↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
寵姫の秘密  作者: はぎわら 歓


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/29

26 地方へ

 曹貴人の目覚めを知った陛下がやってきた。


「麗紅の様子はどうだ」


 私は腰を下げたまま「今はまだウトウトなさっています」と寝台のほうに視線を投げる。


「そうか……」


 ゆっくり陛下は寝台に近づき、腰を掛ける。やっと赤みが差してきた曹貴人の頬をそっと撫であげた。


「麗紅……」


 呼び名に曹貴人はゆっくり目を開ける。そのとたん「――!!!」声にならない声をあげ、寝台から飛び出した。


「麗紅!?」

「麗紅姐姐?」


 曹貴人は飛び出して、奥の部屋に飛び込んでいってしまった。


「一体、どういうことだ」


 私にも訳が分からずぽかんとしていると、ばあやさんが悲しそうな表情をして話す。


「陛下を先帝とお間違えになっておられますのじゃ……」

「なに? 父帝と?」


 陛下は亡くなった太后様に似ていて、やはり兄妹である私と似ているのだ。それなのに、なぜだろう。


「幼いころに戻られた麗紅しゃまには、その先帝によく似たおひげで、思いこんでしまってますのじゃ」


 優美な陛下には似つかわしくない髭が生えている。毛の質は硬くごわついていて横に幅を利かせたトラ髭なのだ。その髭のおかげで、実際の陛下より威厳や力強さが備わって見える。


「どういうことだ。幼いころに戻っているとは?」


 ばあやさんは、曹貴人が帰ってきてから目を覚まし、私のことを太后様だと思っていることを話す。


「なんと! まさか……」


 予定外の出来事に陛下は力を込めた握りこぶしを作って、奥の部屋に目をやる。歩き出そうとするのをやめ、大きく息を吐いた。陛下がこんなに険しい顔をなさってるのを初めて見た。


「陛下……。もう一つ、お伝えしたいことがあります」

「なんだ……」

「子ができました……」

「なに!? 子だと?」


 今度は驚き目を見開いて私を見つめた。


「今度こそ、ちゃんと産みたいのです。わたしと曹貴人をどうか、別の領地に向かわせてもらえないでしょうか? ここでは、また――産めますまい」


「ここでは産めないと?」


 はっきりとした理由は証拠がないので言えない。王宮人の毒の話など私の妄想になってしまうだろう。


「陛下。麗紅しゃまの療養も兼ねてどこか暖かいところで、せめて、翠玉しゃまがお子を産むまで、他所に居させてはもらえないでしょうか」

「ばあや……」

「後宮にはいろいろございましゅ。翠玉しゃまの懐妊を快く思わない妃もおられるでしょう。亡くなった太后様も陛下をお生みになる前に色々ありましたので……」

「母后……」

「麗紅しゃまも、ちょっと療養すれば陛下のことをすぐにでも思い出されるはずですじゃ」


 太后様から仕えているばあやさんの鶴の一声で、私と曹貴人とばあやさんは南の領地に赴くことになった。もちろん小秋は連れていかず、懐妊してしていることも他の妃たちには伏せてもらった。


 わずかな供と兵士を連れて、私と曹貴人、ばあやさんは南の領地へと向かう。ちょうど跡を継ぐ者がいなくなった領地を、私の子が生まれたら正式に受け継ぎ、治めることになる。そうなれば、私はもう後宮に戻ることなく、子と一緒に、願わくば曹貴人と過ごすことが出来るのだ。


 馬車に揺られながら外の景色を見ていると、木々がまばらになり砂地が増えてきた。曹貴人は私にぴったり寄り添って胸に頭を乗せ甘えている。本来は私より大柄なのに、不思議に少女のように感じる。


「皇后さま、もう陛下に会わなくて済むと思ったらとっても安心ね」

「そう、ね」


――陛下を先帝と思い、奥の部屋に逃げ込んだ曹貴人は、おびえる小動物のように身を固く小さくして唇を噛んでいた。私が部屋に入ると「皇后さま!」と私に抱き着いてきた。そして私の手や顔を撫でまわしながらじっと目を覗き込んだ。


「今日はひどいことされていない?」

「え、ええ」


 先帝は加虐趣味で、よく妃たちに肉体的な苦痛を与えていたようだった。当時の曹貴人はまだ幼く、侍女の格好をさせていたので先帝に目をつけられることはなかったようだ。

 成長した麗しい曹貴人を先帝に見られたら、どうなっていただろう。今の陛下よりも執心され、ひどい目にあったかもしれない。太后はとにかく曹貴人を隠して守っていたようだった。


「あ、でも張殿にも会えなくなってしまうわね」

「え? 張殿?」


 私の父のことを言っているのだろうか。


「また図書室に行って張殿のお話を聞きたいわ」


 どうやら父は図書室で、狭い後宮で退屈しているだろう妃たちのために朗読会を行っていたらしい。


「張殿のお声はとても優しくて、陛下と同じ男の方とは思えないわ!」

「そうね……」


 少しずつ父の過去を知っていく。太后様が私を孕んだ時、とっくに先帝は亡くなった後だったようだが、生きている間の二人の関係はどうだったのだろうか。先帝が生きていれば、腹の子は先帝の子になっていたのだろうか。いや先帝が生きているうちに二人が契りを結ぶことなど不可能だろうし、可能だとしてもそのような大それたことはできない二人だろう。

 先帝もいないのに子を産み育てることは不可能なので、父がこっそり引き取って田舎へ引っ込んだろう。詳細は聞いていないが、きっとそんなところだと思う。


 父の過去の謎はもうほとんど解けたようなので、もやもやすることはなかった。それよりも、曹貴人の記憶、私と愛し合った記憶を取り戻してほしいと願うばかりだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。