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朝、目を覚ますと昨日よりもずっと冷え込んでいた。
吐く息が白い。昨日、暖炉に焚べられていた薪はほとんど炭になって燃え尽きようとしていた。
「おはようございます。お目覚めですか?」
「起きているわ」
声を上げると入ってきたのはレベッカではなくエイミーだった。
「まぁ、大変!」
エイミーは慌てて暖炉に駆け寄ると、暖炉の横に置いてあったバケツから松ぼっくりを数個暖炉の中に放り込んだ。
パチパチと松ぼっくりが爆ぜる音がし出すと、そこへ乾燥した枝を放り込んでいく。
程なくして火が大きく燃え出し、エイミーはその上に薪をいくつか焚べると前掛けで手を拭いながらこちらを振り返った。
「大変失礼いたしました。お寒かったでしょう?」
「大丈夫よ。故郷ではあまり経験したことのない気候だから、少し驚いてはしまったけど」
そう言いながら、私はベッドの上に起き上がった。エイミーが素早く羊毛でできたガウンを肩から掛けてくれる。
「熾火係にアナスタシア様のお部屋は火を絶やさないようにと伝えてあったのですけれど」
「熾火係?」
「冬場はとても冷えますから、悪くすると眠っている間に凍死することがあるんです。だから、夜中のうちに寝室の暖炉の火が消えてないか確認して薪を足し、早朝に食堂や人がたくさん集まる場所の暖炉に火を入れる係がいるんですよ」
エイミーはプリプリ怒りながら私にお湯の入った洗面器を差し出した。
「凍死……」
「今の時期は夜中の巡回はまだしていないのですが、アナスタシア様は南国のご出身でしょう。寒いのはお辛いのではないかと熾火係に薪の管理をしておくように言ってあったのです」
「そうだったのね」
そういえば、昨日も明け方は暖炉の火は消えかけていたなと顔を洗いながらふと思い出した。
みんなが親切にしてくれるのでうっかり忘れそうになるけれど、元々私は敵国の人間だ。嫌がらせなのかたんなる怠慢なのかは分からないが、流石に眠っている間に凍死するかも知れないと言われてはなぁなぁにしておくわけにはいかない。
「熾火係に事情を聞いて、どうしてこうなったのか後で報告してくれる?」
「分かりました。あとでご報告いたします」
場合によっては処罰も必要だろう。もっとも、それを今エイミーに告げるつもりはないが。
私は、エイミーの手を借りて身支度を済ませると食堂へと向かった。エイミーとともにタペストリーの飾られた廊下を歩く。
なんとなくタペストリーを眺めながらゆっくり歩いていると、エイミーから声が掛けられた。
「そのタペストリーが気になられますか?」
「そうね、何かの物語になっているのかと思って見ていたのだけど」
「これはニーベルンの物語を描いたものなんです。先先代の奥様が何年も掛けて織られたものだと聞いています」
「それってニーベルンの丘と関係があるものなのかしら?」
「そうです、ニーベルンの丘は彼女の墓所なので」
そう言うと、エイミーはニーベルンの伝説を語りだした。
昔、イワンという若者がいて、彼は太陽の神であるヒューを慕っていた。夏の間中、彼はヒューの側に侍り毎日踊りを踊ったり酒を飲み明かしたりして楽しく過ごしていた。
しかし、秋が来て冬になるとヒューは南の国に行くためにイワンの元を離れた。
冬の間、イワンは家に閉じ籠り日の光の届かない暗闇でヒューを想いながら凍えて過ごすことになる。
そんなイワンを哀れに思ったのが密かに彼を恋慕っていた火の精霊ニーベルン。冬の間、彼女はイワンに寄り添い彼を温めて慰め続けた。
ニーベルンに感謝をしていたイワンだったが、春になりヒューが戻るとニーベルンの献身を忘れてまたもやヒューに侍るようになる。
自分とも一緒にいて欲しいと嘆くニーベルンを邪険に扱い、彼女を寄せ付けようとしない。
そしてまた冬になり、南の国へ行こうとするヒューと一緒にイワンもまた南へ行こうとする。
行かないで欲しいと引き留めたニーベルンを、イワンは面倒だと振り払う。
絶望したニーベルンはイワンを抱きしめるとそのまま自分の身体を燃え上がらせ、自分諸共イワンを焼き尽くしてしまった。
「二人が燃え尽きた場所がニーベルンの丘だと言われています」
「あの場所にそんな言い伝えがあったのね」
「背の低い草しか生えていないのはあの辺り一帯をニーベルンの火が焼き尽くしてしまったからだとか」
私はタペストリーを眺めた。ニーベルンとイワンが炎に包まれている図案だ。
「ちなみにこの地域の人間はみんなイワンの血を引いているので、ニーベルンの丘に行くと呪われると言われているんですよ」
「だから誰もあの丘には近づかないのね」
「そうですね。あ、でもアナスタシア様やルイジ様は大丈夫ですよ。イワンの血は引いていないので」
エイミーはそう言って私を安心させるように微笑んだ。
「よかったわ。あの辺りを馬で駆け抜けるととても気持ちが良いから。でも、人が近づかない理由は分かったけど魔獣も近づかないのは何故なのかしら?」
「魔獣もニーベルンの呪いを恐れて近づかないんじゃないかって言われてますね。魔獣が近づかないことでより呪いに真実味があるっていうか。そうじゃなければ呪いなんて気にしない人も多いでしょうね」
「ニーベルンは何年も呪い続けるほどイワンのことを想ってたのね」
ニーベルンがブランドンと重なって見える。ブランドンもこのまま私が彼を拒否し続けたら、私を害そうとしたりするのだろうか。そう一瞬考えたが、慌ててその考えを打ち消した。
彼がそんな人ではないことを私はよく知っているはずだ。
「ニーベルンもイワンなんて忘れて別の人と幸せになれば良かったのにって思うんですよね。イワンって普通にクソ野郎じゃないですか」
そう言うと、エイミーは慌てたように頭を下げた。
「あ、すみません。お行儀が悪くて」
「大丈夫よ、楽に喋ってくれて」
微笑んで応えたがぎこちなくなってはいなかっただろうか。
エイミーの言葉はイワンに向けてのものだったが、私自身に言われたような気がした。
ニーベルンの火に焼かれながらイワンは何を思ったのだろう。
タペストリーに描かれたイワンはニーベルンの背中にしっかりと手を回していた。




