た。
「今朝はきちんとお部屋が暖かいですね」
そう言いながら、暖炉の様子を確認する。
「エイミーに暖炉を確認しておくように言われたんですよね」
暖炉の火は赤々と燃え、室内は快適な温度が保たれていた。
「昨日の夜は、熾火係が火を興しに来たのよ」
「良かったです。熾火係のあの子、キャンベル様が怖くて姫さまのお部屋に入れなかったみたいですから」
いつも通りに髪を梳きながら、彼女はどこか楽しげに口を開く。
「そういえば、キャンベル様は今日はお休みになるそうです」
「もしかして、体調でも崩したの?」
「本来のお休みの日です。あの人、休みの日もずっと姫さまに張り付いていたみたいなんですよね」
…夜も寝ないで。と、レベッカは少し困ったようにつぶやいた。
「昨日エイミーに山のように薪割りをさせられたのはご存知ですか?」
「えぇ」
「へとへとになったところに今度は差し飲みに誘われて、そのまま潰されたそうです」
そう話しながらも、レベッカはテキパキと私の身支度を整えていく。
「無理が祟ったのか、今朝は筋肉痛と二日酔いと寝不足とで動けなくなって。今はエイミーに看病されてます」
「…エイミーが止めてくれなかったら、ずっとそのままだったのかしら」
ブランドンが夜中まで私の部屋の前で護衛をしていたなんて、エイミーに指摘されるまでちっとも気が付かなかった。
私は表面的なことばかり気にして、結局なにも見えてなかったのだろう。もしかすると、ブランドンが本格的な体調不良で倒れるまで、そのことに気が付かなかった可能性もあったのだ。
「エイミーに感謝しないとね」
私がそう呟くと、レベッカはくすくす笑った。
「ええ、本当に。でも、エイミーったらキャンベル様の筋肉にすっかり惚れ惚れしたらしくて。『あれは絶品だわ』って、昨日うっとりしてましたよ」
「……筋肉?」
「はい。あと、融通が利かないところもツボだって。近いうちに落とすつもりだそうです」
「……薪割りと飲み比べで?」
私がそう呟くと、レベッカは思わずと言った風に吹き出した。
「姫様、それは恋のアプローチとしては……無しなんじゃないかと」
「確かにそうね」
そう言って笑い合えたおかげで、少しだけ気持ちが慰められた。
もしかすると、ブランドンにとっては案外幸せなことかもしれない。少なくとも、私への気持ちに執着しているよりは。
少しだけ心の重荷が取れたような、同時にそれを責めるような気持ちにもなった。
「ブランドンには、幸せになって欲しいと思っているわ」
そう思ってしまうのは傲慢だろうか。
自分で何かするわけでもなく、他人の手に解決を委ねてしまうのは。
「大丈夫ですよ!なんたって、エイミーはダメ男調教師の異名を誇る猛者ですからね。キャンベル様も立派に調教してくれますよ!」
「なんですって?」
レベッカの思わぬ言葉に、私はつい目を白黒させる。
「情けない男性を鍛え直すことにかけては、エイミーはプロだって聞きました」
良い笑顔で言い切ったレベッカに思わず吹き出してしまう。
「エイミーに任せておけば大丈夫ですよ!」
「そうね、ありがとう」
もしかすると、葛藤していたのを見透かされていたのかも知れない。元気付けようとしてくれたレベッカの気持ちが、素直に嬉しかった。
「それにしても……」
「なんですか?」
きょとんと首を傾げるレベッカにちょっとイタズラっぽく言ってしまう。
「あなたって、ブランドンのことダメ男だと思ってたのね」
「あっ!」
レベッカは、慌てたように口をおさえた。
笑い出してしまった私に、レベッカはちょっと口を膨らませてみせる。
「もーう。キャンベル様には内緒にしてくださいね!絶対ですよ」
膨れるレベッカが可愛くて、私のくすくす笑いはしばらく止まらなかったのだった。




