23 王宮人の秘密
曹貴人の宮にいくと、ばあやさんは床にしゃがみ込んで嗚咽を漏らしていた。
「ばあやさん……」
「ああ! 翠玉しゃま! 麗紅しゃまはいったいどうされたのですじゃ!?」
私に気づくと、よろよろ立ち上がり顔をくしゃくしゃにして、説明を求めた。
「あの、何があったのですか?」
ばあやさんが嘆き悲しんでいる状況も分からずたずね返す。
「さきほど、陛下からの伝達で麗紅さまは医務局で数日過ごすとか……。医務局に行かねばならぬなど一体、麗紅しゃまの身に何が起こっているのでしょうか!?」
「それは……」
医務局に行くということは肉体にケガを負っていることで、今の戦のないこの世で兵士でも医務局に用はない。ましてや妃たちならもってのほかだ。たとえ出産や、流産などがあっても自分の宮に医師がやってくるもので医務局に行くこと、それも数日過ごすとは尋常な状況ではないのだ。
「ご存じなら教えてくだされっ!!」
私は覚悟を決めてばあやさんに話すことにした。
「ばあやさんは太后様からお仕えしているのよね」
「ええ」
「では麗紅姐姐のお身体のことも知っているのかしら」
「ええ、ええ。太后しゃまと陛下とわしの3人だけが知っております」
「実は……」
曹貴人との密会を陛下に見つかってしまい、彼女が宮刑に処されることになってしまった話をする。
「な、なんと!」
ばあやさんは目を見開き唖然とする。昨夜のことを思い出し、曹貴人のことを想い涙を流す。
「翠玉しゃま……」
さっきまで動揺し、嘆いていたばあやさんが落ち着きを取り戻し、今度は私をなぐさめ始める。
「そんなことがあったのですか」
「う、ううっ」
辛くて話せなかった。今頃、曹貴人は医師から刃物を突き立てられてると思うと、辛くてしょうがなかった。
「う、うぅ、ぐぅっ、ぐぇ」
辛すぎて胃が痙攣でも起こしてしまったのだろうか、吐き気を催し私はうずくまる。
「翠玉しゃま! どうぞ、こちらへ」
曹貴人の寝台に促される。彼女のにおいを感じて、あとからあとから涙がこぼれる。
「ご、ごめんなさい。わたしのせいで、麗紅姐姐にもばあやさんにも辛い思いをさせて……」
ばあやさんは横たわる私の髪を優しく撫でる。そして私の手首をすっと持ち上げ軽く握った。
「おめでたですじゃ……」
「え? 今、何て?」
身体を起こし、ばあやさんを見つめる。
「わしにも多少の医術の心得があります。翠玉しゃまのおなかにお子がおいでじゃ」
「子? おなかに? 赤子が?」
一体、いつ宿したのだろう?
「ご存じなかったのですな」
「え、ええ」
「麗紅しゃまから、お聞きしてます。翠玉しゃまは何度かお子を亡くされているとか……」
「産める体質ではないのかもしれないの」
ばあささんは静かに顔を横に振る。
「毒ですじゃ……」
「え? ど、毒? だ、誰が?」
「声に出すことはお許しくだされ。お子を授かった時に、おしろいか頬紅など贈ってこられたお方がおりませんでしたかの……」
一度目は王宮人からお祝いにとおしろいを贈られ、二度目は頬紅を贈られた。まさか、あれに毒が? 思い当たる節があるのを察してばあやさんは頷く。
「お口に入らなかったので、お子が流れただけなのでしょう。お口に入れたら本人が……」
「ま、まさか?」
「旧家はすごいもので、何かしら秘密の毒をもっておりますのじゃ。無味無臭で、身体に原因を残すこともない。秘伝の毒ですじゃ……」
「そういえば……」
揚采女のいきなりの病死を私は思い出す。次の日に一緒に華佗の体操をしようと約束をしたところだった。
「いままで将軍の娘が妃になることなどなかったのですじゃ。今回の妃選びで、一般の試験に交じって将軍の娘が入内されましたな……」
「将軍の娘が妃だとダメなのかしら……」
「武力の権力者が、妃や、皇太子の後ろ盾になると、必ず政権をももっていくでしょう」
王宮人が私の出産を疎んだのであろうか。
「翠玉しゃまは、太后しゃまに瓜二つですし、陛下の寵愛を麗紅しゃまの次に受けてられますからのお」
「で、でも、それは……」
「ええ、ええ。麗紅しゃまとはまた違ったご寵愛で」
「え?」
まさか私の出自も知っているのだろうか?
「麗紅しゃまが、あなたしゃまを愛してしまうのはしょうがないことで」
「し、知ってたの……?」
よけいなことは言わない癖がついているのだろう、ばあさんは静かに頷く。
「これから、一体どうすれば……。どうなるのかしら……」
途方に暮れる私に、ばあやさんはどんどんしっかり頼もしくなっていく。
「麗紅しゃまきっと大丈夫です。元気に帰ってこられます。それよりも翠玉しゃま、あなたしゃまは決して懐妊を悟られてはなりません! 侍女にも!」
すでに小秋は私の味方ではなかった。王宮人の侍女頭と懇意にしている。
「吐き気止めの薬を持ってきますので、とにかく麗紅しゃまが帰ってくるまでやりすごしてください。それまで少し今後のことを考えましょう」
「わかったわ」
泣いている場合ではない状況になってきた。今まで、子を亡くしたことに実感がわかず、悲しいと思ったことはなかった。しかし、今回の妊娠、この子をなんとしても守りたいと思い始めている。曹貴人を想って涙がこぼれそうになるが、唇を強く噛み、これからどうやって生きていけばよいか思案することに集中することにした。
曹貴人の宮を後にして、私は何でもない顔をして小秋に「ただいま」と笑顔を見せた。




