19 冷宮で
恒例の妃たちとその子らの親睦会が陛下のもとで行われる。朧月の美しい夜だった。私は曹貴人の訪れを待ちわびている。子のない私たちは呼ばれないのだ。
小秋が部屋をうろうろしている。
「どうしたの?」
「また曹貴人がみえるのじゃないかと思って」
そう言い終わる前に「あたくしがなんじゃって?」と低い女人の声が響いた。
「きゃっ!!」
飛び跳ねたような小秋に曹貴人はくすりと笑う。
「死体妖怪死体妖怪のようじゃな」
「なっ!」
小秋が真っ赤になっている。
「ほらほら、こちらにお通しして」
私が促すと小秋はおずおずと頭を下げて「どうぞ」と曹貴人に椅子を引いた。
「さて、今夜も暇であろう」
また酒瓶を机の上に置く。私は小秋に目配せをするとさっと下がって杯を取りに行く。その様子をちらっと見てから、曹貴人は机の下の私の手を握る。
「麗紅姐姐……」
手を握られただけで身体の芯が熱くなってくる。しかし曹貴人は頬杖をつき素知らぬ顔をしている。
「お持ちいたしました」
気が利く小秋は杯と青菜や木の実を持ってきた。
「今夜も宴のほうに料理が行ってしまって、これくらいですかね」
「ありがとう。十分よ。もう休んでいいわ」
「何かあったら呼んでください」
もう小秋は何も言わずに静かに下がった。
「侍女の部屋は近くにあるのか?」
「ええ、下男は家に帰ってしまいますが、小秋はその庭の先です」
「ちと、近いな」
「近い?」
「ちょっと出かけよう。少し歩くがかまうまい」
「どこへ?」
「ついてまいれ」
曹貴人は酒瓶だけもって外に出る。私も慌ててついて行った。
東屋を抜け、後宮の外れのほうにやってくる。
「美しい月夜だな」
「幻のような、夢のような。不思議な月ですね」
朧月はぼんやりと辺りを照らす。私たちの姿かたちもぼんやりとしている。それでも曹貴人の際立った存在をはっきり感じることが出来る。
「こっちじゃ」
私の手を引き、古い建物の前に連れていった。
「ここは?」
あたりに人気はない。妃たちの住まいと違って手入れは行き届いておらず、草木は生え放題で花はない。曹貴人は重たそうな門を押して開く。
「冷宮じゃ」
「え、冷宮」
こくりと頷き、うっすら笑んでいる曹貴人の手を私はぎゅっと握る。
「こわいのか?」
「す、少し」
「誰もおらぬ」
冷宮は陛下の怒りを買ったり、罰を受けるために妃が入れられる場所だ。食事も粗末なものが一食程度、寝具もほとんどなく冬場では凍え死ぬものもいるとか。ここに入れられたら最後、生きて出られる保証はないところだ。
「奥に行こう」
外よりもひんやりとした内部は閑散として、大きな箱の中のようだ。装飾らしいものはなく最低限の家具と寝台、机と椅子がある。
「今の陛下の代では使われておらぬが、掃除はされているようじゃ」
使われていなくても掃除をして建物を維持しているということは、冷宮の存在が消えてはいないということだ。
「どうしてここに?」
高い窓から差し込んでくる月の光で目が慣れてきて、少し周りが見えてきた。冷宮と言われるが庶民の住まいより立派だと思う。
「それはな――」
「あっ」
ぐいっと手首を引っ張られ私は曹貴人の胸の中に飛び込む。
「そなたの声が漏れてしまうからじゃ」
「あの薬を飲めばよいでは?」
「ふふふ。聞きたいのじゃ。そなたの声がな」
曹貴人の顔が近づいてくる。唇が重なる前に私は目を閉じ、彼女の口づけを味わう。私たちは初めて二人きりで愛し合った。
窓から高くなった朧月の光が差し込んでくる。月明かりに照らされた曹貴人の顔は幻想的でこの世の人とは思えない美しさだった。
「夢のような夜じゃな」
そうつぶやく曹貴人は嬉しそうでもあり悲しそうにも見えた。




