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食堂に行くと既にイライザ様はいらしていた。
「おはようございます」
「おはようございます。先程、家令から聞いたのですが、ルイジさんとセドリック様は朝早くに南にある領外のバザールへ出かけたそうですわ」
「バザール?」
尋ねながら席に着くと、給仕が温かいスープを目の前に置いてくれた。
「昨日、アーマードベアを解体したときに採れた素材を売りに行ってくれたみたいなの」
アーマードベアの解体は、昨日の夕暮れまでかかって大体完了したらしい。
と言っても、皮はなめすために塩漬けされているし、肉は燻製にしている真っ最中。なので、内臓と骨のみを持ってバザールに向かったそうだ。
内臓は薬の材料に、骨は好事家が購入することがあるためにまとまった値段で売れるとのこと。
そのお金で冬を越すための保存食や薪、そして灯芯草を購入するのが目的らしい。
「冬になる前だからアーマードベアは脂肪を溜め込んでいて脂がたくさん採れたのよ。半分は軟膏に、もう半分は蝋燭を作るために使うことにしたのだけれど、この辺では灯芯草は生えないから買いに行かなければならなくて」
「灯芯草は温暖な地域の植物ですものね」
軟膏も蝋燭も臭いが酷いらしく、とても売り物になるような物ではないらしい。それでも、あかぎれに塗り込んだり暗い夜の手仕事の時に蝋燭を灯したりとこの辺りでは重宝するのだそうだ。
ちなみに肉も酷い臭いがするらしく、おまけに大概は寄生虫が宿っていて魔獣に宿る寄生虫であるからこちらも当然魔物であるために、肉は普通に焼くだけでは危険過ぎて食べられない。
燻製にして薄くスライスすることによってなんとか食べられるようになるそうで、こちらも売り物としてはあまり需要がないらしい。
頼み込めば冒険者ギルドが低価格の携行食として安価で引き取ってくれるかも知れないが、ギルドも売り物にならない魔獣の肉など大量にストックがあるだろうから二束三文にしかならないし、加工の手間を考えたら売るより領内で消費した方がまだマシだとのことだった。
「苦労して倒しても採算は割に合わないのですね」
「そうねぇ。でも、領民や民家が襲われる危険が減るならそれだけでも重畳だと思わなければ。それに保存食はこの辺りではとても大切なのよ。時に吹雪が何日も吹き荒れたら、外に出ることは不可能になるからね」
イライザ様にそう言われてハッとした。領民の命や財産を守るためには割に合わなくても駆除は必要なのだ。実入が少なくても安全な生活には代えられない。
「領民の安全にまで考えが至りませんでした。申し訳ありません」
自分の浅はかさが恥ずかしくて頭を下げると、イライザ様は驚いたようにこちらを見た。
「なぜ謝罪なさるの?領の収入のことを考えて下さったのでしょう?」
「でも……」
「今回はルイジさんのおかげで人的被害はなかったけれど、本来だともっと苦戦するものなのよ。命を落とす人も何人かいるくらい。それなのに採れた素材を全部売っても二百万ほどにしかならないのですもの。採算が合わないと思ってしまっても仕方ありませんわ」
「二百万ですか」
獣一頭の値段に対してならそこそこの金額なのかも知れないが、数十名で命懸けで駆除しての値段ならあまりに少なすぎるだろう。
「一番高く売れる皮の加工がまだ済んでないから、ルイジさんたちが売りに行ったものだけなら全部で50万くらいかしらね。それだけあれば薪も灯芯草も充分な量が買えるでしょう。今年は領民に暖かくて明るい冬を過ごさせてあげられそうだわ」
「領民たちが安心して冬を越せることが何より大切ですものね」
そうは言いつつも、私はこの地域の冬の寒さを微塵も理解できていない。
暗く長い極夜がどのようなものなのか、凍てつくような冬の寒さが生活にどのような影響を齎すのか、想像はすれど何も分かってはいないのだ。
そんな私に、いったい何ができるというのだろう。
ロッソは既にこの地の人々に馴染み、魔獣を倒し、領主としての仕事にも手を伸ばしつつあるのに。私といえば食べて寝て無駄に薪や食材を消費しているだけだ。
何もなし得ていない自分がもどかしくてたまらない。
それでも出された朝食を摂り、イライザ様に挨拶をしてから食堂を出た。
