24 曹貴人の帰宅
数日たってやっと曹貴人が帰ってきた。ばあやさんとは小秋にばれないように、文のやり取りをしている。曹貴人の宮と私の宮のちょうど間に石の灯籠があり、その灯籠の下のほうの欠けたくぼみに文を置くのだ。
『帰』
その一文字を見て私は呼吸を整え、一度、自室に戻り小秋に散歩してくると言って出かける。庭で草を刈っている子芹に、にっこり笑いかけると「いってらっしゃいまし」と真っすぐな瞳で返す。子芹に怪しい動きは見られないが、彼を信用することはできなかった。親しく懐いてくれていると思っていた小秋の密告で、私はもう素直に人を信用することは出来ないだろう。
急いでいる様子を見せることなく優雅にうろつく。前は気にならなかったが、誰かにチラチラ見られている気がする。それでも曹貴人の宮に向かう私に付いてくるものはいなかった。それぞれ自分の仕えている主の宮の範囲があり、誰かほかの妃の領域を侍女が侵すことはできなかった。それぞれの妃も何か特別な用がないときにフラッと他の妃の領域に立ち入るような品のない真似もしなかった。
曹貴人の宮の近くに行くと、兵士が立っている。そばを通ると静かに「張采女様で?」と尋ねられたので黙って頷く。
「ではどうぞ」
私は通してもらえた。兵士がいるなど物騒で嫌な感じがするが、逆にほかの侍女や偵察が入り込めないかもしれない。もうこれ以上、誰にも私と曹貴人の関わりを知られたり邪魔されたくはなかった。
「ばあやさん! 麗紅姐姐は?」
私が声を掛けると、いそいそとばあやさんはやってきて「今、眠っておられましゅる」と寝室に案内する。
「うっ、うう、うぅ……」
「麗紅姐姐!」
うめき声を発しながら、額に汗をかき、眉間にしわを寄せ眠っている。まるで悪夢を見ているようだ。
「医師が言うには、治療は成功で命にもかかわることもなく、しばらくすると目を覚ますとのことですじゃ……」
「成功……。こんなに苦しんでいらっしゃるのにね……」
「泣いている場合ではごじゃりましぇん。これからのことを考えねば……」
「そうね。この腹の子も麗紅姐姐をお守りせねば」
曹貴人の手が掛物から出てきて、左右に振れる。何かから逃れようとするような手つきに、私はそっと手を添え握りしめる。きゅっと握り返されるような力を感じると、曹貴人はすこし和らいだ表情を見せ、手の力を抜いた。
「また明日きます。宮の近くに兵士がいるのね」
「陛下も探られたくないのでしょう。医務局に麗紅しゃまがいらしたことも他の妃に知られてはならぬことですし」
「ええ、異例な事態ですものね……」
曹貴人との密会も本来ありえないことなのだ。密告した小秋も、私と曹貴人がどう関わっているのは知らないはずだ。ちょっとした落ち度程度に思っているのだろう、陛下をないがしろにしているとか、陰口をたたいているとか。曹貴人の秘密も、私の秘密も知っているのはばあやさんと陛下だけなのだから。
王宮人はどうやって私たちを陥れるつもりなのだろう。もう皇太子候補を産んでいるのに。私たちが彼女にとって脅威になるはずはなかった。
腹に手を当てる。
「この子が無事生まれたら、どうなるのかしら?」
「わかりませぬなあ」
ばあやさんは首を振る。一番最初の子が元気に生まれたら、皇太子候補になったのだろうか。そうなっていたら曹貴人と愛しあうこともなかった。曹貴人が宮刑に処されることもなく、ずっと第一寵姫だったろう。
王宮人にとって邪魔な私たちなどどうにでもできるのだろう。呪術をかけているとか、いろいろな理由と証拠も創り上げられるはず。
「ゆっくりしていられないわね」
曹貴人の体調が安定したら、次の行動をとらねばと、急ぎ自分の宮に戻り、参考文献を探すことにした。




