第九話 好きになってはいけない人
それから、さらに一週間。
レオとリズは、相変わらず一緒に依頼を受けていた。
朝になればギルドで待ち合わせる。
依頼を選ぶ。
二人で街を出る。
魔物を倒す。
依頼を終える。
そして――。
「また明日」
そう言って別れる。
そんな毎日が続いていた。
特別なことは何もない。
けれど。
その何でもない毎日が、二人にとって大切なものになっていた。
◇
「レオ、これ見て」
ギルドのテーブル。
リズが依頼書を広げる。
「薬草採取?」
「うん。珍しい薬草を探す依頼」
「魔物は?」
「少し出るみたい」
「なら、いいな」
「……やっぱり戦いたいのね」
「冒険者だからな」
「ふふっ」
リズが笑う。
レオはその顔を見つめる。
最近、気づけばリズの笑顔を目で追っている。
笑っていると安心する。
楽しそうだと嬉しくなる。
逆に、元気がないと気になる。
怪我をしていれば心配になる。
それが何を意味しているのか。
もう、レオにも分かっていた。
「……」
レオは視線を依頼書へ戻す。
「行こう」
「うん」
立ち上がる。
胸の奥に、言葉にできない想いを抱えたまま。
◇
森の中。
目的の薬草を探す。
「レオ、あっち」
「ああ」
二人で歩く。
リズが先に進み、レオが周囲を警戒する。
しばらくして――。
「見つけた!」
リズがしゃがみ込む。
珍しい薬草を手に取る。
「これね」
「それか」
「そう」
嬉しそうに笑う。
「やった」
レオは、その笑顔を見ていた。
胸が温かくなる。
「……何?」
「いや」
「また見てたでしょ」
「……」
「最近、多いわよ」
「そうか?」
「そうよ」
リズが少し照れたように笑う。
「何かついてる?」
「何もない」
「じゃあ、何?」
「……」
レオは答えられない。
ただ、見ていたかった。
その笑顔を。
「……綺麗だと思った」
「え?」
リズが固まる。
「花が」
レオは慌てて付け加えた。
「その薬草が綺麗だと思っただけだ」
「……そう」
リズは明らかにほっとしたような、少し残念そうな顔をした。
レオはそれを見て――。
胸が締め付けられた。
◇
その日の帰り。
小さな村に立ち寄った。
二人で食事をする。
「これ、美味しい」
リズが嬉しそうに食べる。
「そうだな」
「レオって、好きな食べ物ある?」
「……肉」
「即答ね」
「肉はうまい」
「じゃあ、今度肉料理の美味しい店を探そう」
「今度?」
「うん」
リズが何気なく言う。
「また一緒に食べたいから」
レオの手が止まる。
「……そうだな」
胸が熱くなる。
「楽しみにしてる」
「私も」
二人は笑った。
その瞬間。
レオは確信した。
もう誤魔化せない。
「……俺は」
この少女が好きだ。
間違いなく。
自分はリズに恋をしている。
◇
宿に戻った夜。
レオはベッドに横になり、天井を見る。
「……好き、か」
認めてしまえば簡単だった。
ずっと近くにいたい。
一緒に笑いたい。
守りたい。
もっと彼女のことを知りたい。
それが恋なのだと分かる。
けれど――。
「……俺には婚約者がいる」
胸が痛んだ。
家が決めた婚約。
まだろくに会ったことのない女性。
自分が嫌だと言って、逃げ出してきた理由そのもの。
もし。
もしリズと出会う前に婚約者と会っていたら。
どうだっただろう。
「……」
考えても答えは出ない。
レオは目を閉じた。
「俺は……どうすればいいんだ」
好きになった。
それなのに。
その恋を進めることはできない。
◇
同じ夜。
リズもまた、眠れずにいた。
「……」
昼間のことを思い出す。
『また一緒に食べたいから』
自分で言った言葉。
恥ずかしい。
けれど、本当の気持ちだった。
「私……」
リズは胸に手を当てる。
もう分かっている。
レオが好き。
いつからなのかは分からない。
気づけば、一緒にいることが当たり前になっていた。
朝、ギルドで会えるのが嬉しい。
依頼に出るのが楽しみ。
怪我をしていないと安心する。
笑ってくれると嬉しい。
自分を見てくれると、胸が高鳴る。
「……好き」
小さく呟く。
その言葉だけで、胸がいっぱいになる。
でも――。
「……私には、婚約者がいる」
リゼットは目を伏せた。
自分が冒険者になった理由。
家に決められた婚約から逃げたかったから。
自分の意思で恋をして、自分の意思で結婚したかったから。
なのに。
ようやく好きになった人ができたのに。
「……どうして」
涙が一粒、頬を伝った。
婚約者のことなんて、好きでもない。
会ったことすら、ほとんど覚えていない。
それでも。
婚約がある以上、簡単に誰かを好きになっていいわけではない。
「……私、馬鹿みたい」
枕に顔を埋める。
それでも。
レオと過ごした時間を手放したくない。
「もう少しだけ……」
もう少しだけ、このままでいたい。
そう願ってしまう。
◇
翌朝。
いつものようにギルドで会う。
「おはよう」
「おはよう、リズ」
互いに笑う。
昨日までと変わらない。
けれど――。
二人とも、もう知っている。
この気持ちが、ただの友情ではないことを。
「今日も依頼、行く?」
「ああ」
「じゃあ、行きましょう」
「……ああ」
二人並んで歩き出す。
好きだ。
でも、言えない。
好きだからこそ、言えない。
そんな矛盾を抱えながら。
二人は今日も、同じ道を歩いていく。
その先に待つ運命を―― まだ、二人は知らない。