せめて、車庫でこの領の成り立ちや歴史を学んだり、町へ出向いて領民の暮らし向きを確認したりしてみよう。何もできなくてもただ座っているだけよりはずっと良いだろう。
そう思いつつ、案内を頼もうとエイミーを探すが見当たらない。私の部屋の片付けでもしてくれているのだろうかと自室へと向かうと、途中の廊下でブランドンと何やら揉めているエイミーを見つけた。
エイミーに激しく責め立てられて、ブランドンは顔を顰めてむっつりと黙り込んでいる。
「いったい何をそんなに揉めているの?」
声をかけると、エイミーは苛立ったようにブランドンを睨み、ブランドンは気まずそうに俯いた。
「この人がアナスタシア様の部屋の前で一晩中寝ずの番をしていたらしくて、熾火係の娘が恐ろしくてお部屋に近づけなかったらしいのです」
エイミーにそう言われて、私は思わず絶句してしまった。
「何を…やってるの、ブランドン」
辛うじてそう声を絞り出すと、ブランドンは俯いたまま大きな体を縮めるようにして応えた。
「…あの男が、よからぬ気持ちを起こして姫さまの部屋に押し入ろうとするのを防ごうと思って」
「それって何か問題ある!? 婚約者同士なのよ。仲を深めようとするのを邪魔する権利なんてアンタには無いわ!」
ピシャリとブランドンを怒鳴りつけたエイミーをブランドンはジト目で見やる。
「だいたい、アンタのせいでアナスタシア様は風邪を引いたり悪くすれば凍死してたかも知れないのよ! 分かってるの!?」
「お、俺はそんなつもりは…」
「なかったとしてそれがどうだって言うのよ! そのセリフ、アナスタシア様に何かあった後でも言える!?」
「それは…」
「それからはっきり言わせてもらうけどね、アンタ気持ち悪いのよ! 一晩中女性の部屋の前に立ってるなんて! 変態なの? ドMなの? そんなのが部屋の前に立ってるなんて、それこそ安心して眠れないじゃない!」
「あ、あの、もうその辺で…」
エイミーの言葉に、ブランドンはがっくりと膝をついて廊下に崩れ落ちた。
「気持ち悪い…変態…」
頭を抱えて蹲る姿は勇猛果敢で知られたプリンセス部隊の副官からは程遠い。思わず止めに入ったが、どうやら少し出遅れたようだ。
「エイミー、それでも私のためを思っての行動だったとは思うのよ」
宥めるように言うとブランドンはパッと顔を上げてこちらを見た。
「でもブランドン、夜は自分の部屋で寝てちょうだい」
「ほーらごらんなさい。アナスタシア様も気持ち悪いって」
「そこまでは言ってないわ!」
「でもちょっと思っちゃってますよね、気持ち悪いって」
エイミーにそう言われて、ブランドンは再びガックリと項垂れてしまった。
そんなブランドンにエイミーは冷たい目を向ける。
「だいたい、アンタ自分がアナスタシア様の護衛騎士だって自覚あるの? アンタのその態度はアナスタシア様のお立場を悪くしてるのよ。敵国のお姫様が愛人を連れて輿入れに来たって言われてもおかしくないようなことをしてるんだから」
そう言われたブランドンは、真っ青になって私を見た。
「ここがどこで私とあなたがどのような立場にあるかよく考えてって、ここに来た最初の日に言ったはずよ」
その後も何度も諌めたはずだ、とは言えなかった。
「私は…ご迷惑でしたか?」
「どんな立場になっても、あなたが私の信頼する副官であることに変わりはないわ」
私がそう言うと、ブランドンは少し目を潤ませた。そんなブランドンに、エイミーは容赦なく言葉を紡ぐ。
「そんなデッカい図体して泣いてんじゃないわよ!気持ち悪いわね!」
「そ、そこまで言わなくても…」
オロオロと返したブランドンにエイミーは大きく息を吐くと、その腕を掴んだ。
「気持ち悪いものは気持ち悪いの!その根性叩き直してやる!来なさい!」
そう言って、エイミーはブランドンを引きずるようにして連れて行ってしまった。
私は呆然とその姿を眺めている間に、二人は廊下の角を曲がって見えなくなってしまった。
「……エイミーに、図書室の場所を聞くのを忘れちゃってたわ」
それでも、なんだか少し脱力感に苛まれ、私は一人で自室に戻ったのだった。
気候的には、アナスタシアの出身地域はニース、ルイジの国の首都はコペンハーゲン、ローベリアはオウル、ヴァーデンフェルは南ラップランドくらいで想定しています




